第40話 木を見て森も見よう
「…………」
「…………」
翌日、姉弟が暮らす新居にて。
私はただただ、どうしたものかと頭を悩ませていた。
というのも、実は私は子供が苦手なのである。
決して嫌いという訳ではないのだが、やはり子供が見せる予測不能な動きについて行くのは非常に難しい。
だというのに。
「……はぁ。あの、座っているだけなら誰でも出来るので何か面白いことでもしてくれませんか?」
「どう考えてもお世話される側の台詞ではないだろ」
よりにもよって私が相手をするのは、幼少期の自分を濃縮還元したかのような子供とは……。
(まさかこれも課題なのか? しかしそうなると私までテストの対象となっているのはおかしい気が――)
何より、こんな子を課題の為だけに準備出来るとは到底思えない。
ならばやはり、きちんと対応しなければならないのだが――
「うわー! やられたぁ……」
「えー?
「いやいや、
「えへへ……実はあそこはねー、しゃせん通ってるからふせるんだよ」
「え、そうだったのか。いやぁ流石は詩音先生、お見逸れしました」
「ふふふ、次はちゃんと先生に付いてきてね!」
「…………」
だがそんな四苦八苦な私に対し、安昼は一体どうすればそうなるのかと言わんばかりに詩音と楽しそうにしていた。
何なら彼は安昼の膝の上に乗って、昨日とは打って変わって笑みを絶やさずにいるのだから、完全に懐いているとしか言いようがない。
(……安昼の膝の上は私も乗ったことないというのに……)
いや、小学生に嫉妬してどうする。それよりも今はこの
それに可能性は低いが、万が一これが課題だった場合、私が原因で厳しい裁定を下されてしまうことになる。
それだけは絶対避けなければ――
「はあ――つまらない」
「……まだ学校も始まってないのだから仕方ないだろう。通うようになればきっと新しい環境を楽しめる筈だ」
「は? 何言っているんですか、そんなのある筈ないでしょう」
「? そんなことはないだろう。無論最初は大変かもしれないが、時間が経てば慣れて楽しい時間を――」
「場所が変わった所で、バカな大人よりバカな子供しかいないのに楽しい時間などあるはずがないと言っているんです」
「! ……」
その言葉に、私は明確な反論をすることが出来なかった。
無論それは彼女の境遇を考えてというのもあったが、それ以上に私も同じような考え方をしていた時期があったから。
ただ、そうではない今の自分なら言えることもある筈なのだが――
「……そうか、それなら仕方がないな」
「あなたでも理解出来たようでなによりです」
彼女と話せば話すほど、自分の中にある苦手意識が増大していき、うまく声が出ないのだった。
○
「
その日の夜。
琴葉の面倒を見る筈が思いっきりぶん殴られた気分になっていた私は、珍しく自宅のソファでぐったりしていた。
母によれば姉弟が学校に慣れるまでの数週間、彼らの母親が帰宅するまでの時間をお願いするとのことだったが――正直心が保つ気がしない。
「ミルクティーか……すまないな安昼」
「こんなに疲れてる楓夕は珍しいし、気にしないでゆっくり休んで」
そう言われて私はコップに口に付けると砂糖たっぷりのミルクティーが疲れた身体に染み渡っていく。
お陰で少し元気が出てきた。
「それにしても……安昼は全く疲れていないのだな」
「ん? まあ疲れてはいるけど、それよりも詩音くんが元気になってくれたから、それで相殺された感じかな」
「昨日から今日面倒を見る日まで、ずっと元気が無かったものな」
「不安だったんだと思うよ。俺も経験があるから分かるけど、いつもと違う場所に長期間いると気の小さい子供には辛いからね」
「? 別に安昼は引っ越ししてないだろう」
「実家に長期で帰省する時とかさ、最初は楽しいんだけど段々実家が恋しくなるんだよ、事情は違うけど多分それと似てるだろうなと思って」
「成程……私には分からない感覚だ」
「だから詩音くんが好きなことに集中させてあげれば、そういう気分も紛れるだろうと思って、まずは一緒にゲームしたって訳」
実際、詩音は安昼と別れるのを名残惜しそうにしていた。
面倒を見るようになって、まだ数時間しか経っていないのに――
やるべきことは同じ筈なのに、こうも差がでようとは。
「まさか安昼に子育ての才があったなんてな……」
「いや? これが自分とはまるで違う子供だったら多分上手く行ってないよ」
「しかし……そうなると私はかなりお粗末ということになるが」
「んー、多分楓夕は難しく考え過ぎなんじゃないかな」
順風満帆さが眩しく思えたのか、その台詞に私は少しモヤっとしてしまうが、安昼は優しく笑うとこう言うのだった。
「楓夕もさ、不安や悩みはあるだろ?」
「? それはまあ、人間なのだから当たり前だ」
「そう、人間だから誰でもあるんだ。それは子供も例外じゃない」
「まあ……詩音はそうだったしな」
「詩音くんは分かりやすかったしね。でも、だとしたら琴葉ちゃんは全く以て不安や悩みはないんだろうか」
「! それは……無いとは言い切れない」
「なら琴葉ちゃんの境遇を自分に置き換えてみたら、どうしたら安心して心を開いてくれるか分かるんじゃないかな」
相対すべきは、表面的な性格ばかりじゃないと思うよ、と安昼は言った。
「…………」
確かに、私は正面突破する方法ばかり考えていたが、琴葉もまた詩音同様に不安を抱えているかもしれないのだ。
当時の私でも、そんな不安があれば決して言う筈がないというのに。
例え、本当はヘルプを求めていたとしても。
「木を見て森を見ずとは、まさにこのことか」
「まあ俺も詩音くんにかかりきりだったから、フォロー出来なくて悪かったけど……でも明日からなら――」
「安昼」
「ん?」
「今度は失敗しない為に、私の不安を取り除いて貰っていいだろうか」
「え? ――ああ、勿論」
両手を広げそう言った私に安昼は一瞬呆気に取られたが、すぐに穏やかな表情になると優しく私を抱きしめてくれる。
お陰で、私の中にあった迷いはすーっと消えていった。
「――ありがとう、安昼」
「全然。俺達二人で楽しい新生活を送って貰えるよう頑張ろう」
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