壊される
雫先輩と梨央奈先輩に貰ったチョコレートをポケットにしまって教室に戻ると、瑠奈は僕の机に座り、足の指と指の間に小さな板チョコを直接挟んでいた。
「汚っ」
すると瑠奈は蔑むような目で僕を見つめ「私の目の前に座って」と言ってきた。
「はい?」
雰囲気がさっき会った時とは違う......そもそも瑠奈が僕をそんな目で見る時点でおかしい。
「早く座れ」
「る、瑠奈?どうしちゃったの?」
「命令だよ。座れ」
瑠奈が僕にそんな言葉使いをするなんて初めてで、少し怖くなり、とりあえず目の前に正座することにした。
「ほら、食べなよ」
「......は?」
「いいの?みんなにあのこと言っちゃうよ?嫌でしょ?早く食べて」
あのこと?......まさか、雫先輩からチョコレートを貰ったことがバレてる?たがらこんなに怒ってるのか?
「どうしたの?言っちゃうよ?3、2、1」
僕が板チョコの端を小さく齧ると、クラスメイトはクスクス笑い「うわ、本当に食べたよ」「動画撮っちゃお」などと、僕を見て楽しみ始めた。
「もういいかな」
「なに言ってるの?全部食べて」
どうしちゃったんだよ......白いパンツ見えてるし。
林太郎くんの方を見ると、すぐに視線を逸らされてしまった。
「瑠奈、僕なにかした?僕を傷つけたくないんじゃないの?」
「傷つく?これはご褒美でしょ?素直に喜びながら食べなよ」
ずっと笑われてるのも嫌だし、我慢して食べるしかない......
それから板チョコを食べ進め、指のギリギリで食べるのをやめた。
「食べるの遅いから、溶けたチョコが指についちゃった。綺麗にして」
「それは......」
「はーい、席に着きなさーい」
「チッ」
中川先生が教室に入ってきて助かったが、授業中、みんながチラチラ見てきて居心地が悪い。
なんなんだ......この状況。
そして休憩時間、林太郎くんを連れてトイレにやってきた。
「あれなんなの⁉︎」
「実はな、蓮が教室に戻ってくるちょっと前に乃愛先輩が来たんだ」
「乃愛先輩?」
「そう。んで、校則違反だって瑠奈のネックレスを持って行っちゃって、瑠奈はそれを取り返すことができなくてさ」
「それで?」
「その瞬間、表情が変わった。なんかの糸がプツンッて切れたみたいに」
「なんなのそれ⁉︎見てよ!さっきの動画とか写真、もうインターネットの海に流れちゃってるよ!デジタルタトゥーだよ!」
「それはどうしようもないな」
「はぁ......死にたい」
「生きろ。そなたは美シーサー」
「うるさい」
「すまん」
「教室戻れないよ。一気にみんなが僕を軽蔑して、いじめみたいになってるし」
「俺がいるから大丈夫だ」
「さっき顔逸らしたくせに」
「すまん」
「使えないガリだ」
「ちょっと死んでくるわ」
「すまん」
せっかくのバレンタインがこんなのって......
とにかく、なんとかしていつもの瑠奈に戻すしかない。
その時瑠奈から電話がかかってきた。
「今すぐ屋上に来て」
それだけ言われて電話を切られ、僕は屋上に急いだ。
「お待たせ」
「来て」
瑠奈はベンチに座っていて、僕は瑠奈の隣に座った。
すると瑠奈は立ち上がり僕の膝に跨ると、ネクタイをグイッと引っ張って顔を近づけた。
「今どんな気分?」
「瑠奈が、なんであんなことしたのか分からない」
「知りたい?」
「当たり前だよ!このままじゃ僕は嫌われ者になっちゃうよ!」
「それが狙いだったの」
「どういうこと?」
「気づいたの。蓮がみんなから嫌われれば、蓮に近づく人は居なくなる。蓮に近づけるのは私だけ」
「そんなことして僕が喜ぶと思う?」
「嬉しいでしょ?私とずっと2人で居れるんだよ?蓮は喜んでくれるでしょ?」
「ねぇ、プルタブなら乃愛先輩に言って返してもらうから、もうやめようよ」
「ダメだよ。なんで乃愛先輩と話そうとしてるの?蓮は私だけを見て、私とだけ話してればいいの」
「んじゃ、またあげるから」
「そうやって適当に相手してれば私が満足すると思う?今までもずっと、蓮が私を適当にあしらってたの知ってるよ?」
「......」
瑠奈はネクタイから手を離して僕から降り、優しい目つきで僕を見つめた。
「でも、これからは大丈夫。もう蓮には私しかいない。蓮は必ず私を求めるようになるから。私も蓮を求める。大切にする......だから、こんなの要らないよね」
僕のポケットから雫先輩と梨央奈先輩に貰ったチョコレートを取り出した。
「それは......」
「なにか硬いものがあるなーと思ったんだよね」
「返してよ」
瑠奈はチョコレートを地面に落とし、優しかった目が鋭くなり、容赦なく首を絞めてきた。
一瞬で苦しさと恐怖が僕を襲い、必死に瑠奈の手を離そうとしたが力が強い。
「まだ分からないの?蓮はもう、誰からも相手にされない。私しかいないんだよ?みんなに嫌われても、でも大丈夫だよ?私が蓮を孤独になんてさせない」
「分かっ......分かったから」
「なにが?なにが分かったの?ちゃんと言って?」
「僕には......瑠奈しかいない」
瑠奈は手を離し、チョコレートを拾って荒々しく息をする僕に差し出した。
「分かったなら行動で示して」
「え?」
「蓮にこんな物必要ないでしょ?ここから投げ捨てて」
「そんなこと......」
「できるよね?」
「......」
その頃雫は生徒会室から外を眺め、卒業式のことを考えていた。
(来月は卒業式。バレンタインのチャンスを逃したら、二度とその恋が叶わない生徒もいる。チョコレートの持ち込みも制限したかったところだけれど......)
