雪の日のさよなら


「乃愛、行ってくるね」

「うん......」


結愛は家を出て、外に隠れていたサンタクロースのコスプレをした蓮に水色のソリを渡した。


「頼んだよ」

「はい!」 

「私は先に行ってるから」

「分かりました」


結愛先輩を見送り、乃愛先輩の家のチャイムを押した。


「はーい。あれ?蓮くんじゃないか!」


出てきたのは二人のお父さんだった。


「乃愛先輩いますか?」 

「今連れてくるから、少し待っててもらえるかな」 

「はい、あ、サンタクロースが来たって言ってください」  

「了解!」


しばらく外で待っていると、お父さんが車椅子を押して出てきた。


「蓮⁉︎」

「メリークリスマス!乃愛先輩!」

「クリスマスは明日だよ?」

「イブもクリスマスみたいなもんじゃないですか!さぁ、ソリに乗ってください!」

「なんで?」

「行きますよ!雪祭り!」


その瞬間、乃愛先輩は目をキラキラさせて、とても嬉しそうに笑顔を見せ、お父さんも嬉しそうに優しい表情で乃愛先輩を見つめた。


「ちょっと待ってなさい、上着を持ってくるから」


乃愛先輩はお父さんが持ってきたフード付きの白いジャンバーを着て、もふもふの薄水色の手袋を着け、お父さんに抱えられてソリに座った。


「それじゃ行きますよ!掴まっててくださいね!」

「レッツゴー!」


雪祭りに向かっていく二人の背中を見て、お父さんは家に入り、仏壇に手を合わせた。


「乃愛も幸せそうだぞ。安心しろよ」


雪祭りに向かう途中、乃愛先輩は道路にある雪を掴み、丸めてニコニコしていた。


「蓮!」 

「なんですか?」

「雪祭りに着いたら、オブジェを見て回りたい!毎年凄いのが沢山あるんだよ!」

「いいですよ!でもオブジェを見れるのは後1時間後からですよ。それまでは赤い布がかけられているみたいです」

「知ってるよ!だから、オブジェが公開されるまでは雪だるまを作るの!」

「雪だるまですか?」

「そう!雪だるまって丸くて可愛い!」

「そうですね!一緒に作りましょう!」


そして雪祭りの会場に着くと、入り口で結愛先輩と梨央奈先輩と千華先輩、そして瑠奈が待っていた。


「み、みんな......」

「乃愛、大丈夫。みんな乃愛が来たことを怒ったりしない」

「そうなの?」


梨央奈先輩は不気味な笑みとは違い、優しい笑顔で乃愛先輩の目線までしゃがんだ。


「今日はみんなで雫に反抗する日!雪祭り楽しんでね!」

「うん!」


何故、瑠奈も一緒にいるのか気になって声をかけた。


「なんで一緒にいるの?」

「話は聞いた。素敵な冬にしなね」


すると瑠奈は、着けていた赤くて長いマフラーを乃愛先輩の顔に勢いよく投げつけた。


「おらぁ‼︎」

「なにすんだチビ瑠奈‼︎」

「風邪引くよ。後で返してね」


不器用ながらも優しい瑠奈を見て、僕は思わず瑠奈の頭を撫でてしまった。


「ありがとうね」

「べ、別に?今日しか優しくしないし」

「それでもいいよ」

「ふん!」


梨央奈先輩は瑠奈に抱きつき、千華先輩は瑠奈の髪をぐしゃぐしゃにしだした。


「なにすんだ!」 

「偉い偉い!」

