第38話 全ては美姫の掌
「…………」
注文した珈琲をゆっくりと時間をかけて啜っていき、待っている時間を楽しむことに注力をしていく。
何故ならそれは待ち人との穏便な会話をする為なのだが――そうこうしている内に派手な装いをした一人の女性が湯朝の前に現れた。
「あら? 今回は早く来たつもりだったのに……ミッキー早過ぎない?」
「貴方が遅過ぎるだけです。15分前行動は普通ですから」
「え~? 10分前でも十分早いわよ~」
と言いつつも実は湯朝は1時間以上前に喫茶店には到着していたのだが、当然そのことは口にはしない。
もし彼女がそれを知れば、遊び心で2時間前に来るのを分かっているから。
「私達同じ『ミキ』なんだから~、そこはにこいちっぽく『私達同じこと考えてたんだ、超仲良し~』とかしましょうよ」
「は? しませんが」
「え~? 絶対その方が楽しいのに」
「小学生じゃあるまいし、する訳ないでしょう」
「も~ミッキーのいけず」
まるで遊びにでも来たかのような態度に湯朝は思わず嘆息するが、この嵐に備えて心穏やかにしていた為特に怒ることもない。
とはいえ、この飄々とした性格は見習いたい部分ではあるのだが。
「さてと、私を呼んだのは勿論息子達のことよね?」
「ええ。丁度1つ目の課題が終わったのでその報告を」
「でもあの子達本当に愛し合ってるし、何の問題も無かったでしょ?」
「
「ほら~、やっぱり私の言った通りだったじゃない」
「ただ――」
と、湯朝は一泊置くと、ジロリと雨夜に視線を向ける。
「
「え? じゃあ楓夕が一緒になって料理を作ったってこと? でもどうしてそうだと分かったのかしら?」
「切り方です」
「切り方?」
「楓夕ちゃんがグラタンの写真を複数枚見せてくれましたが、玉葱が非常に不揃いな切り方なのに対し、ベーコンと椎茸は等分に切られていました」
「つまり玉葱はやっくんが切って、ベーコンと椎茸は楓夕が切ったと」
「いえ、それだと美紀と安昼の報告会の時にバレてしまうでしょう」
「なら……うまく誘導したってとこかしら」
「そういうことになるでしょうね」
そう、湯朝は雨夜楓夕が助力したことに気づいていたのである。
恐らく雨夜楓夕は玉葱は透明にな上、ソースになれば形など分からくなると踏んだようだったが――彼女の目を欺くことは出来なかった。
「へー成程~、何かミッキーって性悪の姑みたいね!」
「笑顔で悪態をつかれた気がするのだけど」
実に愉快そうに笑いラテを啜る雨夜に湯朝は若干不快感を覚えたが、彼女に悪意がないことは知っている為気を取り直す。
「あくまで私は両家の穏健な未来の為に必要な手順を踏んでいるだけです。それはまだ高校生の彼らであっても関係のないことなので」
「あらあら、そんなこと言って、本当は二人が心配なだけな癖に」
「…………」
「そういえば、同棲に賛成多数の中、ミッキーだけは反対だったものね~」
「それは単純に学生二人が同棲などリスクしかないからです」
「もう素直じゃないんだから……雨夜ってどうしてこう本当は優しいのに本心を隠そうとする人が多いのかしら?」
「そんなつもりはないので知りません。それよりも――」
と、雨夜は脱線した話を戻す為に珈琲を飲み干すと、こう口にした。
「初級では意図せず課題をクリアされてしまうので、一気に段階を飛ばすことにしましょう」
「あら、ということは――」
「ええ――ですので美紀は
○
その日の帰り道。
私は安昼と学校の帰り道を落ち着きなく歩いていた。
いや、というか最近はずっと落ち着きがないのだが。
何せあまりにも問題が山積みなのだ。しかもそれらは全て私と安昼の未来の為となれば当然挙動不審にもなるというもの。
しかし、いつまでもこんな調子では流石に心配されかねない、取り敢えず二重スパイとして何とか会話を広げていかねば……。
「そ、そういえば、最近美姫さんと話はしているのか?」
「ん? まー偶に電話するくらいかな」
「言われてみれば、あまり実家に帰っていないな安昼は」
「今住んでる所から遠くないし、いつでも帰れるからっていうのはあるけど――それよりも今は楓夕との時間をもっと大事にしたいし」
「それは――勿論私もそうだが」
「でも楓夕は母さんと定期的に会ってるんだろ?」
「あ、ああそうだな。生活状況を報告しないといけないから」
「楓夕は昔から母さんのこと苦手だから、結構大変じゃないか?」
「……!」
どう自然に美姫さんのことを訊こうか迷っていたというのに、まさか安昼の方から振ってくれるとは……。
よし、何とかここで美姫さんの弱点を聞き出すとしよう。
「いや全くその通りでな……雨夜として尊敬はしているのだが、如何せん威圧感があるというか、迂闊なことを言えないというか……」
「まあ母さんって無愛想だからなぁ、真面目でもあるし」
「安昼から見てもやはり厳しい母親なのか?」
「んー、厳しいだけじゃないって言った方が正しいかな、でも意外にお茶目な所もあるんだぜ? 子供っぽいというか」
「ほ、ほう……? それは一体どういう――」
『ううう~……もう疲れたよう……』
『こんな如きで疲れたとか言わないで、早く立て』
まさかこんなにも簡単に美姫さんの弱点が聞けるとはと、思わず鼻息が荒くなる私だったのだが。
それを遮るかのように、突如子供が言い争うような声が聞こえてくる。
「ん?」
「あ……」
そのせいで安昼は会話を止めてしまい、私は肩落とすのだったが――あまり穏やかではなさそうな会話に私も視線をそちらに移す。
するとそこには。
「何か、あの子達……」
「あ、ああ……」
デジャヴュと言うべきか、それとも私達はタイムスリップをしたのか。
幼少期の私達に、やけに雰囲気が似た子が二人いるのだった。
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