誰かの大切な人


イライラしている瑠奈と学校に戻り、理科室に向かうと、雫先輩と美桜先輩が手を繋いで理科室の廊下前に居た。


「なにしてるんですか」

「れ、蓮くん、いいところに来たわ。調理室から塩を持ってきてくれるかしら」

「瑠奈、行ってきて」

「おらぁー‼︎」

「なんだよお前‼︎」


瑠奈は美桜先輩にしがみつき、それを振り解いた美桜先輩は逃げていき、瑠奈はそれを追いかけて行った。


「瑠奈!やめなって!」


僕が瑠奈を追いかけようとした時、雫先輩に腕を掴まれた。


「ま、待ちなさい」

「あ、塩は僕が持ってきますね」

「私も行くわ」


雫先輩は僕の手を離し、一緒に歩き始めた。


「雫先輩、近いです」

「気のせいよ」

「歩きづらいんですけど......」

「気にしないで」


雫先輩は相当怯えているのか、表情には出さないが、すごい体を寄せてくる。

それなりに気まずい......


「他の生徒会メンバーは居ないんですか?」

「千華さんは冬の大会に向けて部活に行ったわ。他のみんなは帰ったわよ」

「千華先輩ってなんの部活に入ってるんですか?」

「剣道よ」

「へー、意外ですね」

「相当の腕よ。私も軽くはできるけれど、千華さんに剣道では勝てないわね」

「そんなに強いんですか」

「冬の大会、一緒に応援しに行く?」

「二人でですか⁉︎」

「生徒会のみんなは行くのよ。蓮くんだけ誘われてないみたいだけれど」

「なんですかそれ、傷つきます」

「内緒で行ったら喜ぶんじゃないかしら」

「だといいですけど。雫先輩は部活してないんですか?」

「してないわよ。ちなみに乃愛さんと結愛さんは美術部よ」

「え⁉︎」


あの虹と棒人間描いた人が美術部だと⁉︎


「全然行ってないみたいだけれど」

「あぁ、安心しました」

「梨央奈さんも部活には入っていないわ」

「そうなんですね」


話してるうちに調理室に着き、塩を探した。


「塩ってどの辺にありますかね」 

「あったわ」

「......雫先輩、落ち着いてください」


雫先輩は1キロの塩の袋を抱えて安心した表情をした。


「理科室に戻るわよ」

「は、はい......うわっ‼︎」

「きゃ‼︎」


雫先輩は僕の声に驚き、塩の袋を落としてしまった。


「今人影が!」


すると、雫先輩は震えた手で調理室の包丁を手に取った。


「雫先輩!落ち着いてください!」

「ゆゆゆゆ幽霊なんていないわよね。大丈夫よね」


こんな雫先輩初めて見た......


