手が届かない存在


バレンタインの日から瑠奈は登校も下校も僕とは別々で、昼休みも梨央奈先輩や美桜先輩と食べている。

僕が話しかけないと喋らないし、瑠奈の考えていることはよく分からない。

ただ、ネックレスはしていて、僕のことを嫌いになったわけじゃなさそうだ。


そして今日は2月29日。

2月最後の登校日で、三年生にとっては最後の授業の日だ。

僕はコンビニで売っているクッキーを買い、睦美に渡すために学校に持ってきていた。


「睦美先輩いますか?」

「あ、生徒会の蓮くんだよね」

「はい!」


昼休みに睦美先輩の教室に行き、知らない女子生徒に声をかけた。


「さっき飲み物買いに行ったから、すぐ戻って来ると思うよ?」

「そうなんですか」

「涼風くん?」 

「あ!睦美先輩!お久しぶりです!」

「久しぶりだね!」

「睦美先輩は三日後卒業なので、ちょっと早めのホワイトデーのお返しです!」

「え、いいの?」

「もちろんです!こんなのしか買えなくて申し訳ないですけど」

「全然!久しぶりに話せるだけで嬉しいのに!」

「今日ぐらい生徒会室来たらどうです?」

「んー、行かないって決めたから」

「本当にもう話すことなく卒業するんですか?」

「まぁ、SNSで繋がれたから、卒業後も話そうと思えば話せるからね。連絡先も交換してあるし」

「そうですか。いい卒業式になるといいですね!」

「うん!ありがとう!」


蓮が教室に戻ると睦美は友達に茶化されて顔が赤くなっていた。


「よかったね〜」 

「う、うるさい!」

「遊んでても生徒会の話になると、蓮くんのことばっかりだもんね〜」

「いいの!」


そして僕と乃愛先輩の関係はというと......


「明日土曜日だけど、どこか行かない?」 「いいですよ!」

「やった!あそこ行きたい!犬カフェ!」

「猫じゃなくて犬ですか?」

「犬は可愛い!ポメラニアンとか最高!」

「んじゃ、明日の昼頃に駅前集合で」

「分かった!」


僕達は友達以上恋人未満のような関係になっていて、乃愛先輩からの告白への返事はしていないが、乃愛先輩も催促してきたりはしない。

瑠奈が居る食堂でこんな会話をしても、瑠奈はなにも言ってこない。ただ前と変わったことは、なにやら林太郎くんとコソコソ話したり、たまに林太郎くんが胸ぐらを掴まれている場面を見るようになったことだ。


瑠奈は昼ごはんを食べ終え、蓮と乃愛を見ないように教室に戻り、急に林太郎の胸ぐらを掴んだ。


「ねぇ!どうなってるの⁉︎」

「なんだなんだ」

「10日以上、押してダメなら引いてみろを頑張ってる!そしら乃愛先輩とイチャイチャしだしてるんだけど!」

「大丈夫だって。付き合ってるわけじゃないって言ってたぞ」 

「明日犬カフェデートするみないな話もしてた!」

「そんなに心配なら一緒に変装して行くか?」

「当たり前でしょ。林太郎の奢りね」

「はいはい」

「はいは一回!」

「はい。てか、もうツインテールしないのか?」

「縛ると頭皮が痛くなってハゲそうだからしない」

「蓮に可愛いって言われたのに?」

「最初に言ったのが本心に決まってるでしょ」

「おー、頭いいー」

「馬鹿にすんな!」

「すまん」


そして土曜日。

 

「蓮ー!」

「乃愛先輩、おはようございます!」

「今日の服どう?」


白いラインの入った黒い靴を履き、短い白いズボンで水色のパーカーを着ていた。


「凄い可愛いと思います!」

「いひひー♡」


本当、その笑い方可愛いからやめてほしい。


「早速行きますか!」

「うん!」


蓮と乃愛が駅に入ると、黒いウィッグと丸くて大きいサングラスとマスクを着けた瑠奈が、チャラ男風な金髪のウィッグとサングラスとマスクをした林太郎の肩を掴んで激しく体を揺らした。


「行っちゃう行っちゃう!てかなんなのさっきの!あんなののどこが可愛いわけ⁉︎水色のパーカーとか目立ちすぎ!」

「まぁまぁ、俺達も行くぞ」


蓮と乃愛は後ろからつけられているとも知らずに電車で隣町まで行き、小さな店の犬カフェへやってきた。


「とりあえず1時間でお願いします」

「了解しました!」

「ポメラニアンいますか?」

「白くて可愛い子がいますよ!」


ポメラニアンがいると聞いて、とても嬉しそうな乃愛先輩。

そして後ろに怪しい二人......


