二人だけの秘密


好奇心で入った雫先輩の部屋には、大量の写真が散らばっていた。

ジェットコースターの時の写真、屋上でケーキまみれの写真、修学旅行の写真、学園祭の写真、雪まつりの写真、家族写真......他にもいろんな写真があったが、どの写真も全部、雫先輩だけが顔をマジックペンで塗り潰されていた。


僕はその中から一枚の家族写真を手に取った。


「この人がお姉さんかな」


雫先輩に似てスタイル抜群、綺麗な長い黒髪でとても美人な人だ。

お母さんはビシッとスーツで決め、髪の毛もビシッとまとめた、いかにもビジネスマンって感じ。

そういえば、雫先輩のお母さんはパーティーで見てないな。


無駄なものが置いていない勉強机の上には、一冊の緑色のノートが置かれていて、それはやけに目立つ。

いけないことだと知りながらも、好奇心を抑えられずにノートを開いてしまった。


「大槻瑠奈、髪色、気が強いが真っ直ぐで優しい。涼風蓮、なんらかの目的意識を持って生徒会へ。沢渡林太郎、友達の手助けをする心優しい一年生」


僕達のプロフィール?


数ページに渡り、一年生全員の簡単なプロフィールが書かれていて、途中からは日記に変わっていた。


「瑠奈さんの前髪を掴んでしまった。痛かっただろうか......」


入学式の日か。


「蓮くんに告白された。一瞬ドキッとしたけれど、私なんかが人に好かれるわけがない、好かれてはいけない。すぐに嘘だと分かった」


ドキッと......したんだ。


ペラペラとページをめくり読み進めていると、雫先輩が倒れて入院した日のことも書かれていた。


「蓮くんはいろんな人の気持ちを背負おうとする。心配......」


他にも、その日与えた罰への想いや、起きた事件に対する感情全てが書かれていた。

最後の日記は雪まつりの日だ。


「蓮くんには感謝しかない。乃愛さん、結愛さんの心を救ってくれてありがとう」


なんだ、雫先輩はやっぱりいい人じゃん。


その時、ドアの向こうから男性と雫先輩の声がした。


「どうかなさいましたか」 

「イヤリングで耳が痛むのよ。外したら戻るわ」

「承知いたしました」


ヤバイ......ここに居るのがバレたら......


だが、僕の体はノートを持ったまま動かず、ドアが開いてしまった。


「......見たのね」

「す、すみません......部屋を間違えてたまたま......」


雫先輩は僕に近づき、本気で頬をビンタすると、金の紋章を力強く引っ張って外した。


「私の心を覗いた罰よ。二度と生徒会室には来ないで。二度と話しかけないで」

「......心を覗かれるのがそんなに嫌ですか?」

「勝手に部屋に入っておいて、なにが言いたいの」

「僕は、このノートを見れてよかったです」

「帰ってちょうだい」

「......はい」


僕は誰にも声をかけず、黒服の人にお金を渡されてタクシーで帰宅した。


雫は自分の部屋に鍵をかけ、パーティー会場に戻ることはなかった。


「パーティー楽しかったね!」

「瑠奈ちゃんは途中から気絶してたじゃん」

「だってー、てか、蓮はなんで途中で帰っちゃったわけ?」

「さぁ」


帰りのタクシーに乗り込み、梨央奈は雫の家を切ない表情で眺めた。

(なにがあったのかな......)


