第34話 安昼のマッマ
「
その日、私は安昼の実家にいた。
つい一ヶ月ほど前まで私はこの家で当たり前のように毎日を過ごしていたので、この場所にいること自体には緊張はしていなかったのだが――目の前で背筋をピンと伸ばし正座をしている女性には少し緊張をしていた。
「
「……私はそんなおばさん極まりない顔をしていますか」
「失礼しました、美姫お姉さんの間違いでした」
私はそう言って床に擦り付けん勢いで頭を下げる、ああ……私がここまで及び腰になるのはこの人くらいだなと、心の中で嘆息する。
彼女の名前は
スラリと伸びた長い黒髪に、雨夜家特有の凛とした雰囲気を漂わせる美姫さんは、確かにおばさんとは思えない程に若々しい雰囲気を兼ね備えてはいるが、何というかそれは言葉の綾というか、あくまで形式的なものであって……。
「
「ありがとうございます」
とはいえ、美姫さんは私に対してだけこう、という話ではなく、誰に対しても少し棘のありそうな対応をするのだ。
それは家族であっても同様――いつしか母が『やっくんは本当におべっかが上手よね~』とご機嫌に話していたことがあったが、恐らく美姫さんにみっちりしごかれた結果によるものだろう。
ただ、私はあまりそういうお世辞は得意ではない。だからお会いするのはかなり久しぶりなのもあるが、美姫さんと話をする時は妙に調子が狂うのである。
しかし――今日はそれを理由に避ける訳にもいかない。
「では早速ですが、報告会を始めるとしましょう」
私と
そこで近況報告を月に一回設けるようになったのである。ただし親子の関係では良くない甘さが出てしまいかねない為、
「まあ、母は安昼に甘いから意味を成していない気がするが――」
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもありません、始めましょう」
そう言って私は居住まいを正すと、デジャヴュかと言わんばかりに顔面を床に打ち付けん勢いで頭を下げる。
そして開口一番にこう告げたのだった。
「まず――この度は私の軽率な行動により、安昼だけでなく両家にも多大なるご迷惑をかけし申し訳ございませんでした」
「…………」
無論、謝罪の意味は此度のダークサイドオブザムーンの件についてである。
ましてや何の罪もない猫に人間の都合を押し付けたのは万死に値するだろう、故に私は頬を叩かれても当然の覚悟で謝罪したのだが――
「猫しか勝たん」
「――……え?」
美姫さんが謎の言語を発したので思わず頭を上げてしまう、だがそこには先程と変わらない冷淡な表情があるだけであった。
「いや、あの」
「お話は
「で、ですが……」
「してしまったことを悔いても時間の無駄でしょう。それより大事なのは同じ過ちを二度繰り返さない為にはどうすべきか考える、違いますか」
「! ――全く以てその通りです」
必要とあれば正しい指南が出来る人。苦手ではあるし緊張もしてしまうが、この言葉からも元
「それに許嫁としての責務こなせているようですし、その程度でマイナス評価を付けるつもりはありません。寧ろ合格点をあげていいでしょう、問題は――」
と、美姫さんは小さく溜息をつくと天井を見上げる、その先に一体誰がいるのかとは言うまでもない話であった。
「安昼……ですか? 特段問題があるとは思えませんが――」
「草」
「はい?」
「言う通り、
「現在……というのは?」
「言葉の通りです。親が言うと説得力がありませんが、安昼は優しい子です。ただ裏を返せば、現状はそれだけと言えるでしょう」
「そ、それは……」
自分の彼氏でありながらそれだけではないと言い切れなかった私は口を噤んでしまう、そこが安昼を好きな点ではあるのは事実ではあるのだが……。
「恋も人生も、優しさだけでは駄目なのです、二人が歩む未来をより良いものにする為には
「資質……」
言われてみれば、湯朝家は男女関わらず大なり小なり優しさだけではない何かを兼ね備えている人が多い。
それが
「成程、理解しました。ですがどうやってその資質を?」
「貴方達が一度経験したテストを、今度は
「! それで……もし駄目だった場合は」
「婚約の体で話を進めていましたが白紙――最悪の場合恋人関係も解消に」
「それはあまりにも――!」
「
思わず身を乗り出してしまった私に対し、美姫さんは手のひらを見せ静止する。
「あくまでそれぐらいの覚悟を、という意味に過ぎません。確かに昔はそのような厳しい仕来りもあったのは事実ですが、この時代にそのような横暴、到底許されるものではないでしょう」
それに、私は過去の風習に囚われるのは好きではありませんので、とはっきり明言されたことで私は少し落ち着きを取り戻した。
「そうでしたか……取り乱してしまい申し訳ありません」
「構いません。貴方も
「つまり誰もが通ってきた道であり、それによって湯朝の素養は磨かれていった――と? ではその、美姫さんの旦那様も」
「ええ、しごきあげてドMにしました」
「…………ん?」
「いずれにせよ、
「……承知致しました。因みにですが、どのようなテストを――」
正直私が試されるだけならいいにしても、私が試さないといけないのはどうにも気が引けたが、美姫さんも安昼を想って言っているのは間違いない。
それに僅かではあるが――
ならばここは心を鬼にして……と美姫さんに尋ねたのだが。
帰ってきた言葉は、妙ちくりん極まりないものだった。
「『第一回! 最強の湯朝は俺だ! 湯朝王決定戦~!』です」
「…………」
……うん、多分違うと信じたかったのだが。
美姫さん、いつの間にかちょっとかなり大分痛くなってませんか?
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