「髪ぐしゃぐしゃにしないで!梨央奈はなんで抱きついてるの⁉︎」

「偉い偉い!」 

「分かったから!」


瑠奈と梨央奈先輩と千華先輩、そして結愛先輩は、四人で雪祭りを楽しむと言って何処かへ行ってしまった。


「雪だるま作りますか!」

「作る!」


乃愛先輩が乗るソリを引き、子供達が雪で遊ぶ広場にやってきた。

乃愛先輩は座りながら雪を丸めて、小さな雪だるまを作り始めた。


「なんか、目と鼻と口と手になる物拾ってきて!」

「分かりました!」


僕は、乃愛先輩が見える距離で小石と小枝を拾って持っていった。


「これでどうですか?」

「完璧!蓮も作って!」


僕も一緒に小さな雪だるまを作っていると、知らない小学生の少年に雪玉を投げられた。


「冷たっ!」

「サンタクロースだ!」

「サンタさんに雪玉投げたらプレゼント貰えなくなるよ〜」

「貰えるもんね〜!えい!」

「冷たいって!」

「こら!蓮をいじめるな!」

「くらえ!」

「ぶはっ!」


乃愛先輩は思いっきり顔に雪玉をくらい、雪だるまを置いて雪玉を投げ返した。


「当たらないよ〜!」

「ムカつくガキだな!」

「君、このお姉ちゃんはね、怒るとすごく怖いんだよ?歯折られるよ」

「逃げろー!」

「こら!待て!」


小学生の男の子は楽しそうに逃げていった。


「大丈夫ですか?」

「やっぱり歯のこと気にしてた?」

「もう平気ですよ?差し歯にしましたし」

「ごめんね?」

「大丈夫ですよ!はい、僕が作った雪だるまです!」

「うおー!可愛いー!お母さんに見せ......」


乃愛先輩の口から出た言葉は、僕の胸を切なく突き刺さし、表情が暗くなるのを見て、何故か涙が出そうになった。


僕が作った雪だるまをソリに乗せて、僕は無言でソリを引いた。


「どこ行くの?」

「出店でも見に行きましょう!」


食べ物や飲み物、雪関連の様々なグッズの店が出ていて、見ているだけでも楽しい。

そんな時、ハンドメイドのお店で、小さな雪の結晶のピアスを見つけた。


乃愛先輩ってピアスしてたよな。


「これ幾らですか?」

「850円になります!」

「もうちょっとだけ安くなりませんか?」

「840円でどうでしょうか」

「800円とかダメですか?」

「んー......810円!」


くそ......ん?この店員さん、学園祭の打ち上げの時、飲み物配ってた人じゃ......


「810円ですか......それにしても雫先輩見ませんね」

「お、お客様、雫さんというのは音海様のことですか?」

「はい。友達なので」

「はーやく言ってくださいよ!300円でどうぞ!」

「いいんですか⁉︎」

「もちろんでございます!」

「んじゃ、この雪だるまが入ったスノードームも買おうかな」

「こちらはオマケしますよ!」

「え⁉︎スノードームの方が高いんじゃ」

「いいんですいいんです!その代わり、雫さんによろしくお願いしますよ?」

「はい!」


ピアスとスノードームを別々の紙袋に入れてもらい、速やかにポケットにしまった。


「蓮?なに買ったの?」

「内緒です!」


乃愛先輩にはピアス、結愛先輩にはスノードーム!帰り際に渡そう!


