鬼の日とバレンタイン

2月3日、本来なら日曜日で休みだが、生徒会は卒業式に向けた会議に参加しなくてはいけなく、僕は学校に来ている。そして今日は節分の日。

売店では、豆を買うと鬼のお面が貰えるサービスをしていた。


「豆5袋買います」

「ありがとうございます!」


豆を雫先輩を除いた生徒会メンバー全員分買い、お面を一つ貰い、生徒会室に向かう途中で生徒会メンバーに豆を渡し、生徒会室の外で待機してもらうようにお願いして僕一人で生徒会に入った。


「雫先輩いますかー?」

「なにかしら」

「このお面つけてください」

「馬鹿にしているの?」

「いやー、似合うかなって!プレゼントです!」


僕は雫先輩をおちょくり、更に心の距離を縮めようとした。


「プレゼント?」

「はい!」

「わざわざ持ってきてくれたし、貰っておくわ」

「今つけてください!」


雫先輩は予想と違い、一度は拒んだものの、結局はお面をつけてくれた。


「雫先輩、早くつけてくださいよ」

「つけているのだけれど」

「え?冗談はよしてくださいよ」

「......」

「鬼が出たぞー!全員突撃‼︎」


僕の掛け声と共に生徒会メンバーか生徒会室に入ってきて、雫先輩に豆を投げつけた。


「鬼は外!」

「福は内!」


全員で全ての豆を投げ終わるまで雫先輩は動かず、投げている途中で全員が、これやばいんじゃね?と感じていた。


「もう投げ終わったかしら?」

「は、はい」

「全員外に出なさい」


そう言ってお面を外した雫先輩の目は完全に怒っていた。


「し、雫先輩、怖いのでお面つけててください」

「出なさい」

「はい」


全員学校の外に出され、地べたに正座させられた。


「僕達、鬼じゃないのに外に出されましたよ」

「一瞬あの日のトラウマが過ぎったけど、結構雪溶けたね」

「梨央奈先輩もトラウマになってたんですね」

「私も」

「あんなのは二度とごめんだ」


乃愛先輩以外、みんなトラウマを患っていた。


そして2月12日の夕方、雫は自宅の調理場へと足を運んだ。


「お!雫お嬢様が調理場に来るなんて珍しいですね!」

「えぇ。いい匂いがして」 

「チョコレートですよ!明後日はバレンタインじゃないですか!」 

「そうだったわね」 

「お嬢様は誰かにあげたりしないんですか?」

「毎年お父様に」

「そうじゃなくて、同じ学校の生徒とか!」

「......いないわよ」


雫が調理場を出ていくと、シェフ達は顔を見合わせて、なにかを察したようにニッコリ笑った。


そして夜中になり、シェフ達が各自の家に帰った後、雫はお父さん用にバレンタインのチョコを作るために調理場にやってきた。

丁寧かつスピーディーにチョコを溶かして星の型の中にチョコを入れていき、冷蔵庫の中に入れた。


「バレンタインね......」


余ったチョコレートを見つめ、一瞬蓮が頭に浮かんだが、なにもせずに自分の部屋に戻った。


バレンタイン当日の朝。

お父さんと朝食を食べている時


「雫お嬢様!」

「あら、おはよう」

「おはようございます!是非これを持っていってください!」


雫がシェフから受け取ったのは、赤の紙袋で包まれたチョコレートだった。


「学校に必要ないわ」

「いいですから!念のためです!」

「分かったわ。ありがとう」

「し、雫?渡す相手がいるのか?」

「いるわけないじゃない」

「そーだよな!雫に好きな人なんてな。立派な結婚相手も決まってるんだ。恋愛なんてする必要ない」

「はい、お父様」


雫が朝食を食べ終えたタイミングで、運転手がやってきた。


「おはようございます。そろそろお時間です」

「ありがとう」

