いい子ちゃんは辞めた


「金曜日......」


雫は金曜日朝、生徒会室から登校してくる瑠奈を眺めていた。


「結愛さん、乃愛さん。どうすべきかしら」

「特にこれって動きは見られなかった」

「どの生徒よりも、ずっと真面目だった〜」

「雫が感じる何かってなんなの?」

「一瞬、梨央奈さんに違和感を感じたの」

「瑠奈じゃなくて?」

「違和感を感じた後日、瑠奈さんの性格が急に変わったのよ。私には、たまたまだと思えないわ」

「まぁ、生徒会に入れてからも乃愛と見張るよ」

「頼むわね」


話が終わり、乃愛はテーブルに置いてあったお菓子の中から、ガムをジッと見つめだした。


「乃愛さん?ガムは禁止にしたわよね」

「なんかあった時のために、持たせとくだけならいいんじゃない?」

「そうね。食べちゃダメよ?」

「は〜い」


結愛と乃愛が生徒会室から出て行くのと入れ違いで、梨央奈が入ってきた。


「乃愛、ガム眺めながら歩いてたけどいいの?」

「食べないよう言っておいたわ」

「あの子、ガム食べると人が変わっようになるけど、前からそうだっけ?まず、眠そうになったのは、あの事件以来だよね」

「もう終わったことよ」

「そうだね。でも、スースーするガムを食べると目が覚めて覚醒って、なんか面白いね」

「確かにそうね。そういえば、瑠奈さんを生徒会に入れようと思うの」

「そ、そうなんだ!でも、一回オール100点取っただけで?」

「なにか、瑠奈さんを入れたら困ることでもあるのかしら」

「ぜ、全然!」


雫に真っ直ぐ見つめられ、梨央奈は生徒会室を出て行った。


その頃僕は、教室で千華先輩に抱きつかれていた。


「蓮〜♡なんで最近構ってくれないの〜♡」

「い、忙しいだけです!」


こんなとこ梨央奈先輩に見られたら......


「蓮〜♡」

「なんですか?」

「次はいつ遊べる?」

「来年です」 

「そんなわけないじゃん!」


にしても、瑠奈は本当に睨みもしてこなくなったな。


「千華先輩、チャイムなりますよ」

「本当だ!またお昼休み来るね!」

「は、はーい」


屋上はもうバレてるし、違う場所探さなきゃな。


「蓮、浮気は良くないぞ?」


ヤバイ‼︎林太郎くんに誰にも言わないでって言ってない‼︎しかも瑠奈の前で‼︎


「う、浮気ってなんのことかなぁ〜!」

「声裏返ってるぞ」

「あ!林太郎くん!ちょっと数学の教科書貸してよ!忘れちゃってさ!」

「いや、同じクラスだから無理だろ」

「そ、そうだよねー!あははー!」

「変なの」


林太郎くんは自分の席へ戻って行き、僕は瑠奈が気になって振り返った。


「ん?どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」

「そっか」

(大丈夫だからね。私が梨央奈先輩から蓮を救ってあげるから......)


そして昼休みになると、僕達の教室に結愛先輩と乃愛先輩が入ってきた。


「瑠奈。生徒会室に行くよ」 

「蓮もだよ〜」

「僕もですか?」

「雫が呼んでるから」


僕達は二人の後ろを歩き、生徒会室に向かった。


「来たわね。瑠奈さん、これにサインしなさい」

「これなんですか?」

「正式に生徒会に入るための書類よ」

「え⁉︎やったー‼︎」

「蓮くん」 

「はい」

「蓮くんは瑠奈さんをどう思うか聞かせてくれない?」

「どう思うって......ただの幼馴染みですけど」

「そう。瑠奈さんは蓮くんをどう思っているの?」

「蓮は私の大切な人で、大好きな人です!はい、サイン書きましたよ!」

「確かに受け取ったわ。今から武道館に移動します」


あー、瑠奈も痛い目に合うのか。大丈夫かな、途中で本気でキレないか心配だ。


武道館に着くと、雫先輩は制服のリボンを外した。


「瑠奈さん、柔道着に着替えなさい」

「待って」


結愛先輩が瑠奈の目の前に立つと、瑠奈は怯えてるのか、ゴクリと唾を飲んだ。


「瑠奈と蓮にやらせよう」

「どうしてかしら」

「時には、大切な人でも殴らなきゃいけない場面がある。雫、二人にやらせて」

「......乃愛さんの意見を聞くわ。乃愛さんはどう思う?」

「え〜、んじゃ〜、やってみよ〜う」


僕が瑠奈と......無理だろ‼︎


「雫先輩!僕無理ですよ!」

「命令は絶対よ。契約書にも書いていたはずよ?」


やらなきゃ生徒会を辞めさせられる‼︎まぁあれだ、瑠奈の攻撃を流すぐらいで終わらせよう。流せる自信無いけど。


僕と瑠奈は柔道着に着替えて向かい合ったが、瑠奈は完全に動揺している。


「さぁ、どちらからでもいいわよ。殺す気でやりなさい」

「る、瑠奈、遠慮しないでいいよ」

「う、うん」

(蓮に酷いことするなんて無理だよ......)


