第28話 EX3 怖がりじゃないと困る

「…………」


 夏休みも中盤へと差し掛かったある日、楓夕ふゆは酷く険しい顔をしていた。


 いや、別に怒っているとか、そういう話ではないのだが、実は彼女がこうなってしまったのには事故とも言える理由があるのだ。


楓夕ふゆ、大丈夫か?」


「何がだ。私の何に対して大丈夫なのか5文字以内で答えてみろ」


「国語マウント……」


 まあ5文字以内で答えることは出来るんだけど……しかし楓夕ふゆにそれを言うのは流石に意地が悪いので俺は黙ってしまう。


「ふん、答えられないのならあまり余計なことは言わないことだな」


「なんか……すいません……」


「分かればいい」


 楓夕ふゆはそう言うとプイと視線を小説へと戻した。


 因みに読んでいる本はギャグセンスの光るコメディ調の人気作品らしいのだが、果たして頭に入っているのやら……。


「ううん……どうしたものかな」


 さて、この時点で何故楓夕ふゆがこんなに険しいのか分かった人もいるだろう。


 そう――実は今日の夕食時に見ていたテレビがホラー番組だったのである。


 とはいえ番組も前半はよくある爆笑動画集を放送してたのだが、後半は一転まさかの夏の特別企画と称してホラー動画集に。


 別にホラーは苦手じゃないのだが、楓夕ふゆなことを俺は知っていたので、すぐにチャンネルを変えようとしたのだが――


『安昼、あまり私を見くびるな』


 という謎の強がりをされた結果がこれ、番組が終わって3時間が経った今でもこの調子なので流石に俺も心配になっていたのだった。


「でもなぁ――って、ん? もう0時か」


「……おや、もうそんな時間ですか。では私は先に寝るので、安昼もあまり夜ふかしをしないで早く寝て下さい」


「え、あ、ああ……おやすみ、楓夕ふゆ


「おやすみなさい」


 しかし結局楓夕ふゆは最後まで平静な態度を誇張したまま立ち上がると、自室(今は湯朝家に楓夕の部屋がある)へと戻ってしまう。


「いやー……あれは大丈夫じゃないだろう……」


 何せ楓夕ふゆが怖がりなのは今に始まった話ではないのだ。


 というのも、俺はその昔イタズラで楓夕を驚かせたことがあったのだが、その際彼女は激昂した挙げ句抱き枕にしがみついて一歩も動かないという事件があった。


 それはもう来る日も俺は楓夕ふゆに平謝りし続けたのだが、それでも1ヶ月近くは口を利いて貰えなかった程である。


 だから俺は二度と楓夕ふゆに怖い思いはさせないと誓ったのだったが――まさか楓夕が克服しようと思っていたなんて。


「でも……やっぱり恋人として、このままにする訳にはいかないよな」


 なので俺はソファから立ち上がると楓夕ふゆの部屋へ、扉の隙間から光が漏れているのを確認すると静かにノックをした。


楓夕ふゆ、まだ起きてるだろ、入っていいか?」


「……断ると言ったら」


「無理やりにでも入る」


「な――!」


 珍しく反抗的な俺に楓夕ふゆは驚いた声をあげるが、それでも俺は扉を明けて部屋へと入ると――案の定楓夕はベッドの隅で縮こまっていた。


 両手で三毛猫のキャラクターの抱き枕を抱え込みながら。


「お、お前……! こ、これを見たからには生かしては――」


楓夕ふゆ、今日は一緒に寝よう」


「は…………はぁ!?」


 俺の間髪入れない発言の連続に、楓夕ふゆは耳と顔を赤く染め上げてしまうが、それでも俺は遠慮なく楓夕に詰め寄っていく。


「というか一緒に寝たいですね、ええ」


「そんな馬鹿丸出しのコメンテーターな言い方をするな――って、近い! なんでそこまで近づく必要がある!」


「そりゃだって……恋人だから」


「だ、だとしても今近づく理由にはならないだろ」


「でも一緒に寝たいし」


「私は安昼と寝たいとは思っていない」


「ええー……じゃあしょうがない、楓夕ふゆが怖くなくなるまで側にいよう」


「!」


 そこでようやく、と言うべきなのか、自分の行動理由が筒抜けだったことに気づいた楓夕ふゆは少しバツの悪そうな顔になった。


「ぐ……そうか――やはり安昼にはお見通しだったか」


「まあね、何で強がったのかは分からないけど」


「う、そ、それは……」


 言い淀む楓夕ふゆに俺は無理に聞こうとはせず黙って待っていると――ややあって抱き枕に顔を隠しながらこう言うのだった。


「安昼の彼女として、欠点があるべきではないから……」


「……へ?」


 想定していたのとはまるで違う発言に俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。け、欠点があるべきではない……?


 一体何故? と思ったが、ふと冷静に考えると最近の楓夕ふゆは夏休みの宿題を7月で終わらせたり、嫌いな食べ物も頑張って食べたりと何かと意欲的ではあった。


 俺はそれを頑張っているなぁという程度にしか思ってなかったが……まさかそんな理由だったなんて……。


 ふむ……そうか、だがそういうことだったら――


「楓夕」


「な、なんだ」


「別にさ、頑張らなくてもいいことまで頑張る必要はないと思うぞ」


「え?」


「確かに勉強とかは将来を助けるものだし、俺も頑張らないといけないことではあるだけど――怖がりは直しても何の役にも立たないだろ?」


「そ、それは……そうでもないだろう……」


「でもほら、恐怖は人間の防衛本能から生まれるものっていうし、それなのに慣れちゃったらただの無鉄砲なだけじゃないか」


「む……い、言われてみれば……」


「というか楓夕ふゆは怖がりでいい、寧ろ怖がりじゃないと困るとまで言っていい」


「は――? な、何でだ?」


「だって怖がりじゃないと、俺が楓夕ふゆを守れないから」


「!!」


 今のは完全に狙い澄ました台詞なのだが、効果覿面だったのか楓夕ふゆの頭から湯気が出てきそうなくらい顔が真っ赤になる。


 その可愛さに思わず顔がニヤけそうになるが、何とか寸前で抑え込んだ。


「お、おおお前はそういうことを――!」


「でも楓夕ふゆも言ってただろ? 『持ちつ持たれつ』だって。なら苦手だって補っていけばいいよ、完璧だったら俺の立つ瀬もないし」


「あ――……分かった、安昼がそこまで言うなら」


 楓夕ふゆの真面目な性格のせいか、自分がそう言われるのは少し不満そうだったが、それでも最後は小さく頷いて同意をしてくれる。


 すると――そんな会話をしていたお陰か、いつの間にか楓夕ふゆの表情から険しさが消えており、いつもの雰囲気に戻っていた。


 良かった、これならもう大丈夫だろうと、俺は楓夕ふゆと寝られない残念さを覚えつつもベッドから立ち上がろうとしたのだが――


 その膝を、ぐいと押さえつける者が現れた。


「ふ、楓夕ふゆ?」


「――……安昼はそんな無責任な男なのか?」


「へ?」


「守りたいと言うのなら――ちゃ、ちゃんと最後まで側にいてみせろ」


「! ――……まさかそのつもりじゃなかったとでも?」


「なら早く行動で示すんだな」


 まあ。


 とはいえ流石に一緒に寝ることはなかったのだけども――




 俺と抱き枕で楓夕を挟む形で、気づけば朝まで語り明かしたとさ。

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