第37話 二重スパイ

「美姫さん、こちらが安昼やすひるが作ったグラタンになります」

「……成程、見た目は問題なさそうですね」

「味も素人にしてはよく出来ていたかと」

「そうですか……これを安昼が――」


 美姫さんはグラタンの写真をまじまじと見つめるとそう呟く。


 お分かりのと通りとは思うが、今日は美姫さんとの報告会である。


 内容は先日の安昼の頼もしさを測る課題について。あくまで私は美姫さん側の人間である為、正確な内容を伝えなければならない。


 だがその実は不正ギリギリのラインを攻めている……万が一それがバレれば両家の一大事となるだろう。


 それだけは絶対に隠しきらねば――


「……因みにですが、お口にあーんはしましたか」

「はっ? い、いやそのようなことは……」

「ではあーんをされたと」

「え……? 手を怪我した体ではないので、そこまでは――」


「WTF」

「!?」


 まさかのネイティブ暴言に少し驚いてしまうが、いくら美姫さんでもこの程度で激昂するとは思えないのでいつもの発作だろう。


 というか、そこまで課題の審査項目となると最早嫌がらせとしか――


「どうせなら手も負傷するべきでしたが、まあいいでしょう」

「はあ……以後気をつけます」

「しかしこのグラタン、相当完成度が高いように見えますね」

「! そ、それは……」


 やはり長らく主婦をこなす美姫さんの目は欺けないのか、ギラリと光る鋭い視線に一瞬身体が硬直してしまう。


「安昼は調理実習等を除けば自炊をしたことはない筈です。にも関わらずソースも焼き加減も完璧とは――」


「れ、レシピを見ていたので! 確かに包丁の扱いは拙い部分がありましたが、レシピがあれば早々悪くなりませんし……」


「……それは確かに」

「それに料理も私からするよう言った訳ではありませんし、その中で自分が出来る最大限を見せたとなれば、及第点はあるかと」


 思わず早口になってしまったが、それでも平静を装いつつ客観的評価するつもりで話をすると、美姫さんは小さく頷いてくれる。


「怪我をした楓夕ふゆちゃんをおぶって家まで運び、率先して夕飯を作る――雨夜のピンチにきちんと対応出来ていると思います」

「で、では――」


「しかし、これではまだ30点と言った所でしょうか」

「! 赤点ではないんですね!」

「え? 私は低いつもりで言ったのですが……」

「あ、し、失礼しました……」


 今まで赤点ばかりを取ってきた身としては赤点でないだけで快挙。だが冷静に考えると平均点ですらないのは非常にまずい。


「美姫さん、そうなるとあまりに低いのでは」

「まあそう言いましたからね……」

「ならば安昼は頼もしくなかったと?」


「そうは言っていません。ですが厳しいことを言えばたった一日おぶって料理をしただけでは満点は上げられない、違いますか?」


「つまり……まだ課題は続く」

「元よりその予定ではありましたからね」

「…………」


湯朝ゆあさは有事への瞬発力は高い――が、持久力に関してはお察しです。なので継続的に課題をクリア出来て初めて満点と言えるでしょう」

「……分かりました」


 不服ではあるが、美姫さんの言う事は否定出来ない。

 何せ美姫さんは安昼の母親なのだ。


 幾ら私が安昼が優しいだけの人間ではない、テストは一回で十分と言っても、それを一蹴出来るのが親というもの。


 この距離感だけは、埋めるのは相当難しい。


(しかしこうなると、そう何度も助けることが――)


       ○


「ということで、紗希さきさんヘルプミーです」

「お前ら……」


 翌日。

 私は紗希さんに預けているDOTMの様子を見に行った際、美姫さんとの間にあった話について相談をしていた。


 余談だが紗希さんの家は日に日に猫の遊び道具が増えている。


 流石の私でも行き過ぎではと思わなくないが……まあ変な男やギャンブルに無駄金を吐き出し続けるよりはいいだろう。


「ふうむ……しかし私ならまだしも、楓夕にテストの協力をさせるとは――あのオバ、いや美姫さんも容赦がないな」


「本音も言えば断りたかったのですが、DOTMの一件があった手前、NOという訳にもいかず……」


「まあな……だからここは私から一つ、と言ってやりたい所だが、彼女は雨夜の中でも原理主義に近い人なのがな」


 湯朝と雨夜あまやの関係性は昔と比べればかなり緩和しているものの、全員が全員そうではないというは一つの事実なのである。


 分かりやすく言えば両家の約6割がしきたりに対し中道派である中で、3割が伝統派、2割が維新派といった感じ。

 勘当された紗希さんですら、実は中道なのである。


 しかし――美姫さんはその3割に該当する人。


「本音を言えば、美姫さんは怖い」

「紗希さん……それは私もです」

「何故あの親から湯朝が産まれたのか理解出来んレベルだ」

「反面教師にしているならまだしも、それもないですからね安昼は」


 小学生の頃から今に至るまで、子供なら誰もが恐れた美姫さんに、安昼は怒られた所はおろか怯えた姿も見たことがない。


 そりゃ親だから子には甘いという可能性はあるが、安昼は甘やかされて育ったという感じでもないからな……。


「あ」

「紗希さんどうしました?」

「どうせなら、湯朝に美姫さんの弱点を訊いてはどうだ?」

「……? 弱点など聞いて何の意味が」


「美姫さんがあれだけ横暴なのは中道派が彼女に怯えているからだ。つまり弱点を見つけて交渉すればテストの難易度を落とすかもしれん」


「それは……尤もですが、かなり危険ではないですか?」

「あくまで自然にだ。変に深掘りをしなければ怪しまれんだろう」

「まあ……親の話はよくするので、出来るとは思いますが」


「正直私としても、お前達が厳格にテストを受けるのは違うと思っている。しきたりを全否定するつもりはないが、臨機応変に使い分けるべきだ」

「紗希さん……」


「だから私も出来る限り協力する。ここは一つ鼻を明かして、美姫さんの横暴を止める流れに持って行こうではないか」

「そうですね……分かりました」


 美姫さんには悪いが、ここは二重スパイとして動くべきだろう。

 それに相対せずとも、やりようによっては美姫さんの審査基準を見つけることも出来るかもしれない。


 そうすれば完璧な対策を講じ、課題をクリアすることも――


「……カンニングをするようで気は引けるが、しかし――」


「ふふふ……積年の恨み、今ここで晴らしてやる」

「え?」


 ……あれ? 紗希さん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る