「雫、毎日こんな早くに登校しなくていいんじゃないか?」

「お姉ちゃんがしていたことよ」

「......そうか。行ってらっしゃい」

「行ってきます」


それから1時間後、蓮は珍しく通学路で瑠奈に会わずに学校にたどり着いた。


「林太郎くん、チョコ貰った?」

「貰えるわけないだろ。でもみんな気合入ってるなー」

「香水の匂いとか、さり気なく髪にワックス付けてる人が多いね」 

「校則的にどうなんだ?」

「絶対怒られると思う」


その時、廊下から男子生徒の「や、やめてください‼︎」という悲鳴声が聞こえてきた。


「ほら、多分もう始まってるよ」

「なにされてるのか見るのも怖いな」

「僕は見てくるよ」

「おう、気をつけて」


廊下に出て声のした二階に降りると、結愛先輩が一人の男子生徒の頭を押さえて、水の入ったバケツに頭を突っ込ませていた。


「やめて〜!」

「あー?なんなんだよその髪。私が綺麗にしてやるから大人しくしな」


うわ〜......バレンタインの日に朝から濡れた髪は可哀想だ......


「よし、綺麗になったから戻っていいよ」

「す、すみませんでした〜!」


髪を濡らした男子生徒が走って教室に戻って行くと、乃愛先輩が制服を掴んで一人の女子生徒を連れてきた。


「結愛、まだ水ある?」 

「ありまくりのあり」

「な、なにするんですか!ごっごめんなさい!」


乃愛先輩は謝罪を無視して女子生徒の頭をバケツに突っ込んだ。


「臭うんだよ。耳の裏あたりにしてるな?香水しなきゃ魅力引き出せないのか?チョコの持ち込みは見逃してるんだから、それだけで我慢しなよ」

「んー‼︎ん‼︎ぶはっ‼︎」


苦しそう......女子生徒にも容赦ないんだ......


「よし、戻りな」

「すみませんでした......」


僕は忘れていた。あの二人は可愛らしいけど、元々狂犬みたいな二人だった......雫先輩のために必死なんだろうけど。


「乃愛、二階は千華に任せて三階に行こう」

「分かった」


これから僕のクラスメイトも恐怖のお時間ですか。

僕は千華先輩がどんな罰を与えているのか気になり、二階で千華先輩を探した。


「あ、いた」


千華先輩は教室の中で、四人の女子生徒に飴を舐めさせていた。


「みんな、よーく舐めてね!それ、ニンニクの飴だから、うがいしても今日1日は臭いよ!」


告白する時に息臭いとか終わりだろ‼︎てか、ニンニクの飴ってなんだ‼︎

まぁ、ついでに梨央奈先輩も探そー。


梨央奈先輩は一階の廊下でただニッコリしていた。

だが、みんなその笑みに秘められた意味を理解し、全力で水道に一列に並んで髪を洗っていた。


狂犬二匹、妖怪飴女、笑う鬼、そして笑わない鬼。いつかこの学校の都市伝説として語り継がれるだろう。


ついでに雫先輩の様子も見に行こうと思い、生徒会室へ向かった。


「やっぱり生徒会室でしたか」

「どうかした?」

「みんな生徒を取り締まってたので、雫先輩はなにしてるのかと思いまして」

「なにもしてないわよ」

「いつも一人で生徒会室に居るの、暇じゃないですか?」

「一人には慣れているの」

「へぇー。雫先輩は誰かにチョコあげました?」

「なっ、なにを言っているの?」

「あ!今一瞬だけ動揺しましたね!」


すると雫先輩は、机の引き出しから僕がプレゼントした鬼のお面を素早く取り出して顔につけた。


「な、なにしてるんですか。なにも変わってませんよ」

「教室に戻りなさい」

「は、はーい」


その威圧感マックスな声に怯み、大人しく教室に戻ることにした。


蓮が生徒会室を出て行くと、雫はお面を外して右頬に手を当てた。

(どうして......どうして顔が熱くなるの。こんなのおかしい......)


