髪染め


「蓮?」 


学校へ向かっている時、瑠奈の落ち着いた声が聞こえて振り返った。


「久しぶり!蓮!」

「あの、どちら様でしょうか」


瑠奈だってことは分かる。分かるけど......


「冗談はいいから、早く学校行くよ?遅れたら大変」

「......は〜⁉︎どうしたの瑠奈‼︎髪が黒くなってるよ⁉︎ストレスか⁉︎ストレスなのか⁉︎」

「ストレスなら白くなるでしょ?私、これからは真面目に学校生活を送ろうかなって」

「そ、そうなんだ。よかった」


学校に着くと、身嗜みチェック係として千華先輩が校門前に立っていて、瑠奈は元気よく挨拶をした。


「おはようございます!千華先輩!」

「おはよう!......え?」

「先輩?どうかしました?」

「瑠奈ちゃんだよね......」

「はい!お久しぶりですね!」


千華先輩は驚いた表情をして校内に走っていき、すぐに雫先輩を引っ張って戻ってきた。


「千華さん?どうしたっていうの?あら、おはよう蓮くん」 

「おはようございます」

「雫先輩!おはようございます!」

「......髪染めたのね」

「はい!これからは真面目に頑張ります!」


雫先輩は一瞬目を細めた気がした。


「今日からトイレ掃除はしなくていいわ。勉学に励みなさい」

「はい!」


教室に着くと、梨央奈先輩が廊下から教室内をキョロキョロ見渡していた。


「なにしてるんですか?」

「あ!蓮くん!......ん?瑠奈ちゃん髪染めたんだね」

「はい!」

「これで雫も安心だね!」

「これからは真面目に頑張るので、仲良くしてください!」

「え、あ、うん!」


瑠奈は、嫌いなはずの梨央奈先輩にも可愛らしい笑顔で接した。

なにがどうなってるんだ。


「蓮くん!ちょっといい?」

「あ、はい」


瑠奈は教室に入り、僕は梨央奈先輩に廊下の隅に連れてこられた。


「お父様がね、次の休みに二人で遊んできなさいって、遊園地のチケットをくれたの!行かない?」

「行きたいです!あ......でも、交通費とか」

「私が出すよ!先輩だもん!」

「ありがとうございます!」

「んじゃ、詳しい話はまた今度ね!バイバイ!」


梨央奈先輩は嬉しそうに自分の教室に戻って行った。

僕が教室に戻ると、林太郎くんが瑠奈の髪を物珍しそうに触っていた。


「あ、蓮。瑠奈が髪染めたぞ」

「知ってる」 

「なんか、お人形さんみたいだな」

「それ、小さいって言いたいわけ?」

「ち、違うんだ!許してくれ!」

「いいよ!許してあげる!」

「お、おぉ」


人ってこんなすぐに変わるもんなのかな。まぁ、瑠奈が真面目になるのは良いことだな。


それから瑠奈は、三日間に渡るテストに集中し、体育祭の練習にも真剣に取り組み、トイレ掃除はしなくていいと言われたのに、お昼をすぐに済ませ、進んでトイレ掃除をし始めた。


そんな瑠奈を見ていた雫は、結愛と乃愛を呼び出した。


「一年二組、大槻瑠奈さんを監視してくれるかしら」

「はーい」

「乃愛さんもお願いね?」

「は〜い」

「なにか起きた時に、緊急なら独断で行動していいわ。それ以外は何かあれば私に報告するように」

「監視って言っても、放課後はここに来なきゃ行けないんだよね」

「確かに〜、監視無理〜」

「しばらく来なくていいわ」


そして放課後。


「蓮!生徒会頑張ってねー!」

「う、うん!」


僕が生徒会室に行くことを応援するなんて、今まであり得なかったのに。と思いながら生徒会室に行くと、生徒会室では梨央奈先輩と千華先輩と雫先輩が、モニターを4つ置き、何かを見ていた。