その時、雫の目の前を蓮にあげたはずのチョコレートの箱が落ちていった。
「......なぜ......」
瑠奈は、チョコレートを投げ捨てた蓮を背後から抱きしめた。
「蓮なら捨ててくれると思った♡」
「......うん」
「ちなみにね、あのこと言っちゃうよとか言ったけど、適当に脅しただけだから」
「そうだったんだ......」
「でも......でも‼︎」
瑠奈の抱きしめる力が強くなった。
「痛いよ」
「蓮はあの脅しで命令を受け入れた。なにを隠してるの?私に隠し事はダメだよ?」
「なにも隠してない」
「嘘つき」
「お腹痛いからトイレ行くね」
「私達の愛は純粋で、すごく綺麗なもの。隠し事とか嘘は禁止。でもトイレは行かせてあげる。ゆっくり心の準備してきな」
「なんの?」
「隠し事を話す」
「そうだね。教室戻ったら話すよ」
「蓮はいい子だね♡」
「ありがとう」
「先に教室行ってるね」
「分かった」
瑠奈が僕から離れて校内に戻って行くのを確認し、僕は屋上の柵に顔を押し付けた。
「見えない!」
チョコ無事かな......急いで取りに行かなきゃ。
小走りで外に向かい、2人から貰ったチョコを拾った。
箱はへこんでいたけど、中身は無事だった。
「梨央奈先輩のチョコ、ナッツ入りだ」
梨央奈先輩から貰ったチョコレートを一つ食べてみると、硬すぎない滑らかなチョコとカリカリのナッツが絶妙にマッチして思わず頬が緩んだ。
雫先輩から貰ったチョコレートは、星形で可愛らしいものだった。
「いただきます」
「なにをしているの?」
「ん⁉︎」
「それ」
「雫先輩でしたか、ビックリしたー」
「私があげたチョコレートよね」
「はい。屋上から落としてしまって、取りに来たついでに食べてました」
雫先輩は屋上を見上げた。
「あの柵があるのに、どうやって落としたのかしら」
「さ、さぁ......それより雫先輩!このチョコレートめちゃくちゃ美味しいですよ!」
「良かったわね」
「さすが一流のシェフが作っただけありますね!」
「蓮〜!」
瑠奈......
「なにしてるのー?早く教室行こうよー!」
瑠奈は笑顔で駆け寄ってきて、雫先輩に顔を見せないように雫先輩に背を向け、俯く僕の顔を、目を見開きながら覗きこんだ。
「ねぇ、行こ?」
「う、うん......」
なんでここが分かったんだろ......まさか、教室に戻ったフリして着いてきて......
「瑠奈さん、今授業中よね」
「ごめんなさい!すぐ戻りまーす!あ!さっき蓮が投げ捨てたチョコだ!」
「ち、違うんです!」
「なにが違うの?こんなの要らないって言ってたでしょ?」
「そうなのね。それはら私が持ち帰るわ」
今日まで積み上げたものが崩れ、雫先輩との距離感が一気に遠くなったような気がした。
そのまま瑠奈に三階の女子トイレに連れてこられ、隠していたことを問い詰められた。
「あれは雫先輩から貰ったやつ」
「もう一つは?」
「梨央奈先輩」
「梨央奈ならいいよ。なんの汚れも無いチョコレートだし」
「雫先輩のも、シェフが作ったやつで、雫先輩が作ったチョコじゃないよ」
「そうなんだ」
瑠奈は僕に抱きつき、優しい声で言った。
「なら早く言ってよ......ごめんね?蓮を疑っちゃった......」
「分かってくれたならいいよ」
「......大好きだよ」
「うん......」
このままじゃ......瑠奈に全部壊される......
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