お金を払って別室に行くと、優しそうなゴールデンレトリバーと白いポメラニアン、黒いチワワと一瞬パンに見えるコーギーがいた。


「ポメラニアンいますよ」

「おいでおいでー!わぁ!来た来た!」


乃愛先輩はポメラニアンとじゃれ合い、怪しい二人は何も喋らずに大人しく伏せをしているゴールデンレトリバーを撫でている。


「家で犬とか飼ってるんですか?」

「お父さんがダメだって言うから。ハムスターなら飼ってたことある!」

「いいですね!」

「でもなんか、すぐ死んじゃった」

「あぁ......お父さんがダメって言う理由も分かる気がします」

「世話はしてたよ?」

「んじゃなんですぐ死ぬんですか」

「なんでだろ。ひまわりの種もいっぱい食べてたのに」

「実はひまわりの種ってあんまりあげちゃダメなんですよ」

「そうなの⁉︎」


死んだ理由これだわ。にしても、あの二人どこかで会ったことある気がするんだよなー。あんなチャラそうな男友達はいないけど......カップルかな。


それから犬におやつをあげたり、沢山写真を撮ったりしながら楽しみ、犬カフェを後にしてファミレスに入った。


「乃愛先輩乃愛先輩」

「ん?なに?」

「あの二人、犬カフェにも居ましたよね」

「あ、本当だ」

「怪しすぎません?」

「犯罪の匂いがする」 

「いや、ハンバーグの匂いしかしません」

「うむ。いい匂い」

「......食べますか」

「うん!いただきまーす!」

「いただきます」


二人がハンバーグを食べ始めたのを見て、瑠奈は小さな声で林太郎に話しかた。


「バレてないよね?さっきこっち見てたよ」

「バレたら話しかけてくるだろ」

「確かに。ねぇ、私達もなにか食べよう」

「マスク外すのか?」

「なにも注文しないで店出るとかいいの?」

「ドリンクバーならストローをマスクの中に入れて飲めるぞ」

「お腹すいた〜」

「我慢我慢」


ちょっと遅れたお昼ごはんを済ませ、夕方までゲームセンターで遊び尽くし、電車で帰宅している途中、乃愛先輩は疲れて僕の肩に寄りかかって眠ってしまった。

すると怪しい二人のうちの一人、女性の方が前の席から体を乗り出して僕の方を向いてきた。


「ど......どうかしました?」

「.......」

「って、瑠奈じゃん」

「なっ⁉︎」

「そのネックレス」

「ごめん、朝から尾行してた」

「林太郎くん⁉︎」


二人はサングラスとマスクを取り、椅子に膝立ちして気まずそうにこっちを向いている。


「なんで二人が?しかもそんな格好で」

「乃愛先輩とのデート楽しかった?」

「デートとかじゃないよ」 

「そんなにくっついてるのに?」

「これはたまたま」

「瑠奈がどうしても不安だってことで、今日一日ずっと見張ってたんだ」

「別にそんなことしなくても大丈夫なのに」

「......」

「瑠奈?」


瑠奈は急に切なそうな表情をして僕を見つめた。


「蓮、聞いて」

「なに?」

「この何日か、私は蓮を避けてきた。本当は押してダメなら引いてみろってのを頑張りたくてそうしてたんだけどね......」

「う、うん」

「気づいたことが2つ、蓮は私がいなくても幸せそうだったこと。私は蓮を好きとか言って、邪魔ばっかりしていたこと」

「邪魔だなんて」

「......バイバイ、蓮」

「......瑠奈?」


その切ない笑顔見たことは今まで何度かあった気がする。だけど今回はなにかが違った。それを見てから頭がボーッとして、気づいたら電車を降りて、変装を解いた林太郎くんと二人で駅のすぐ側にある、遊具もブランコと鉄棒しかない小さな公園に立っていた。


「蓮、大丈夫か?」

「あれ?瑠奈は?」

「乃愛先輩と二人で話したいって、電車に乗ってる」

「え、お金大丈夫かな」

「まぁ、なんとかなるだろ。それより、なんで泣いたんだ?」

「泣いた?誰が?」

「瑠奈にバイバイって言われた後、なにも言わないで泣いただろ」


全然覚えていなかった。


「ごめん、覚えてない」

「どんな扱いをしても、どんなに酷いことを言っても、嬉しそうに優しく側に居てくれた瑠奈が別れを告げるなんて考えられなかった。違うか?」

「......分からない」

「俺もビックリしたよ。元は、蓮と乃愛先輩が二人で出かけることへの不安と嫉妬で尾行したのに、まさかバイバイだなんてな。今日の蓮を見てて、さすがの瑠奈も思うところがあったんだろうな」

「......林太郎くんは瑠奈が好きなんでしょ?」

「聞かれてたか」

「うん。幸せにしてあげてよ」


その瞬間、左頬に強い衝撃が走り、林太郎くんが自分の拳を痛そうに押さえてるのを見て、僕は殴られたんだと分かった。


「格好つけるなよ‼︎なにが幸せにしてあげてだ‼︎」

「林太郎くん?」

「俺がどんな気持ちで瑠奈を応援してたか分かるか‼︎瑠奈は蓮に真っ直ぐで、なのに蓮は瑠奈を適当にあしらう‼︎ずっとムカついてたんだよ‼︎俺なら瑠奈を幸せにできたかもしれない、なのにそれは叶わない‼︎蓮に傷つけられながらもニコニコし続ける瑠奈が可哀想で仕方なかった‼︎今更瑠奈を失った喪失感利用して格好つけんな‼︎」