それから冬休みが始まり年が明けたが、僕はどこにも遊びに行かず、お年玉にも手をつけていない。

瑠奈からの電話も無視し続けている。


雫も蓮と同じだった。最低限部屋から出ずに、梨央奈からの連絡も無視していた。


そして冬休みも終わり、新学期が始まった。


「蓮!」

「あ、おはよう」

「なんで冬休み中、電話出なかったの?」

「忙しかった」

「蓮のお母さんに聞いたけど、全然部屋から出ないって言ってたよ」

「あー、まぁ」

「パーティーの日、勝手に帰ったのと関係あるの?」

「あるかもね。気にしなくて大丈夫だよ」


学校に着き、みんな体育館に集まったが、新学期の挨拶に雫先輩は現れなかった。

そして教室に戻る途中、僕は後ろから梨央奈先輩に腕を掴まれた。


「待って」

「なんですか?」

「あの雫が学校を休んだ。なにがあったの?」

「瑠奈、先に教室行ってて。梨央奈先輩なら安心でしょ?」

「う、うん。分かった」


蓮と梨央奈は屋上に向かい、瑠奈は心配になり、こっそりついていった。


「梨央奈先輩......どうしましょう......」

「どうしたの?」

「パーティーの日、雫先輩の部屋に入ったんです」

「それで?」

「日記を読んでいたのを見られて、二度と話しかけないでって言われました」

「日記には何が書いてあったの?」

「......雫先輩の心です」

「なるほどね。心に踏み入るタイミングを間違っちゃったわけだ」

「そうですね......それでこの通り」


僕は紋章が付いていた部分を見せた。そして、写真のことは言っちゃいけないような気がして言うのをやめた。


「生徒会、やめさせられちゃった?」

「多分そういうことですね」

「そっか......それより、雫が学校を休むなんて今まであり得なかった。倒れるぐらい頑張ってた人だよ?今回のことは相当ダメージが大きかったんだね」

「どうしたらいいですかね」

「正直分からない......」

「とにかく、学校に来るのを待つしかないですよね」


それから三日が過ぎ、土日祝日を挟んで火曜日、その日も雫先輩は登校してこなかった。

その日の昼休み、瑠奈は教室でため息をつく僕の肩を揉んでくれた。


「大丈夫大丈夫。ミスとか不幸は、自分が幸せになるための試練だよ」

「幸せになる見込みがないんだけど」

「私が幸せにしてあげる」

「ありがとーう」

「あー、信じてないなー」

「まぁねー」


瑠奈はアイコンタクトで、林太郎と肩揉みを交代してもらい、教室を出ていった。


「瑠奈、痛い」

「もっと弱めがいいか?」

「林太郎くん⁉︎瑠奈は⁉︎」

「どっか行った」

「すり替わったの全然気付かなかった」


瑠奈は走って雫の家へ向かい、家の前で自分が出せる一番の大声を出した。


「雫先輩のバーカ‼︎アホ‼︎間抜け‼︎弱虫‼︎クソ‼︎」


その声を聞いた黒服の大人が五人ほど走ってきて、瑠奈は逃げようとしたが捕まってしまった。


「離せ‼︎雫先輩を連れてこい‼︎」

「雫お嬢様は今お休み中だ!大きな声を出すな!」


瑠奈は体を掴まれながらも続けた。


「聞こえてるでしょ‼︎心の中を覗かれたぐらいで、なに学校休んでんだ‼︎学校のこと、生徒会のことなんて、もうどうでもいいってわけ⁉︎今の生徒会の状況知ってんのかよ‼︎」

「静かにしろ‼︎」

「蓮から聞いた‼︎今までほぼ全部雫先輩が仕事してたから、みんなどうしたらいいか分からないで大変な状況なんだ‼︎美桜先輩も心配してる‼︎あの学校には雫先輩が必要だろうが‼︎」


その時、玄関から制服を着た雫が出てきた。


「人の家の前で騒がないでくれるかしら。迷惑なのよ。早く学校に行くわよ」

「雫お嬢様、今車を出します」

「必要ないわ。その子を離しなさい」

「はい」


雫と瑠奈は、しばらく言葉を交わすことなく学校に向かって歩き始めた。


「来てくれるのは、蓮くんだと思っていたわ」

「はっ、は?なんで蓮が雫先輩のためなんかに」

「だって、そういう人じゃない」

「......まぁね......」

(蓮の周りに女がいるのは許せない......なのに私......なにしてるんだろう......)


学校に着き、瑠奈は自分の教室に戻った。


「瑠奈、どこ行ってたの?」

「有言実行」

「はい?」


なんだか元気ないな、どうしたんだろう。


ピンポンパンポーン

「生徒会は、至急生徒会室へ来なさい」

ピンポンパンポーン


雫先輩⁉︎急がなきゃ!


僕は教室を出てすぐに立ち止まった。


僕......行っていいのかな......紋章取られたしな......


しばらく悩んでいると、千華先輩が僕の元に走ってきた。


「早く早く!遅いって怒ってるから!」

「え⁉︎」


千華先輩は僕の腕を引っ張って生徒会室へ走った。


「連れてきた!」


雫先輩は鋭い目つきで僕に近づき、胸ぐらを両手で掴んできた。


「なにをしていたの?」

「えっ、えっと、あの、その......」

「来なさいと言ったら5分以内に来る。分かったかしら」

「は、はい......でも......」

「貴方達もよ、私が居ない間なにをしていたのかしら。なに?この書類の山は」


みんなは青ざめ、必死に言い訳を考えた。


「いいわ、後で私が全部やるから。蓮くん、屋上に行くわよ」

「な、なんでですか⁉︎ボコボコにする気ですか⁉︎」

「当たり前じゃない。行くわよ」

「嫌ですよ!」

「来なさい」


みんなは僕を見つめ、制服の襟を見ろとジェスチャーし、なんのことかと自分の襟を見てみると、いつの間にか金の紋章が付けられていた。


なんで⁉︎あ......さっき胸ぐらを掴まれた時......