「只今より、雪や氷で作られた様々なオブジェをご覧いただけます。どうぞお楽しみください」


会場アナウンスが鳴り、ワクワクした様子の乃愛先輩は言った。


「見に行こ!」

「はい!」


オブジェを見て回っていると、雪でできた大きな熊やお城など、どれもクオリティーの高いオブジェが展示されていた。


僕が注文したオブジェはどこだろう。


しばらく歩いていると会場の一番隅に、梨央奈先輩、千華先輩、結愛先輩、瑠奈、そして雫先輩が集まっていた。

みんなが見ている物は、まだ赤い布がかけられているオブジェだった。


「あ、来た」


結愛先輩に手招きされてみんなと合流すると、雫先輩が会場のスタッフと話し始めた。


「お願いします」

「かしこまりました」


オブジェの周りには、大量の赤い花と水色の花が置かれていて、なんのオブジェなのか期待が増していく。


そして会場のスタッフが赤い布を取ると、それは僕が注文したオブジェだった。


なんで......花は注文してないのに。


「......お母さん」

「これって......」


乃愛先輩と結愛先輩は放心状態で、ただオブジェを見つめていた。


「おか......お母さん.......」


乃愛先輩は左手に雪だるまを持ち、右手で僕のズボンを掴んで立ち上がろうとした。


「乃愛先輩?」


立ち上がることができずに顔から転び、雪だるまもぐちゃぐちゃになってしまった。


「大丈夫ですか!」


手を貸そうとした時、雫先輩は僕の腕を掴んで止めてきた。


「お母さん......お母さん‼︎」


乃愛先輩は涙を流して雪の地面を這うようにオブジェに近づき、結愛先輩は涙を流しながら、ただ立ち尽くしている。


乃愛先輩は何度も立ち上がろうとして転びを繰り返して、それでも誰も手を貸そうとしなかった。


「結愛!乃愛!」


二人のお父さんが駆けつけると、雫先輩は小さな声で僕に言った。


「詰めが甘いのよ。心に傷を抱えているのは二人だけじゃないわ」


きっと、この大量の花は雫先輩が用意した物だ。雫先輩はやっぱり凄い......しっかりお父さんのことも考えて呼んでいたんだ。


「お父さん......お母さんが......」

「大丈夫。大丈夫だからな」


お父さんは乃愛先輩の体を起こそうとするが、乃愛先輩はそれを払いのけた。


「やめて......」

「乃愛?」

「お母さんがいるの」

「乃愛......お母さんはもういないんだ。分かるだろ?」

「分かってるよ‼︎でも......そこにお母さんがいるような気がするの......だから、もう心配させないように自分で......自分の足で立って言わなきゃいけないの‼︎」


乃愛先輩が居た所の雪は、何度も転んで泥に変わっていき、白いジャンバーがどんどん汚れていった。


そしてお父さんは自分の涙を拭い、僕の横にやってきて俯いたまま小さな声で言った。


「乃愛はもう......立てないんだ......」

「......え?」

「悲しませないように本人には言ってないけど、もう立つことはできないだろうって病院の先生に言われたんだ......」


すると、瑠奈には聞こえていたのか、瑠奈は二人のお父さんのお腹を軽く殴り、涙を浮かべて顔を上げた。


「奇跡を起こそうとしてる自分の娘を信じろよ。バカジジイ」


その時、本当に奇跡は起きた。


「乃愛......」


乃愛先輩は自分の力で立ち上がり、フラフラしながらも一歩ずつ、ゆっくりとオブジェに近づいて行った。

そしてオブジェに両手を着き、足を震わせたながら言った。


「さよならも言わせてくれないなんて酷いよ......酷すぎるよ‼︎......ずっと......大好きだよ......さよならお母さん......またね」


そして乃愛先輩は足の力が抜けたのか転びそうになり、結愛先輩が咄嗟に後ろから抱きついて乃愛先輩を守った。


「乃愛......頑張ったね」

「うん......頑張った......」


赤と水色の花の上に倒れて涙を流す二人は、どこか神秘的にも感じ、とても綺麗だった。


「お父様も伝えたいことがあるんじゃないですか?」


雫先輩がそう言うと、二人のお父さんは大粒の涙を流して大きな声で言った。


「あ......愛してるぞ‼︎だらしないけど、俺がちゃんと二人を育てていくから安心して眠れよ‼︎」


すると、さっきまで泣いていた二人は上半身を起こし、お父さんをバカにするように見つめた。


「子供の前で愛してるはヤバすぎ」

「恥ずかしいお父さんだ」

「お、お前らな!」

「ほら、手を貸して」

「乃愛、立てるか?」

「ちょっと疲れちゃった。ソリに座らせて」


お父さんが乃愛先輩を抱き抱えてソリに座らせた時、僕の視界に入ったのは衝撃的なものだった。


「あー‼︎オブジェに乃愛先輩の手形付いちゃいましたよ‼︎高かったのに‼︎」

「出したのは私だけどねー」

「これ、蓮が用意してくれたの?」

「はい。二人にとって冬が本当の意味で好きな季節になってくれたらなと思って。あ、それとこれ、クリスマスプレゼントです!」


さっき買った商品が入った袋を二人に渡すと、乃愛先輩はニコニコしながら袋を見つめた。


「あ!雫の名前使って値引きしてもらったやつだ!」

「言わないでくださいよ!」 

「私の名前を......蓮くん、貧乏くさいわね」

「貧乏ですもん!」


二人は袋からプレゼントを取り出すと、とても嬉しそうにプレゼントを眺めだした。


そして二人は同じことを思っていた。

(蓮は、私達のヒーローだ)