瑠奈が、かなり弱いパンチをペチペチと僕の胸に当てると、結愛先輩は武道館に置かれていた剣道の竹刀を真っ直ぐ僕と瑠奈の間をすり抜けるように投げてきた。


「うわっ⁉︎」

「瑠奈。本気でやらないと、私が蓮とやる」

「や、やるって!」


......結愛先輩と⁉︎それは絶対嫌だ‼︎あ、そうだ......


「る、瑠奈って本当に貧乳だよね!」

「貧乳?」

「貧乳?」

「貧乳〜?」


何故か結愛先輩と乃愛先輩も同時に反応した。


「チ、チビだし!」

「チビ?」

「チビ?」

「チビ〜?」

「......え?」


その瞬間、瑠奈と結愛先輩が同時に襲いかかってきた。


「なんで先輩まで〜‼︎」


乃愛先輩は竹刀を拾い、ペチペチと地味に痛い強さで攻撃してくる。


「やめてください!雫先輩助けてくださいよ〜‼︎うっ‼︎」


ヤバイ。結愛先輩のパンチは痛すぎる‼︎ん?乃愛先輩がなにか落としたぞ?ガム?


「とりゃ!」

「なっ⁉︎」


一度結愛先輩に足を掛けて転ばし、左手で瑠奈の頭を撫でて落ち着かせながら、右手で乃愛先輩にガムを食べさせようとした。


「これ食べて落ち着いてください」


その瞬間、結愛先輩と雫先輩の焦る声が響いた。


「ダメー‼︎」

「蓮くんダメよ‼︎」

「え?食べさせちゃいましたけど......ほら、落ち着きましたよ?」

「二人は、今すぐどこかへ逃げなさい!」

「なんでですか?」


次の瞬間、僕の顔に強烈な衝撃と痛みが走り、気づくと畳に血が垂れて、奥歯が折れていた。


乃愛先輩が竹刀をバットのように振って僕の顔に当てたのだ。


「ねぇ、痛い?痛いよね。だって血出てるもんね。ねぇ、なんか言いなよ。ねぇったら」


いつも眠そうな乃愛先輩がハッキリと言葉を発し、その不気味さに一瞬体が震えた。


「ふっ」

「なに笑ってるんですか......やりすぎでっ‼︎」


次に本気でお腹を膝蹴りされ、思わず膝をついた瞬間、顔を蹴られて僕は惨めにも倒れてしまった。

乃愛先輩は僕に跨り、何度も何度も顔を殴りながら笑った。


「あは!ねぇ、喋れるじゃん!何でさっき無視したの?ねぇねぇ!」

「や、やめてよ‼︎蓮から離れて‼︎」

「はぁ?」


唖然としていた雫と結愛は、瑠奈の大声で我に帰り、雫が後ろから乃愛の体を掴み、結愛は乃愛のお腹に蹴りを入れた。その衝撃で乃愛の口からガムが飛び出し、乃愛はまた眠そうな喋り方に戻ってしまった。


「ぐはっ‼︎......ねぇ〜、蓮が血だらけ〜」

「瑠奈さんは早く着替えて、蓮くんを保健室へ。今日は中止よ」

「う、うん!」


瑠奈は制服に着替え、小さな体で蓮を支えながら武道館を出て行った。


「雫、ごめん」 

「誰も悪くないわ」

「ねぇ〜、お腹が痛い〜」

「乃愛さん」 

「なに〜?」 

「貴方が作り出したもう一人の自分は、私のせいなのよね......」

「......」

「ごめんなさい。二人は教室に戻っていいわ。血は私が拭いておくから」


二人が武道館を出て行くと、更衣室から蓮の携帯の着信音が聞こえてきた。


「蓮くんの携帯......」


着信音が鳴り止むと、不審に思っていたことが解決するかもしれないと思い、雫はこっそり蓮の携帯を見てみることにした。


(梨央奈さんとのやりとり......)


そのやりとりを見て、二人が付き合っていることを知ってしまった。


「......やっぱり」

(好きなのかもとは思っていたけれど、まさか付き合っていたなんて。それじゃ、瑠奈さんの目的は......)

