私もクズになる


あれから時間も経ち、日曜日の朝10時。

寝ぼけながら携帯をいじっていると家のチャイムが鳴り、目を擦りながら玄関を開けると、制服姿でスクールカバンを持つ雫先輩が立っていた。


「え......」

「え、じゃないわよ。入っていいかしら」 「嫌です、怖いです。何しに来たんですか」

「失礼ね。話を聞きに来たのよ」

「あぁ、どうぞ」


雫先輩を自分の部屋に案内して、黄色い1980円の安い座椅子に座ってもらった。


「そ、そんな座椅子ですみません」

「悪くないわね」

「よっ、よかったです。座椅子で正座......ですか?」

「座り方が分からないわ」


気まずい気まずい気まずい‼︎


雫先輩は生徒会をやめるための書類とボールペンを取り出してテーブルの上に置いた。


「......」

「話を聞くわ。サインしたくなったらいつでも書くといいわ」

「僕をやめさせないんじゃないんですか?」

「やめさせないわよ?これは蓮くんがサインを書かないという自信の現れ。さぁ昨日なにがあったのか説明しなさい」


昨日の出来事を全て話すと、雫先輩は足を崩して言った。


「喉が渇いたわ」

「お茶でいいですか?」

「ありがとう」


コップに入れたお茶を渡すと、一口飲んでコップを置いた。


「くだらないわね」

「はい?」

「男女間のもつれをきっかけに自分の悪い部分に気付いてしまった。そして、もう誰も傷つけないために全てから逃げようとしている。くだらないわ」

「なんでそんなこと言うんですか!」

「あら?なぜ怒るのかしら」

「......」

「教えてあげるわ。蓮くんは誰も傷つけないようにしようという考えに至った自分が好きなの。だから私にそれを否定されて怒った」

「どうして......これ以上自分を嫌いにさせようとするんですか......」

「今更自分のクズさにどれだけ気づいても同じことでしょ?」

「本当、鬼はどこまで行っても鬼ですね」

「だけれど、私と蓮くんは違うわ」

「どういうことですか?」

「私は誰かを傷つけても、罪悪感を自分の中に留めている。蓮くんみたいに、罪悪感を感じてますみたいな顔は誰にも見せない。逃げたいなら逃げればいい。でも確かなことを教えるとするなら、蓮くんが生徒会をやめようが学校をやめようが、傷ついた相手の心は癒えないということよ」

「雫先輩にも罪悪感とかあるんですね」

「あるかもしれないわね。無いかもしれないけれど。自分のために生きたいなら、誰かを傷つけて人が離れていく。それくらいの代償は受け入れて見せなさい」

「でも雫先輩は自分のためじゃないですよね。誰も傷つかないように、学校の中で悪役で居続ける。人は誰かの悪口を言う時、簡単に崩れない輪を生み出す......雫先輩が悪口の対象になれば他がいじめられたりしないと踏んだんですよね。僕のはそんな格好いいものじゃないです......さっき雫先輩が言ったように、雫先輩と僕は違う。雫先輩に僕の気持ちは分からないですよ」

「どうして人の考えがそこまで読めるのに、瑠奈さんの心には寄り添えなかったのかしらね」

「きっと照れくさかったんです。幼馴染みで、ずっとただの女友達って認識があったから、瑠奈が僕のことを好きって知って、恥ずかしかっただけだと思います......」

「きっと、蓮くんと瑠奈さんは簡単には元に戻れない。多分......瑠奈さんの心は限界を迎えているわ」

「どうしたらいいですか?」

「それは自分で考えなさい。こういう問題は、人にこうしろと言われたやり方をしても、結局自分がしんどくなるわよ」


やっぱり......やめて誰とも関わらない方が......


僕がボールペンを手に取っても、雫先輩はただ見ているだけだった。

そして苗字の一文字目を書いた時、雫先輩は口を開いた。


「私は羨ましいわ」

「え?」

「私には自分のために生きる勇気がない......自分が嫌いな自分の生き方を羨む人間もいるのよ?どうか自分を嫌いにならないで。誰だって、誰かの特別なんだから。その書類は明日朝一で持ってきなさい。提出でも、私に返すという意味でも」


雫先輩は帰って行き、その部屋に迷いだけが残った。

このまま逃げ出したい気持ち......雫先輩なら僕を変えてくれるかもしれないという気持ち......


