第36話 テストなどクソ喰らえ
「さてと……まずは――」
エプロンを身に纏い、袖を捲って準備を進める
随分と意気込んでいるが、本当に大丈夫だろうか……と不安ばかりが先行していくが、ふと安昼の視線が何かを見ていることに気づく。
(……そうか、ネットで調べているのか)
今の時代調べれば簡単にレシピが出てくる。つまり素人であっても大きな失敗をすることはまずないということ。
これなら大事故にならずに済みそうだと、私は少し胸をなでおろした――
のも束の間こと。
『ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!』
「!? な、何をしているんだ!?」
「え? いや玉葱を切って――」
「玉葱を切ってコンクリを削る音はしないのだが……」
包丁に慣れてない人が危なっかしい切り方で豪快になるのはよくある話だが、流石に地鳴りが起こるとは聞いたことがない。
だ、駄目だ……このままではテスト以前に惨劇が起きてしまう。
「や、安昼……ちょっと」
「!
「いや! その気持は有り難いんだが! き、切る前に買い物袋の中を見て貰ってもいいか……?」
「? 買い物袋……?」
思わず立ち上がった私を安昼は静止するが、私は必死の形相で買い物袋を指差すと、不思議そうにしながらも確認をしてくれる。
その中に入っているのは、プラスチック製の子供用包丁である。
「私でも包丁で怪我はするからな、経験が浅いとなれば尚の事だ。それに――折角の苦労が怪我で水の泡になるのはな」
「楓夕……わざわざありがとう」
「後、切る時は力は要らないからな、私と思って優しく切るんだ」
「その例えはおかしい気がするけど……」
しかし私の思いが通じたのか、安昼は少し落ち着きを取り戻す。
(美姫さんには秘密だが、もしもの為に用意しておいて良かった……)
まあ彼女からすれば怪我も含めての審査かもしれないが、彼氏の危機を黙って見過ごせる程厳しくいるつもりはない。
ただ――
「よし、野菜を切り終わったから次はマカロニを――」
安昼がここまで懸命に取り組むのは少し意外だった。
極端な話、惣菜や冷凍食品のストックはある。それらをレンチンして、後は適当にご飯と味噌汁をよそえば夕食の体は成すのだ。
つまり時短で無理もせず、効率的に頼もしさを見せることが可能。
それなら美姫さんも及第点は与えても不思議ではない。
(……それなのにお前という奴は)
どう見ても初心者では手間のかかりそうな料理を一から作るとは。
やはりこの男は、打算で動ける程器用ではない。
「となれば……」
「ん?」
「ちょっと待っててくれるか――」
「ふ、楓夕!?」
私はソファから腰を上げると床に伏せ、匍匐前進で台所へ向かっていく。
足を痛めている(という体)である以上普通に歩くことは出来ないし、何より安昼にまた止められてはそもそも動くことが出来ない。
故に私は足を使わない手段で台所まで移動すると、折りたたみ式の椅子を開いて腰を降ろした。
「飲み物なら言ってくれれば持っていったのに」
「料理は時間との勝負だからな、邪魔する訳にはいかないだろう」
「匍匐前進される方が心配になるけども……」
「それに――あ、あれだ、安昼の料理姿など貴重だからな、もっと近くで見たいと思って……だ、駄目だろうか……?」
私はそう言って拙い上目遣いを見せると、安昼の瞳孔がカッと見開く。
「ほ、本当はゆっくりしてて欲しいけど……し、仕方ないな」
「…………」
……成程、以前に
まあ何だか騙したような気分なのでこれっきりにはしたいが、お陰で安昼に近づくことには成功した。
後は――
「ほう、安昼は上手いな、ちゃんと玉葱が透明になる手前まで炒めるとは」
「え? あ、そ、それは勿論」
「椎茸とベーコンもいい感じに火が通ってそうだ。ということは――そろそろ小麦粉とバターを入れてホワイトソースを作る頃かな?」
「そ、そうだな、丁度やる所だったんだ」
「そうか。ちゃんと分かってて偉いな安昼は」
食材と調味料を見れば、何を作ろうとしているかなど大体分かる。
だが手取り足取り教えるのは流石に不味い――だが安昼が分かっているかどうかを確認するぐらいなら何の問題もあるまい。
だから私はその体裁を崩すことなく、そっと安昼を導いていく。
(……ああ全く、これが雨夜の悪い所なのだろうな)
だがそれでも、私は安昼が平穏無事に、笑顔で終わって欲しい。
私の為であるなら、尚の事だ。
○
そうこうしている内にあっという間に時は過ぎ、後は容器に入ったソースにチーズを乗せ、トースターで焼けるのを待つのみに。
「あと少しで――――お! 出来た!」
「安昼慌てるな! まずはミトンを――」
「あ、そ、そうだったな」
この料理は最後の最後で油断すると大怪我に繋がる。
故に私はテストであることも忘れ慌てて指示をすると、安昼はミトンを手に付けてから慎重に容器を取り出した。
「おお、完璧だな」
色濃く立つ湯気から現れたのは、美味しそうな焦げ目のついたグラタン。
想像以上の出来栄えに、思わずお腹が鳴りそうになった。
「楓夕の好物だから、上手く出来て良かったよ」
「え? 私の好物を知っていたのか?」
「そりゃまあ。楓夕が最後に残す好きな食べ物と言えばグラタンだし」
「あ……そうか、だから自分で作って――」
「嫌なことがあった日は、嬉しいことで上書きして欲しいしな」
「!」
そう言ってはにかむ安昼に、少し胸が熱くなる。
全く……どれだけ環境が、関係が変わろうが考えることはいつも同じだ。
だのに毎回嬉しくなるのだから、ほとほと困った話である。
美姫さんには悪いが、テストなどクソ喰らえと思っても致し方ない。
「――その通りだな。ならば早速食べるとしようか」
「おう――って、あれ? 楓夕?」
「どうした? 冷めない内に早くテーブルに――」
「いやその、普通どころか、ステップ踏んで歩いてるけど」
「あ」
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