「そんなつもりは......」

「いつもそうだ。蓮にそんなつもりはない、悪気なく瑠奈を傷つけてたんだ」


今になって自分の罪を自覚した。

そして、瑠奈から別れを告げられて悲しいと感じた自分自身のことをよく分からないと感じると共に、自分が楽に楽しく生きることだけを考えてきた自分をものすごく嫌いになった。


「僕は最低だったかもしれない」

「そうだ、蓮は最低だ。瑠奈と付き合わないって意思が固まってたとしても、もう少し振る舞い方があっただろ」 

「でも、瑠奈が僕を好きだってことも分かってて、たまに機嫌を取って......」


それも全部、僕が平和に楽に学校生活を送るためだと今気づいてしまった......


「蓮、もっと人の心をちゃんと見ようとしろ。蓮はムカつくけど大事な友達だ。これ以上嫌いにさせるな」


そう言って林太郎くんは帰って行き、僕はブランコに座って携帯を開き、瑠奈にメッセージを送ろうとした。


「はぁ......」


送る言葉が見当たらない。


それからしばらくして、電車に乗る乃愛は目を覚ました。


「ごめん、寝ちゃってた〜......は⁉︎なんでチビ瑠奈がいるわけ⁉︎しかもなにカツラなんか持ってるの?......瑠奈?」


瑠奈は乃愛の隣に座り、ずっと泣いていた。


「乃愛先輩......」

「ど、どうしたの?」

「蓮とバイバイしちゃった......」

「ちょ、ちょっと待って?全然状況が分からない」

「私じゃダメなの......ずっと蓮が好きで居たけど、これ以上は本当に自分がおかしくなっちゃいそうで......」

「なんで私にそんなことを?」

「早く......早く、蓮を私の手が届かない存在にして」

「......いいの?」

「もういいの......それじゃなきゃダメなの」

「私、別に付き合ってるわけじゃないし、どうなるか分からないよ?」

「どこぞの誰か分からない人に取られるより、生徒会の誰かに取られる方がいい......」

「分かった。チビ瑠奈のその嘘......叶えてあげるよ」

「嘘なんかじゃ」

「嘘でもいいんじゃない?その嘘の先で自分が幸せなら」

「......今日から乃愛って呼んでいい?」

「やめて。友達になっちゃったら、蓮を奪えなくなる」

「ごめん......」

「それよりさ、駅......過ぎてない?」

「うん」

「うんじゃないよ‼︎どうするの⁉︎お金ないよ⁉︎」

「梨央奈に電話して助けてもらう?」

「それしかないか」


二人は全く知らない駅で降り、梨央奈に電話をかけた。


「もしもし瑠奈ちゃん?どうしたの?」

「駅乗り過ごしちゃって、お金ないの」


それから梨央奈は運転手付きの車で2時間半かけて駅に向かい、お金を払って二人を送り届けた。


その頃蓮は、まだブランコに座っていた。


「そろそろ帰ろっかな......」

「なにをぶつぶつ独り言を言っているの?」

「雫先輩⁉︎なんでこんなところに」

「婚約者の家庭と食事をね。気分転換に散歩していたのよ」

「あぁ、あの嫌な人ですね」

「クリスマスパーティーの日は迷惑をかけたわね。あの日のことを自慢げに話していたわ」

「美桜先輩に散々言われてましたけどね」

「そうみたいね。それで、蓮くんはなにをしていたのかしら」

「いろいろです」

「いろいろって?」 

「でもちょうど良かったです。僕、生徒会をやめます」

「何故?」

「僕は最低です。高校生になってからの自分を思い返すと、生徒会に入りたいって言ったのも自分のため。梨央奈先輩と付き合ったのもきっと、梨央奈先輩を支える自分が好きだから。乃愛先輩達を喜ばせようとしたのもきっと......自分のためなんです。それに瑠奈っ」

「馬鹿ね」


雫先輩は僕の言葉を遮り、食い気味に僕を馬鹿と言った。


「蓮くんが自分のためにやったかどうかなんて関係ないのよ。確かにそれで救われた人間がいる。それでいいじゃない」

「ダメなんですよ......」

「私は蓮くんをやめさせない」

「なんでですか......」

「私の奴隷のように尽くす。命令の全てを拒否してはいけない。拒否した場合は即退学処分とする。生徒会に入る時の契約書を忘れたのかしら?命令よ、辞めるという考えを捨てなさい」

「別に退学でもいいですよ。僕は罪を償わなきゃいけないんです」

「だったらそんな辛そうな顔しないことね。蓮くんのそれは被害者思考と言うのよ。可哀想と思ってほしいだけなの」

「その通りかもしれませんね」


ダメだ。どんどん自分が嫌いになる......逃げたい。


「とにかく今日は帰りなさい。また今度話を聞いてあげるわ」

「はい......」

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