「屋上行きますか」

「早く行くわよ」


雫先輩と屋上に来ると、雫先輩は微かに降る雪を眺めながら深いため息をついた。


「はぁ......」

「ど、どうしました?」

「見損なったわよね」

「いや、僕が悪いので」

「誰かに話した?」

「日記を見たことは......詳しい内容までは言ってません!写真のことも黙ってます」

「そう。ビンタ、痛かったわよね」

「は、はい。なかなか痛かったです」

「やり返していいわよ」

「むっ、無理です!無理に決まってます!しかも雫先輩は女の子ですし!」

「女性扱いしてくれるのね」

「そりゃしますよ」

「優しいわね」

「その代わり、謝ってください!」

「......ごめんなさい」

「あれれー?おかしいですねー。謝る時は頭を下げるのが普通じゃないですかー?」


僕がこんな調子に乗った発言と言い方をするのには理由がある。


雫先輩は一瞬眉間にシワを寄せた後に頭を下げた。


「ごめんなさい」

「もっと深々と!」

「蓮くん、たまに調子に乗るけれど、そんなに痛いことされるのがお望みなのかしら」


あ、やばい。この展開はやばい。


「ち、違うんですよ!僕は雫先輩の心をもっと知りたいんです!だから少しでも打ち解けようと!」


雫先輩は僕の右手を優しく両手で握って俯いた。


「私の部屋で見たことは、私達二人だけの秘密にしてちょうだい」

「わ、分かりました」


手を握ったまま顔を上げると、笑顔とまではいかないが、微かに笑みを浮かべているように感じた。


「いつか、決められた将来に抗ってみるわ」

「それはどういう......」

「気にしなくていいわ。それじゃまた放課後」

「は、はい」


それからの雫先輩は、前よりも少し、僕と二人だけになる時間は表情が穏やかになったような気がする。気のせいかもしれないほど、ほんの少しだけど、僕には大きな進歩に感じられた。


そして、約一週間が経った1月20日の放課後、車椅子に座る乃愛先輩は嬉しいことがあったのか、やけにニコニコしていた。


「乃愛さん?やることは終わったかしら」

「終わった終わった!」

「なんだか楽しそうね」

「ねぇ、みんな!一列に並んで後ろ向いてよ!」

「今忙しいのよ」 

「お願い!すぐ終わるから!」

「分かったわ。みんな早く一列になりなさい」


みんなで一列に並んで窓の方を見ていると、乃愛先輩はワクワクしたような声で言った。


「見ていいよ!」


乃愛先輩の方を振り向くと、乃愛先輩は自分の足で立ち、ニコニコしながら僕達を見つめていた。


「えー⁉︎」 

「サプラーイズ!完治しましたー!」


結愛先輩も驚いているけど、結愛先輩も今知ったのかな。


「おめでとう!」

「よかったね!」


梨央奈先輩と千華先輩は乃愛先輩の手を握り、結愛先輩は嬉しそうに乃愛先輩の頭を優しく撫でた。


「頑張ったね」

「うん!」

「そ、そんなことだろうと思っていたわ。ちょっと教室に忘れ物したから取りに行くわね」


雫先輩が早歩きで生徒会室を出て行くと、梨央奈先輩はニコニコしながらソファーに座って言った。


「雫、嬉しそうだったね」


僕には分からなかったが、梨央奈先輩には感じ取れたなにかがあったみたいだ。

とにかく本当に良かった......


「なっ⁉︎」

「ぎゅ〜」


乃愛先輩は僕に正面から抱きつき、僕の体に顔を埋めた。


「立って、ちゃんと抱きつきたかったの」

「そ、そうですか」


はぁ......可愛い。


「乃愛ばっかズルい!蓮、私も抱きつきたい!」

「千華先輩は早く料理の勉強してください」

「最低‼︎」


そんな中、結愛は思っていた。

(乃愛はいいな......表に好きな気持ちを出せて)

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