蓮は教室に戻り、髪の濡れたクラスメイトをよそにノートを眺める林太郎に声をかけた。


「瑠奈知らない?」

「知らないな」

「また寝坊かな」

「蓮って、瑠奈のこと鬱陶しそうにしてるわりに、結構気にかけてるよな」

「だって、見張ってないと何するか分からないじゃん」

「あ、来たぞ」


瑠奈が教室に入ってくると、一瞬で同じクラスの女子生徒達に囲まれた。


「瑠奈ちゃん可愛いー!」

「ツインテールにしたの⁉︎」

「うん!」

「髪巻くの上手!」

「癖っ毛だよ!」


瑠奈は髪型をツインテールにして登校してきたのだ。


「あ、蓮!」

「おはよう」

「ど、どうかな」

「んー、僕はいつもの方が好きかな。いった‼︎」


急に背後から林太郎くんにノートで頭を叩かれた。


「なにするのさ!」

「ちょっと来い!」


蓮が林太郎に腕を引っ張られて教室を出ると、また瑠奈の周りに女子生徒が集まった。


「なにあれ最低」

「褒めてくれてもいいのにね」

「本当、女の子の気持ち分からない男とかありえない」

「だ、大丈夫大丈夫!蓮を悪く言わないであげて!」

「瑠奈ちゃんが大丈夫ならいいけど」


その頃僕は、林太郎くんに男子トイレに連れてこられ、説教を受けていた。


「瑠奈が蓮のこと好きなのは知ってるんだろ?」

「まぁ......」

「今日はバレンタインだぞ。蓮に可愛いって言ってもらいたくて髪型を変えたんだ」

「僕は本当のことを言っただけだよ」

「少しぐらい気遣ってやれよ。瑠奈が可哀想だぞ」

「......分かった」


僕は瑠奈の元へ戻り、席に座る瑠奈のツインテールを持ち上げた。


「よく見ると可愛いね!」

「林太郎は?どこ?」

「え、今戻って来ると思うけど」


全然喜ばないじゃん。むしろめっちゃ機嫌悪い気が......


そして林太郎くんが戻って来ると、瑠奈は立ち上がり、林太郎くんの急所を蹴り上げた。

林太郎くんは声も出さずに床に倒れてもがき苦しんだ。


「林太郎、さっき蓮を叩いたよね。なんで蓮に酷いことするの?」

「瑠奈、僕は大丈夫だよ。それより林太郎くん死にかけなんだけど」

「蓮を傷つける人なんて、私にこうされて当然」

「ダメだよ。林太郎くんに謝りな」


僕がそう言うと、瑠奈は不貞腐れた表情をして謝った。


「ごめん」

「お、おう......」

「それより見て見て!蓮がくれたプルタブにチェーン通して、ネックレスにしてみたの!」 

「世界に一つじゃん」 

「うん!特別!」


ピンポンパンポーン

「本日、生徒会からの罰を受けた生徒は、至急体育館に集まってください」

ピンポンパンポーン


梨央奈先輩の呼びかけで、クラスメイトの数人が青ざめた表情で教室を出て行った。


まだなにか罰を与えるのかな。


僕はなにが起きるのか気になり、こっそり体育館に様子を見に行った。

すると罰を受けた生徒達は正座をし、雫先輩の話を聞いていた。


「この学校で校則を破れば、どうなるか知っていたはずです。なのに何故貴方達は校則を破ったのかしら。貴方、答えなさい」


三年生の男子生徒が指名され、その男子生徒は立ち上がったが何も言えないでいた。


「まぁいいわ。男子生徒は全員戻りなさい」


男子生徒だけが教室に戻され、女子生徒だけになった時、雫先輩は1人1人の手に何かを塗り始めた。


「私達に香水なんてまだ早いわ。匂いがない物か、石鹸の匂いがするハンドクリームなら校則には引っかからないの。これは石鹸の香りで、清潔感に溢れ、嗅いだことのある良い匂いを嗅いだ男性は、きっと心が落ち着くはずよ。こうなることを見越して、結愛さんと乃愛さんが持ってきてくれた物よ。感謝しなさいね」