雫先輩は包丁で塩の袋を開け、豪快に頭から塩をかぶってしまった。


「なにしてるんですか⁉︎」

「これで大丈夫よ」

「全然大丈夫じゃないですよ!掃除大変ですし!」

「そもそも、蓮くんはなんで冷静なのよ」

「見えた瞬間は怖いですけど、襲ってきたりしなければ割と平気です」

「嘘よね。梨央奈さんを置いてお化け屋敷から逃げたって聞いたわよ」

「あれは怖かったですよ!かなり!」

「まぁいいわ。私が怖がってたことを誰かに話したら、蓮くんを生徒会から追い出すわ」 「そんな理不尽な!てか、やっぱり怖がってたんですね」


その瞬間、鋭い目つきで睨まれ、幽霊より遥かに怖いと感じた。


「で、でも、意外な一面が見れて嬉しかったです」

「生徒会室についてきなさい」

「ついて来てほしいの間違いですよね」


せっかくの機会だし、ちょっと雫先輩をいじろうと思ったが、雫先輩は泣くように目を擦り始めてしまった。


「ご、ごめんなさい!泣かないでくださいよ!」

「痛いわ」

「え?」

「塩が」

「こ、擦らないでください!」 


目を閉じる雫先輩を水道に誘導して、水を出してあげた。


「洗ってください」

「ありがとう」

「それにこのまま調理室出れないですよ」


雫先輩が目を洗っている間、髪や制服に付いた塩を払ってあげた。


なんか子供みたいだな。雫先輩だって本当は普通の女子高生で、普通の女の子なんだろうな......多分。


「ありがとう、助かったわ。塩を掃除しましょう」

「は、はい」


雫先輩は目を洗うと落ち着きを取り戻し、いつものキリッとした表情に戻った。


そして二人で塩を掃除している時、雫先輩は静かに話だした。


「蓮くんは私の過去を知っているのよね」

「はい」

「小さい頃、本当に幽霊が見えたことがあってね」

「え、そうなんですか?」

「お姉ちゃんは私を怖がらせるのが好きで、とある日の夜、いつものように怖い話をしてきて、怖くて眠れなくなってしまったのよ」

「あるあるですね」

「そう。それでなんとなく窓を見たら、優しい表情をしたお爺ちゃんが立っていたのよ」

「ハッキリ見えたんですか?」

「見えたわ。でもその幽霊は、私の亡くなったお爺ちゃんだったの」

「会いに来たんですかね......」

「そうかもしれないわね。幽霊は元々生きていた人間でしょ?」 

「はい」

「だから、今この学校いる幽霊も、きっと誰かの大切な人で、幽霊にも大切な人がいるのよね。邪険に扱って申し訳なかったわ」

「素敵な考え方ですね」

「でも学校から出て行ってもらわなきゃね。御祓の人を呼んで、しっかり成仏してもらうわ」

「それがいいですね」

「さて、生徒会室へ行きましょう」

「あ、あの」

「なにかしら」

「お姉さん、きっと見つかりますよ」

「......行きましょう」


絶対言っちゃいけないこと言った‼︎しくじったー‼︎


雫は蓮に背を向け、淑やかに少しだけ口元に笑みを浮かべた。


そして生徒会室に着くと、雫先輩は自分の席に座った。


「なにかするんですか?」

「少し仕事を手伝ってちょうだい」

「いいですよ。そういえば、瑠奈と美桜先輩はほっといて大丈夫ですかね」

「あの二人は仲良くなれると思うけれど」

「そうですかねー」

「あの二人が仲良くなってくれたら、美桜さんは梨央奈さんとも仲良くなる可能性がある。そうなってくれたらありがたいわね」

「美桜先輩って、まだいじめられてるんですか?」

「普通に学校生活を送ってるわよ。机はそのままだけれど。とりあえず、この書類を学年ごとに分けてちょうだい」

「あ、はい」


あーあ、今頃コタツでのんびりしてたはずなのに......いや、瑠奈と......


「蓮くん?顔が赤いわよ」

「いや!なんでもないです!」

「そう。ならいいけれど」


しばらく仕事を続けていると、瑠奈から電話がかかってきた。


「もしもし!蓮、どこにいる?」

「生徒会室」

「そうなんだ!ちょっと美桜先輩と喫茶店行ってくるね!」

「え、うん。行ってらっしゃい」


本当に仲良くなってる⁉︎なんで⁉︎


「あの二人、本当に仲良くなったみたいですよ」

「二人とも気性が荒くて、真っ直ぐな人間で似た者同士。それに2人とも私が嫌い。きっかけさえあれば、すぐに打ち解けると思ったわ」

「そ、そういうことですか。なんか二人で喫茶店行くみたいですよ」

「それで蓮くんは行ってらっしゃいと言っていたのね」

「はい」

「同罪ね」

「......あ」

「帰宅途中の寄り道は校則違反。知ってるわよね」

「はい......」

「明日の朝、昇降口前で腹筋100回してから教室に行きなさい」

「今しますけど」


今の方がいい‼︎恥ずかしいのは嫌だ‼︎


「い、今はいいわよ」


......ニヤリ。


「いや、今やります!僕が悪いので!」

「明日と言っているでしょ」


雫先輩は幽霊を邪険に扱ったことを反省しているが、怖いものは怖い‼︎一人になるのを避けたいのだ‼︎今僕がこの場から居なくなるのは絶対に避けたい‼︎雫先輩には僕が必要‼︎よって今は、僕の方が立場が上なのだー‼︎