それから、ご飯も食べずに悩んでいるうちに夜になっていた。

ひとまず夜食を食べてお風呂に入り、また部屋に戻ってくると、梨央奈先輩から不在着信が2件きていた。


「もしもし、電話しました?」

「うん!」

「なんですか?」

「元気かなって」

「元気って言ったら嘘になりますね」

「いろいろ聞いたんだけどさ、蓮くんの優しさは全部嘘だったの?本当に嘘だったの?」

「......」

「私は救われた。蓮くんに救われた」

「そんなことないです」

「ある。それにこのまま逃げ出して、私との約束も無かったことにするの?」

「約束?」

「雫とあの海を見せてくれるんでしょ?聞かせて、あの約束をしたことに、あの約束を果たすことに、蓮くんにどんなメリットがあるの?」

「あの時は、梨央奈先輩が喜ぶならって......」

「どこが自分のためなの?それ私のためじゃん。蓮くんの優しさじゃん」

「でも......」

「でもじゃない!瑠奈ちゃんの退学を取り消しにしたのはなんで?」

「それは僕のためです。なんだかんだ居ないと寂しいし、可哀想だから」

「可哀想って思えてるじゃん!蓮くんは自分を責めすぎてる。みんな蓮くんに救われた。たとえそれが自分のためだったとしても、確かに救われた人がいる!蓮くんが思う自分勝手さが誰かを救ったんだよ?だから蓮くんは間違えてない」

「瑠奈を傷つけていたのは事実です」

「......瑠奈ちゃん笑ってたよ。前の私みたいに」

「それって......」

「蓮くんが瑠奈ちゃんとは友達で居続けるって決めたなら、そういう態度でぶつからなきゃ。本音で傷つけて、理解し合って友達として仲良くしなきゃ。自分勝手でいいの......でも、好いてくれてる人には本気で自分勝手やらなきゃだよ。ね?」

「......瑠奈に会ってきます」

「うん。頑張って」


僕は電話を切り、部屋を飛び出した。


「蓮?こんな時間にどこ行くのー?」

「ちょっとコンビニ!」


家を出て、自転車で瑠奈の家の前まで来ると、瑠奈の部屋の電気が付いているのを確認できた。

家のチャイムを押すと、出てきたのは瑠奈のお父さんだった。


「はい」


やばい、瑠奈のお父さんとは全くと言っていい程面識がない。てか、ガタイ良くてスキンヘッドで怖すぎるんですけど......


「あ、あの、瑠奈さん居ますか?」

「こんな時間に、うちの娘になんの用かな?」

「ちょっと話がしたくて......」

「話?なんの話かな?」

「蓮くん?」

「あ、瑠奈のお母さん!」

「なんだお前、知ってるのか」

「瑠奈の幼馴染みですよ」

「そうか、君が」

「は、はい!幼馴染みの涼風蓮です!」

「瑠奈がいじめられている時、ずっと仲良くしてくれてたらしいな。瑠奈は今でも時々、嬉しそうにその話をする」

「そうなんですか......」

「今呼んでくる」

「あ、ありがとうございます」


お父さんが瑠奈を呼びに行って、瑠奈はパジャマ姿で現れた。


「蓮?」

「瑠奈、ちょっと散歩しない?」


瑠奈は驚いていたが、すぐにニコッと笑った。それは、数年前に見た表情と同じだった。


「うん。行こ」


瑠奈と公園まで歩き、一緒にブランコに座った。


「さ、寒くない?」

「うん!平気」

「今日はちゃんと話をしようと思って」

「なんの?」

「僕の気持ち」

「......聞かせて?」

「僕は瑠奈と付き合えない」

「わざわざそれを言いにきたの?」

「最後まで聞いてほしい」

「......」

「瑠奈が僕を好きって聞いた時、戸惑ったけど、心のどこかに嬉しいって気持ちはあった。でも幼馴染みの女友達って感覚が強くて、どうしても付き合うって発想になれなかった」

「......それで?」


僕は立ち上がり、ブランコに座る瑠奈の目の前に立った。


「だから、僕達はずっと友達でいよう!なにも隠したりしない、最高の友達!友達として瑠奈を受け入れる!もう遠ざけたりしない!友達として瑠奈を幸せにする!だから、感情隠したような作り笑顔はやめてほしい」


