最後にわがまま


結愛は瑠奈との待ち合わせ場所にした公園に着いたが、まだ瑠奈の姿はなく、ブランコに座って瑠奈を待っていると、瑠奈から電話がかかってきた。


「もしもし、もう公園にいるんだけど」

「女子トイレ来て」

「は?この公園デカイの分かるでしょ、どこの女子トイレ?」

「入口から一番遠い、奥のトイレ」

「めんどくさいなー」


結愛は散歩気分で、木で囲まれた道をゆっくり歩き、一番奥の女子トイレに入ったが瑠奈がいない。


「もしもし?なんでいないわけ?」

「......」

「は?聞こえないんだけど」


瑠奈は結愛の背後に近づき、両腕を掴んで通販で購入した手錠をかけた。


「なに⁉︎」

「蓮となにしてたの?」

「別になんだっていいでしょ?これ外せよ」

「なにしてたか言え‼︎」

「キスした」


瑠奈は眉間にシワを寄せ、ポケットからカッターを取り出してカッターの刃を全て出した。


「瑠奈は蓮と付き合ってるわけじゃないでしょ?」

「そんなの関係ない。私の蓮を汚したことに変わりはないし、お前らはいつも蓮にベタベタして......もう限界」

「殺す気?」

「そんなことしない。ただ、もう蓮に見せれない顔にしてあげるだけだよ」


結愛は一歩後退りし、瑠奈が手を動かした瞬間に瑠奈の手目掛けて足を振り上げた。

瑠奈はカッターを落としてしまったが、拾う時にまた蹴られるんじゃないかと思い、カッターを拾おうとしなかった。


「なんで抵抗するの?」

「抵抗するに決まってるでしょ」

「今のうちに罰を受けておきなよ。乃愛先輩になりすまして蓮を騙したこと、乃愛先輩が知ったらどうなるか分かるでしょ?顔に傷残して反省しときなよ」

「なんでそこまでするの?」

「蓮を汚して、蓮を騙した罰。蓮は優しいから許してくれると思うけど、それでも私は許さない‼︎」

「そんなことしたら、瑠奈も蓮に嫌われるよ」

「もう......いいの」

「は?」

「私は蓮とは付き合えない‼︎分かってるんだよ‼︎だから嫌われてもなんでもいい‼︎私が蓮を好きで、蓮が誰のものにもならなければそれでいい‼︎」

「そんなの都合よすぎ。諦めてるなら自由にさせなよ!瑠奈に蓮を縛り付けていい理由なんてない!」


女子トイレの中で二人が話している時、雫はそれを止めずに女子トイレの外で話を聞きながら空を眺めていた。


「縛り付けてるんじゃない!私は蓮を守ってるの!蓮がお前みたいな女に騙されないように守ってるの!」

「それが縛り付けてるって言ってんだよ!諦めたフリして、私は蓮とは付き合えないから守ってるだ?ふざけんな‼︎好かれる努力もしないで自己満で人に迷惑かけんなよ‼︎」

「自己満で迷惑かけてるのは、結愛先輩も同じでしょ」

「それは......」

「確かに私は蓮が好き、蓮のためならなんでもできるし、なんでもしてあげたいし、蓮が悲しんでたり元気が無かったらなんとかしてあげたい。でも、その気持ちは蓮に届かない......うっ!」


結愛は瑠奈に頭突きし、怯んだ隙に腹に蹴りを入れた。


「私は瑠奈とは違う!問題になることも、自分がいけないことしてるって自覚もあった!」

「自覚してるのに、なんでしたの?」

「蓮にハッキリ好きって伝えて、嫌われたらどうしようって思うと怖かった。別人になりすませば気持ちを伝えられた」

「臆病なだけじゃん」

「そう。私は臆病で、いつも素直にアピールできる乃愛が羨ましかった」


瑠奈は結愛の髪を掴み、トイレの個室に押し込み、ドアを外側からモップで固定した。


「開けろ‼︎」

「死ぬまでそこにいろ。ただ、蓮を傷つけたくないから私からは言わない......」

「ズルいことしないで蓮に近づいても文句言うくせに、なんなんだよ」

「蓮は一度、私を助けてくれたんだよ」

「なんの話?」

「昔の話。だから蓮は誰にも渡せない、私だけの蓮だから」


瑠奈は乃愛を閉じ込めたままトイレを出て行き、雫は乃愛が閉じ込められているトイレをノックした。


「はい」

「助けた方がいいかしら」

「雫?」

「そうよ」

「......いいよ。迷惑かけたくないし」

「そう。それじゃ、他に助けを求めるといいわ」


雫はトイレに落ちていたカッターをポケットにしまい、結愛の携帯を拾い、スピーカーにして蓮に電話をかけ、トイレのドアの下から携帯を入れた。


「もしもし」


その声を聞いて、結愛は声を出すのに戸惑った。

(蓮......蓮に助けを求めたら、全部バレちゃう......)


「もしもーし、結愛先輩?」


雫がトイレから出て行く足音が聞こえて、結愛は小さくため息を吐いた。


「はぁ......」

(雫は私自身で罪を償えって言いたいのね......)