「なにしてるんですか?」

「あ!蓮!」


モニターの画面を止め、千華先輩が説明してくれた。


「全学年でテストがあったでしょ?監視カメラの録画で、カンニングしてる生徒がいないか確認してるの!」 

「監視カメラなんてあったんですか⁉︎」

「テストの時だけね!それ以外は生徒のプライバシーに関わるからカメラは付けてないよ!」

「そうなんですね」

「一台、モニターが空いてるから、蓮も確認して!」

「分かりました」


梨央奈先輩の左側に座り、録画を確認し終わると、雫先輩はパチパチパチと三回控えめな拍手をした。


「素晴らしいわね。今回は一人もカンニングしていなかったわ」

「それにしても、瑠奈ちゃん真面目になったねー」

「いいことじゃない」


梨央奈先輩は、千華先輩と雫先輩が会話している間、二人にバレないように静かに手を繋いできた。


こんなとこで⁉︎バレたらヤバイですよ〜⁉︎


「シー」


静かにしてますよ⁉︎


その時、生徒会室の扉が開いて、梨央奈先輩はすぐに手を離した。

入ってきたのは......結愛先輩?乃愛先輩?喋らないと見分けがつかない。


「報告〜」


あ、乃愛先輩だ。


「廊下で話しましょう」

「は〜い」


雫先輩と乃愛先輩は生徒会室を出て行った。


「なにかしら」

「教室で〜、カッターの刃を交換してた〜。ちなみに、カッターを使う授業な〜し」

「そう。まだ様子を見てちょうだい」

「は〜い」


そして翌日、早くもテストが返ってきた。


「よし」

「ん?瑠奈、なんか言った?てか、何点だった?」

「オール100!」

「はいはい。で?本当は何点?」

「見てみな?」


瑠奈に全ての教科のテストを渡されて見てみると、本当にオール100点だった。


「そんな頭良かったっけ......」

「私、受験のテストもオール100点だったけど?」

「初耳なんだけど......」


ピンポンパンポーン

「至急、集まれ〜」

ピンポンパンポーン


今のは乃愛先輩か。


ピンポンパンポーン

「あ、体育館ね〜」

ピンポンパンポーン


うわ......なんだろ、乃愛先輩の声とペースで力が抜けるこの感覚。


「瑠奈、行こうか」

「うん!」

(ナイスタイミング!神は私に微笑んでる......)

「んっ、テスト持って行くの?」

「ま、まぁね!」


体育館に着くと、毎度のように雫先輩はステージに上がっていた。


「今回のテストは全学年10教科だったわね。全教科100点だった場合、合計1000点になるのだけれど、600点にも届かなかった生徒が何人かいるわね」


雫先輩はそう言うと、その生徒の名前を次々と読み上げ、全校生徒の前で立たせていった。


僕は必死に自分の点数を思い出し、頭の中で点数を足していった。

なんとか僕は呼ばれず、名前を呼ばれた生徒は29人もいた。


「29人......大体一クラス分ね。どうしてそんな点数しか取れないのかしら。あぁ、聞くまでもなかったわね。貴方達が馬鹿だからよね」


立たされた生徒達は、悔しさと恥ずかしさで俯いてしまっている。


「今立っているお馬鹿な生徒は、この時間が終わったら生徒会室に来なさい。あぁ、そうだったわ。お馬鹿な貴方達が迷子にならないように、生徒会室までの地図を作ってきたの。拾いなさい」


雫先輩はステージ上から地図をばらバラ撒き、立っていた生徒達に拾わせた。


雫先輩......やりすぎだ。これじゃ不登校になってもおかしくないよ。


「さて次に、今立っていた生徒以外の生徒は立ちなさい」


そう言われ立ち上がると、雫先輩は淑やかな表情で僕達に拍手を送った。


「素晴らしいわね。こんなに優秀な生徒がいるなんて、私は嬉しいです。次も期待しているわよ」


雫先輩が人を褒めた⁉︎......いや、点数が悪かった生徒を貶して、他の生徒を褒めることによって、点数が悪かった生徒達に対抗心を芽生えさせて、普段厳しい雫先輩が点数の良かった生徒達を褒めることで、次も褒められたいと頑張る力を与える。

きっとそういうことだろう。


「そしてオール100。合計点数1000点だった生徒は、生徒会では蓮くんを除いた全員」


僕以外全員だと⁉︎嘘だ‼︎嘘だと言って‼︎


「そして、一年二組。大槻瑠奈さん」


今まで問題児だった瑠奈がオール100点だったと聞いて、それはもう体育館が騒ついた。


「雫先輩!お願いがあります!」

「瑠奈⁉︎」

「瑠奈さん以外の生徒は座りなさい」


瑠奈を残して全員が座ると、瑠奈はステージに向かって歩き出した。


「おい。その場で話せ」


結愛先輩に注意され、瑠奈は立ち止まった。

そして瑠奈は自分のテストを取り出し、雫先輩に見せつけた。


「これが私の実力です!私を生徒会に入れてください‼︎」


生徒達の視線は瑠奈に集中し、体育館に沈黙が流れた。


雫は迷っていた。

(いろいろ不確定な状況で瑠奈さんを生徒会に入れるのはリスクがある。でも、同じような状況で蓮くんを生徒会に入れてる......入れないのはおかしいわよね......)


「生徒会に入りたい理由はなにかしら」

「全生徒の、ためになるような働きをしたいです‼︎」

「......金曜日まで待ちなさい」

「なんでですか?」 

「今は忙しいのよ。待てるわね?」

「はい!」

「それでは、全員勉学に励むように。解散」

(金曜日まで今日含めて3日もある。瑠奈さんの性格上、なにか企んでいれば必ずどこかでボロが出る......この胸騒ぎはなんなのよ......)


教室に戻り、僕は瑠奈の両肩を掴んだ。


「生徒会に入るって本気⁉︎」

「本気!」

「なんでさ!」

「だから、みんなの為に」


そんな奴じゃなかっただろ......

そういえば、生徒会室に呼び出された生徒......泣きながら向かう人も居たな。可哀想に。今頃死ぬほど罵られてるんだろうな。


その頃生徒会室では、蓮の想像とは真逆のことが起きていた。


「よく逃げずに来たわね。素晴らしいわ。悔しかったでしょ、怖かったでしょう。でも逃げずにここに来た。そんな貴方達なら、次は絶対に頑張れるはずよ」


生徒達は、予想外の言葉に驚いた。


「でも、今は不安かもしれないわね。次も悪い点数だったらどうしようとか。今の自分より上に行きたいのなら、これからは不安が自分の敵にならないようにしなさい。期待しているわ。それじゃ教室に戻っていいわよ」


雫は一人になった生徒会室で小さく呟いた。


「不安が自分の敵にならないように......」

(今の私には、出来てるかしら......)

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