「辛いことは今のうちに終わらせたいです!」

「ダメよ」

「んじゃ、せめてグラウンド走ってきます!」


気持ちいい。あの雫先輩より立場が上!最高だ‼︎


「それじゃ、ちゃんと走るか私もグラウンドで見張るわ」


それじゃ意味ないんだー‼︎


「さぁ、行きましょう」


あ、ダメだ。雫先輩の目が獲物を狩る目つきに変わった。


結局二人でグラウンドに行き、軽く一周走って雫先輩の前で立ち止まった。


「と、とりあえずこれで......」

「辛いことは今のうちに終わらせたいのでしょ?あと49周は走りなさい」

「勘弁してください!寒くて耳が痛くなります!」

「さっき、わざと私を一人にしようとしたわよね。ニヤついていたから分かりやすかったわ。校則違反と会長へのイタズラ、本当ならもっとキツイ罰でもいいのよ」


バレてた〜‼︎


「50周もかなりキツイですよ!」

「口答え、一周プラス。これ以上増やされたくなかったら、黙って走りなさい」

「そんな酷いこと言うなら、怖がってたことみんなに言いますよ」


最後の切り札......さぁ、どうする。


「学園祭の写真。こっそり睦美さんのメイド服姿の写真3枚を購入していたけれど、今でも大事に持ってるのかしら。蓮くん」

「なんで......なんで知ってるんですか‼︎」

「私が写真を管理していたから」

「そんな!」

「蓮くんが言えば私も言う。落ちる時は一緒よ」 

「一緒じゃないですよ!全然違います!雫先輩はギャップ萌だって言われて人気出るかもしれないけど、僕はただの変態ですよ!」

「それじゃ黙っていることね。変態くん」

「その呼び方やめてください」

「さぁ走りなさい、涼風変態くん」

「はいはい、分かりましたよ......」


雫先輩との距離が今まで以上に縮まった気がする嬉しさはあったが、ブレないところはブレない。よって怖い。


なんとか51周走り終えて、地面に座ってヘトヘトになっていると、雫先輩は鋭い目つきで僕を見下ろした。


「誰が座っていいと言ったの」

「ご、ごめんなさい!」

「いい?生徒会の貴方が校則を破るなんてありえないの。蓮くんがしたことが、生徒会全体の評価を下げることに繋がることだってあるのよ」

「気をつけます......」

「二人がまだ喫茶店に居るか確認しなさい。一度カバンを取りに行って、二人を取締るわよ」

「はい」


瑠奈に連絡したところ、二人は今、カラオケで盛り上がっている最中らしい。

そして雫先輩とカラオケに向かい、雫先輩は店員さんに学生手帳を見せて言った。


「音海雫です。学校の生徒が来ているはずなんですが、部屋番号を教えてください」

「かしこまりました音海さま」


店員さんが裏に消えて行った時、僕はシンプルな疑問を聞いてみた。


「もしかしてこのカラオケ店も雫先輩の親が経営してたりします?」

「よく分かったわね」

「店員さんの雫先輩への対応見てれば分かりますよ」

「他にもいろんな店を経営しているけれど、カラオケは初めて来たわね」


店員さんが戻ってきて、部屋番号を教えてくれた。


「024番でございます」

「ありがとうございます」


二人が居る部屋の前に来ると、2人が楽しそうに歌う声が聞こえてきた。


「入るわよ」 

「はい」


扉を開けると、2人はソファーの上に立ち、拳を挙げた状態でフリーズした。


「美桜先輩、これヤバくね?」

「逃げる?」

「逃さないわよ。座りなさい」


2人は少し怯えたようにソファーに座った。


こんな静かなカラオケの部屋、絶対ここだけだ。


「2人は校則違反として、明日の朝、昇降口前で腹筋100回してから教室に行きなさい」

「は⁉︎そんな恥ずかしいことできるわけないじゃん!」

「罰なのだから仕方ないじゃない。もしくはここで変な歌い方でもしてちょうだい」


なにそれ可哀想。


「その方が良くない?」

「先に瑠奈歌ってよ」

「いいよ」


瑠奈は保育園の子達が歌いそうな曲を入れて、ぶりっ子しながら歌いだした。

すると雫先輩は瑠奈に携帯を向けて動画を撮り始めた。


「そのまま変顔で歌いなさい」


瑠奈は白目を向きながらぶりっ子で歌い続けた。

完全に恥ずかしさを捨て、この状況を楽しんでいる。


「いいものが撮れたわ。次は美桜さん、同じように歌ってちょうだい」

「......無理。こんなの無理!しかも雫の前で!」

「やりなよー。意外と楽しいよ?」

「は⁉︎瑠奈は恥じらいが無いからだよ!」

「気にしすぎだよ。さっきメロンソーダ飲んでゲップしてたじゃん」

「い、言うなよ!」

「美桜先輩......」

「炭酸飲んだらいきなり出ちゃうじゃん‼︎」

「そ、そうですよね......」


こんな綺麗な人もゲップするんだ......


「美桜さん、貴方は罰を受けなくていいわ」

「え?本当に?」

「ちょっと待ってなさい」


雫先輩が部屋を出て行き、しばらくしてDVDのディスクを持って戻ってきた。


「これにはこの部屋の監視カメラ映像、音声付きがダビングされてあるわ」

「し、雫!」

「美桜さんのゲップもバッチリ。次校則を破ったら、これを学校で流すわね」

「やめてよ!」

「ルールを守ればいいだけよ。さぁ、早く帰りなさい」


美桜先輩は顔真っ赤にして帰って行き、僕は楽しそうな瑠奈と一緒に帰った。


「なんで美桜先輩と仲良くなったの?」

「口喧嘩してるうちに雫先輩の悪口になっていって、共感しだした」

「それ、雫先輩にバレないようにね」

「分かってるって!」


翌日、美桜先輩はいつも通り登校してきたが、雫先輩はDVDを持って放送室に向かっていった。


「雫先輩」

「あら、おはよう」

「おはようございます。そのDVDどうするんですか?」

「私は言ったよね。次校則を破ったら学校で流すと」

「なんかしたんですか?」

「赤髪で登校してきたわ」


うわ......美桜先輩、そこに気付いてなさそう。


そして数分後、校内放送でカラオケでの音声が流された。


ピンポンパンポーン


「次なに歌う?」

「えっとねー、ゲプッ」

「きゃはははは!美桜先輩、今ゲップしたー!」

「しょ、しょうがないでしょ‼︎」


ピンポンパンポーン


放送が終わった瞬間、校内に美桜先輩の叫び声が響き渡った。


「いや〜‼︎‼︎‼︎‼︎」


これが......美少女のゲップか......

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る