雫先輩のやり方は賛否両論がかなり分かれそうだけど、見せしめの罰を与えた後の優しさで雫先輩を支持する生徒が多いのも事実。

それに、先生よりも生徒会が権力を持つこの学校で、雫先輩が会長じゃなかったら務まらないこともあっただろうし。

てか、香水の代わりはいいとして、口臭はどうなるんだ⁉︎男子生徒には優しくしないのか⁉︎


すると乃愛先輩は千華先輩の飴を舐めた生徒にガムを分けてあげた。


「やばっ」 


雫先輩達が体育館を出ようとして、僕は慌ててその場を後にしたが、冷静になれば隠れる必要なかったことに気づいた。

そして授業が始まる前にもう一度生徒会室に行き、雫先輩に詳しく話を聞いてみることにした。


「雫先輩」

「授業始まるわよ」

「すぐ戻ります。なんで男子生徒には優しくしないんですか?」

「今回の問題は恋の始まりへの期待が招いたこと。女子生徒はチョコを渡す相手を決めて学校に来ているの。それと違って男子生徒はもしかしたら貰えるかもしれないという期待だけで、その日だけ身なりを変えた。男子生徒の行動は何の意味もないの」

「でもさすがに可哀想なんじゃ」

「期待して髪の毛をセットして、誰からもチョコを貰えずに帰宅してお母さんにチョコを貰う惨めさの方が可哀想だわ」

「ごもっともです......」

「蓮くんはもう誰かに貰ったのかしら」

「いやー、瑠奈がすぐくれるかなーと思ったんですけど、まだ誰からも貰ってません」

「そう」

「はい。んじゃ、授業行きますね」

「待ちなさい」


生徒会室を出ようとして呼び止められるの嫌なんだよな......なんか怖い。


「な、なんですか?」


振り向くと雫先輩は、また鬼のお面を付けていた。


「あの、そのお面お気に入りですか?」

「なんとなく付けただけよ」

「はぁ、なるほど」

「その、これはそういうのではなく、あくまで本当に関係ないのだけれど」

「なんですか?」

「これ、瑠奈さんの退学を取り消しにしてくれた時のお礼よ」

「なんですか?これ」


雫先輩に渡されたのは赤い包紙の小さな箱だった。


「そういうのではなく、あくまで本当に」

「それはさっき聞きました」

「チョコレートよ」

「......え⁉︎な、なんでですか⁉︎」

「だからお礼と言ったじゃない。一流のシェフが作ったものよ」

「なんだ、雫先輩の手作りじゃないんですね」


完璧な雫先輩が作る料理とか、絶対美味しんだろうなー。


「わ、私が蓮くんに手作りチョコ?笑わせないでちょうだい」

「笑ってから言ってくださいよ」

「とにかく、私から貰ったことを誰かに話したら、明日を見れなくなると思いなさい」

「遠回しの殺害予告ですよね⁉︎」


その時雫は、蓮の「雫先輩の手作りじゃないんですね」という言葉が頭の中を行ったり来たりし、体温が上がっていた。

(最近おかしい......一度病院で診てもらった方がいいのかしら......)


「もうお礼はしたわ。行きなさい」

「は、はい」


まさかお礼がチョコとは......予想外‼︎


そして教室に戻る途中、梨央奈先輩に声をかけられた。


「蓮くん!」

「どうしました?」

「チョコレート作ったの!よかったら食べて!」

「ありがとうございます!」


梨央奈先輩からのチョコレートは、特に深い意味を考えずに受け取れる。


「あれ?その箱、誰に貰ったの?」

「あっ!えっと、喋ったことない生徒に」

「また蓮くんを好きな人が増えちゃったの⁉︎」

「そ、そうみたいですね」

「また瑠奈ちゃん暴れちゃうじゃん」

「バレないようにしますよ」

「上手くやりなね!」

「はい!」


危なかったー‼︎明日を見れなくなるところだったー‼︎


この時はまだ、今から僕の学校生活が一気に崩壊する出来事が起こるなんて考えてもいなかった......

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