「梨央奈さんね......」


その頃、蓮が血だらけだと聞きつけた千華と梨央奈は保健室へ来ていた。


「酷い......」

「どうして蓮くんが......こんな......」


パリンッ‼︎


「......梨央奈?」


梨央奈は、保健室にあった花瓶で瑠奈に頭を殴られ、蓮が眠るベッドに倒れてしまった。


「なにしてるの‼︎」

「もういいや」

「はい?」

「いい子ちゃんなんてやーめた。本当は生徒会に入って、梨央奈先輩と千華先輩を壮大に裏切ってあげようと思ったんだよね」

「なに言ってんの......」

「お前らがいなければ、私は生徒会に入る必要なんてなかった。だから、蓮がこうなったのもお前らのせい。早く二人を殺して、蓮を救ってあげなきゃ」

「梨央奈は関係ないでしょ‼︎」

「知らないの?梨央奈先輩、蓮と付き合ってるんだって」

「......嘘でしょ?」

「まぁ、本当でも嘘でも関係ないでしょ?千華先輩、今から死ぬんだから」 


千華が瑠奈に殴りかかろうとした時、瑠奈はカッターを取り出し、梨央奈の髪の毛を掴んでカッターを顔に向けた。


「あれ?千華先輩、どうしちゃったんですか?」 


千華は立ち止まり、拳を下ろして瑠奈を睨みつけた。


「梨央奈を離して」

「それじゃ千華先輩、今から私が言うことを素直に聞いてください」 

「なに」 

「まずは保健室の鍵を内側から閉めてください」 

「分かった」


千華は言われた通り鍵を閉めた。


「そしたら後ろを向いたまま手を後ろにしてください」

「これでいい?」


瑠奈は保健室にあったガムテープで、千華の手を動かないようグルグル巻きにした。


その頃二年生の教室では、乃愛が弁当を食べる結愛に話しかけていた。


「瑠奈の監視忘れてた〜」

「あ、保健室行こうか」


結愛が保健室のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていて開かない。

中では、声を出したら殺すと言わんばかりの目つきで、瑠奈が千華を睨んでいた。


「開かないね〜」

「瑠奈ー、蓮ー。いる?」


千華は結愛と乃愛がドアの向こうにいると分かり、一か八か声を出した。


「助けて‼︎」

「お前‼︎」


ドンッ‼︎‼︎


結愛は、すぐさま保健室のドアを蹴り倒した。


「うぁ〜‼︎」


ドアは千華を押し潰し、それに気づかない二人はドアの上を普通に歩いてしまった。


「うっ!ぐぁ!」

「あ〜、千華?大丈夫〜?」

「気づくの遅い‼︎」

「元気そうだ〜。でも梨央奈はヤバそうだね〜」

「いや!ドアどかしてよ!」

「雫の読みは当たってのかー。すご」

「な、なに言ってるの!二人には関係ないでしょ‼︎」

「ちょっと手遅れだったけど、雫はお前をマークしてた」

「マ〜ク〜」

「......だったらなに?お前ら二人も殺すだけだよ。蓮は......蓮は私だけ居ればいいの。私以外の女が蓮の側にいるなんて許せない‼︎」


乃愛は、パーカーのポケットから携帯を取り出した。


「じゃ〜ん。今の会話、雫に聞かれてました〜」


ピンポンパンポーン

「避難訓練を始めます。保健室で火災が発生しました。保健室で火災が発生しました。生徒の皆さんは、先生方の指示に従い、速やかにグラウンドに避難してください」

ピンポンパンポーン


「雫さん、これでいいの?」

「ありがとうございます。七草先生」

「あとは?なにかすることある?」

「私がグラウンドに行くまで、避難訓練でするような話をしていてください」

「分かったわ」


保健室では、結愛が瑠奈を馬鹿にするように煽っていた。


「逃げなくていいの?ここ火事だって」

「丸焦げ〜」

「うるさい‼︎」

「まぁ、本来なら避難訓練は前日に知らされるからね。雫はもう動いてるよ」

「だ、だったらなんなの⁉︎二人じゃ何もできないから、雫先輩に頼るしかないんでしょ!ダッサ!」

「私にボコボコにされといて、よく言えるね」


その時、保健室に一人の足音が近づいてきた。


「生徒会長様の、おな〜り〜」

「ぐはっ!」

「あら?何か踏んだわね」

「私だよ!」

「さて、瑠奈さん」

「いや!どいてよ!」

「あら、千華さん居たのね」

「雫⁉︎ふざけてるよね!ふざけてるんだよね⁉︎」


雫は千華を無視し、ゆっくり瑠奈に向かって歩き出した。


「く、来るな‼︎梨央奈先輩がどうなってもいいの⁉︎」


雫は止まることなく近づき、瑠奈の腕を掴んだ。


「見るところによると、感情的になって花瓶で梨央奈さんを殴ったけれど、実際のところは人を殺す勇気なんてなかったのよね」


乃愛は、瑠奈が左手をポケットに入れたのを見て走り出し、瑠奈はもう一本のカッターで雫を傷つけようとしたが、乃愛は素手でカッターの刃を握りしめた。


「アンタ......なにやってんの?」

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