「蓮、クリスマスプレゼント欲しい」

「瑠奈は高校生でしょ」

「二人だって高校生じゃん!しかも先輩じゃん!それともなに?二人にあげて私にはあげたくないの?私が大切じゃないから?あぁそうか、二人に洗脳されてるんだね、可哀想......私が目を覚まさせてあげる」

「分かった分かった、後で買いに行こう。雫先輩の名前使って」

「いいねいいね!安く買い物できる!」

「貴方達ね」


雫先輩が怒りだしそうになった時、お父さんは乃愛先輩の乗ったソリをオブジェの前に引っ張った。


「結愛、隣に並んでくれ」

「うん」


お父さんはオブジェの前に二人を並べて写真を撮った。


「お父様、携帯を貸してください。3人の写真も撮りましょう」

「ありがとう」


雫先輩は三人の写真を撮ってあげると、乃愛先輩は僕達を呼んだ。


「みんなで撮ろうよ!」


たまたま通りかかったおじさんに携帯を渡し、集合写真を撮ってもらった。

その後、乃愛先輩は一応病院で脚を見てもらうために結愛先輩とお父さんの車で雪祭りを後にし、全てが上手くいったと思った次の瞬間


「さて貴方達、罰を受ける覚悟はできているわね」

「それ!」


千華先輩は雫先輩に雪玉を投げつけて堂々とした立ち姿で言った。


「今日は反抗するって決めたもんね!」


そして千華先輩と梨央奈先輩はどこかへ逃げて行ったが、雫先輩が明らかにブチギレているのが分かる。無表情だけど分かるんだ......溢れ出る雰囲気ってやつだ。


「る、瑠奈、僕達も行こうか」

「う、うん!」

「待ちなさい」

「は、はい......」

「今日は反抗する日。今日は......よね」

「るるる瑠奈!逃げよう!」


雫先輩は追ってこなかったが、明日学校に行くのが嫌になる台詞だった。

それに雫先輩はハッキリと僕達や乃愛先輩を怒ったりしなかった......違う......大切な人が居なくなる悲しみや辛さを知っている雫先輩は怒らなかったんじゃなく、怒れなかったんだ。


それから瑠奈には予算の都合上、焼きそばしか買ってあげられなかったが、満足そうに食べてくれた。

そして帰り道


「いつか私にも、好きな季節ができたらいいな」

「そうだね」  


その瑠奈の言葉は、僕への期待の意味が込められているように感じた。


「これは私からのクリスマスプレゼント!じゃあね!」


瑠奈は突然僕の右ポケットになにかを突っ込んで走り去った。


なんだろう......


「パッ、パンツだ〜‼︎」


赤色のエロすぎるパンツをプレゼントされ、最高のクリスマスイブになった。だが、瑠奈に最高だったとは絶対に言わない。迷惑なふりをするのが正しい選択だ。


蓮がパンツを握りしめ、そんなことを考えていた頃、乃愛は脚の回復を病院の先生に驚かれ、本格的なリハビリを始めることになった。


「お父さん、リハビリ終わったらピアス開けに行きたい」

「いいぞ!」


乃愛は左耳の軟骨にピアスを開け、蓮に貰った雪の結晶のピアスを着け、蓮に写真を送った。


「早速着けてくれたんだ!」


蓮が喜んでいる頃、梨央奈は入浴しながら雫に電話をかけていた。


「雫〜」

「なにかしら」

「あの花を用意したのは雫でしょ。乃愛が雪祭りに来ることを反対してたに、なんであんなサプライズを用意したの?」

「私自身が花が好きだからよ」

「わざわざ二人のイメージカラーで揃えたくせに?」

「そんなことはどうでもいいわ。さっきからビデオ通話になってるわよ」

「え⁉︎み、見えてた⁉︎」

「えぇ。汚いものを見せないでちょうだい」

「き、汚くないよ‼︎」

「梨央奈さんの中ではそうなのでしょうね」

「本当に酷い。それよりさ、乃愛のことよかったね」

「そうね。さっきメッセージが届いて、このまま順調にリハビリを続ければ、冬休みが明ける頃には車椅子を卒業できるそうよ」

「それも蓮くんパワーだねー。蓮くん、次は誰を救ってくれるのかな」

「さぁね。私もお風呂に入るから切るわね」

「はーい」


一方で瑠奈は、自分の部屋で叫んでいた。


「マフラー返してもらってなーい‼︎」

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