瑠奈は首にかけたプルタブを握りしめながら涙を拭い続けた。


「恋人にはなれないけど、友達として瑠奈を守るから」

「本当に守ってくれるの?」

「もちろん!僕は友達として瑠奈を大好きになりたい!」

「友達としても......独占欲強くてうざいかもよ?」

「もう瑠奈から逃げないよ」

「......私ね、小学生の時いじめられてたじゃん?」

「う、うん」

「でもね、蓮がいつも側に居てくれて、そんな蓮が大好きで、側に居るのが当たり前で、蓮は私のものだと勘違いしてたの......だから蓮に好きな人ができた時、全力で邪魔しちゃった......ごめんね......ごめん、ごめんなさい

......」


泣きながら謝る瑠奈を見て、心が痛いほど締め付けられた。


「これからはいっぱい遊ぼう」

「うん......遊ぶ......」

「そのプルタブなんだけど」 

「は、外した方がいいよね」

「ううん。あの時、適当に婚約指輪とか言って渡したからさ」


プルタブを握る瑠奈の手に優しく触れると、瑠奈の手は少しだけ震えていた。


「それは世界で一番大切な友達の証」


瑠奈は僕の手を掴んで顔に近づけた。

手に当たる温かい涙が更に胸を締め付ける......


「クズ......」 

「うっ......今その言葉はくるね......」

「私もちゃんと友達になる前にクズになる」

「え?」


瑠奈は立ち上がり、背伸びをしてキスをしてきた。

不思議と嫌な気はしなく、何故か涙が流れた。


「今までのお返し」


涙でまつ毛をキラキラさせながら満面の笑みで言った瑠奈は、とても幸せそうだった。


その光景を少し離れた場所で、梨央奈と雫は物陰から見ていた。


「ね?見に来てよかったでしょ?」

「解決したのね」

「二人とも頑張ったね」

「そうね......」

「雫?」

「なんだか、さっきのを見てから痛いのよ。胸の下ら辺がサワサワするわ」

「そ、そっか」

(まさか雫......蓮くんのこと......)


蓮と瑠奈はブランコを漕ぎながら話を続けた。


「明日、いつもより早く学校に行かなきゃなんだけど、瑠奈も一緒に行く?てか行こう!」

「当たり前でしょ?家まで迎えに来て」

「それだと尚更早起きしなきゃ......」

「自転車でいいじゃん!二人乗り!」

「雫先輩にバレたら終わりだよー、三年生の卒業の日に僕も人生卒業しちゃう」

「大丈夫!相手が雫先輩でも、蓮をいじめる奴は私がぶっ飛ばす!」


瑠奈はジャンプするようにブランコから降り、その場でシャドーボクシングを始めた。


「シュ!シュシュ!シュ!」

「雫先輩にビビってたくせに」

「ビビってないし!あんな鉄仮面ババアなんか怖くないもん!シュッシュ!」

「誰が鉄仮面ですって?」

「......シュ.......シュ......」

「瑠奈、逃げよっか」

「うん」


突然現れた雫先輩にビビりまくり、僕達は逃げるように走り出そうとした。


「待ちなさい」

「は、はい!」

「この時間に外出だなんて、許されることじゃないわね。この場でスクワット50回してから帰りなさい」


それを聞いて、僕と瑠奈は顔を見合わせてニヤニヤした。


「あれれー?雫先輩も外にいますねー!ねー?瑠奈ー?」

「本当だー!なんでかなー?」

「貴方達、一層ウザさが増したわね」

「雫先輩もスクワットするべきじゃないんですかー?」

「......」


調子に乗りすぎた......

雫先輩は無言で僕達を見つめているだけだが、かなりの威圧感で僕達は一気に青ざめた。


「さらば」

「蓮⁉︎置いていかないで‼︎」

「瑠奈さん」

「な、なに」

「ぶっ飛ばせたらいいわね。私を」

「......さらば!」


こうして瑠奈との関係は別の道を進み出した。

その先で問題が起きれば、また解決すればいい。これからは友達として、今まで以上に瑠奈を大切にしようと心に強く決めた。

まぁ、雫先輩のとこに置いて逃げてきたけどね。


そして睦美先輩の卒業式当日がやってきた。

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