「結愛先輩〜?」

「もしもし」

「あ!やっと聞こえました!」

「急なんだけど、助けてほしい」

「どうしました⁉︎」


蓮に居場所を伝えて電話が切れると、結愛は全てを話す心構えをしながら蓮を待った。


数十分経つと「結愛先輩!いますかー?」と、トイレの外から蓮の声が聞こえてきた。


「いるよ」

「女子トイレ、入って大丈夫ですかね」

「誰もいないからいいよ」

「わ、分かりました」


ドアに立てかけられたモップを外してドアを開けると、そこには暗い表情で俯く結愛先輩がいた。


「髪の色......」

「ごめんなさい......嘘ついてました」

「ど、どういうことですか?え、結愛先輩ですよね」

「私は結愛。実はちょっと前から髪染めの液を間違えて、乃愛そっくりになっちゃったの、それをいいことに、乃愛になりすまして蓮に近づいちゃった」

「なんでわざわざ乃愛先輩のフリしたんですか?」


え、ちょっと待って。ちょっと前からっていつから⁉︎屋上で授業サボったのはどっち⁉︎食堂で瑠奈と喧嘩したのは⁉︎キスしたのはー⁉︎


「私は、蓮に好きって伝えて嫌われるのが怖かったの......だから......」

「......まぁいいですよ!気にすることないです!」

「え?嫌いに......ならないの?幻滅しないの?もっと罵ってよ」

「結愛先輩ってドMだったんですか?まぁ、手錠もしてますし、そういうことですよね」

「ち、違う!」

「誰にやられたんですか?」

「......知らない人」

「え、事件じゃないですか!」

「逃げていったから大丈夫」

「とにかく僕の家に行きましょう。その手錠、ニッパーかなんかで外せるかもしれません」

「ありがとう......」


手錠をつけたまま僕の家に向かい、お父さんの部屋からニッパーやペンチを持ってきて、なんとか手錠が外れた。


「外れました!」

「よかった。それじゃ私は......」


すぐに帰ろうと立ち上がる結愛先輩の腕を掴み、僕は優しく言った。


「今、不幸ですか?」

「どちらかというと......そうだね」

「瑠奈が言ってました!ミスとか不幸は、幸せになるための試練だって!だから、してしまったことを悔やまないでください!僕は気にしてません!」

「本当に優しいね」

「そうでもないです」

「ん、んじゃ、デートチケット使おうかな。乃愛としてじゃなく、成海結愛として......」

「はい!喜んで!」

「なんで......笑顔なの......」

「いつします?どこ行きます?」

「あ、明日までに考えておく。今日は帰る」

「分かりました!」


結愛は一人で帰る間、何度もため息を吐きながら考えていた。

(蓮は凄いな......こんなことしても笑顔で許してくれちゃう......私には勿体ない)


「ただいまー」

「結愛〜、どこ行ってたの〜」 

「ちょっと遊びに」

「暇だったよ〜」

「ご、ごめんごめん。あのさ、襟足染めてほしんだけど」

「いいよ!次はちゃんと赤にするね!」


結愛は乃愛の顔を見て、一つ心に決めた。


翌日、蓮は瑠奈と登校しながら昨日の話をしていた。


「昨日、結愛先輩が大変でさ!」

「へー」

「手錠かけられて、トイレに閉じ込められてたんだよ!しかも犯人が知らない人なんだって!」

「そうなんだ」

「な、なんか元気なくない?」

「これ以上モテないでよ......」

「え⁉︎」

「先に学校行くね!」


瑠奈は長いマフラーを引きずって、一人で走って行ってしまった。

その後すぐ、結愛先輩が後ろから走ってきた。


「蓮」

「あ、おはようございます!赤に戻したんですね!」

「うん。デートチケット持ってきた」

「それで、どこ行くか決めました?」

「蓮の家」

「家でいいんですか?」

「うん。今日」

「分かりました!」


そのまま二人で学校に向かった。


その頃瑠奈は、雫から生徒会室に呼び出されていた。


「なに?」

「忘れ物よ」


雫はテーブルにカッターを置き、冷静な目つきで瑠奈を見つめた。


「見てたの?」

「いつも見てるわよ」

「随分と私が好きなんだね」

「結愛さんを閉じ込めただけで帰ったのは何故かしら」

「悪いことして、蓮に大っ嫌いって言われたのを思い出した」

「理由はなんにせよ、今回は見逃してあげるわ」

「それはどうも」

「それと、一つ教えておかなければいけないことがあるわ」

「なに?」

「上から、貴方を退学にしろという話が来ているの。入学して一年も経っていないのに、貴方を中心に問題が起きすぎている。これからも蓮くんを近くで守りたいのなら、しばらく大人しくしなさい」

「......分かった」


時間は経ち学校が終わり、家に結愛先輩がやってきた。


「お邪魔します」

「いらっしゃい!」

「デートチケット使ったけど、今日はお話したいだけだから」

「分かりました!」


僕の部屋でジュースを飲みながら結愛先輩の話を聞いた。


「改めて、騙してごめん」

「もう大丈夫ですよ!」

「それじゃ本題」

「はい」

「私は蓮が好き!でも......付き合う気はない」

「え?」

「私は蓮に釣り合わないから。蓮が知ってる通り、乃愛は蓮が好き、瑠奈も蓮が好き......千華はよく分からないけど、みんな私よりいい子だし、可愛い。選ぶ権利は蓮にあるけど、最後にわがまま言わせて」

「なんですか?」

「私の見えるところで幸せになってほしい」

「......努力はします」

「よし!それじゃ帰る!」

「もうですか⁉︎」

「うん!言いたいことは言えたし!」

「ちなみに、昨日僕とキスしたのはどっちですか?」

「それは乃愛!」


なんで嘘つくんだろう......


「僕も言いたいことがあります」

「なに?」

「僕も少し......結愛先輩のことが好きなってましたよ!」

「......ありがとう」


震えた声でお礼を言い、僕に見えないように涙を拭って帰って行った。


結愛は自分の家に着く前に瑠奈に電話をかけた。


「もしもし」

「なに?文句なら聞かないけど」

「蓮に、付き合わないって宣言してきた。瑠奈だけを応援するわけじゃない。でも、乃愛だけを応援するつもりもない。だからこれは、あとで乃愛にも言う」

「なにが言いたいの?意味わかんないよ」

「頑張れ」

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