第27話 EX2 水着姿を見たい見せたい

「つ、ついに買ってしまった……」


 私は買い物から一旦自分の家に戻ると、誰もいる筈もない部屋を何度も見渡してから手に持っていた紙袋を開いた。


「し、しかしな……」


 自分で買っておきながらそれを袋から出すのが躊躇われる――いや恥ずかしくて仕方がないというべきか。


「だがこれで喜んでくれるのなら……」


 私は自分の中でそう言い聞かせるとえいやとそれを取り出す。するとそれが視界へと入った瞬間、自分の体温が上がるのが分かった。


「水着なんて何年ぶりだろうか……」


 元々インドア派の私は幼少期の頃でも海やプールに行くことは滅多になく、中学に入って以降は一度も着た記憶がなかった。


 それが自分のお金で……しかもこんなお洒落な花柄模様があしらわれた黒の三角ビキニなど、どうかしている。


「…………」


 けども――以前花火を観に出掛けた際、私が家に眠っていた浴衣を着てきたら安昼はいたく喜んでくれていた。


「それに夏のイベントもあと少しだしな――うっ」


 そう呟きながら私は水着を身体に当てて鏡の前に立つが、服越しでも自分の水着姿がありありと浮かびあがり、少し萎えてしまいそうになる。


「何でこう……貧相なのか」


 母と同じ遺伝子とは思えないほど私はありとあらゆる部分が小さい。まあ恐らく父方が小さい遺伝子だった筈なのでそっちで構成されているのだろうが。


「いや……抗えない宿命に文句を言っても仕方あるまい」


 それに重要なのはそこではないのだと、私は自分の中でそう結論付けると水着の入った紙袋と食材の入ったレジ袋を持ち上げ自分の家を後にする。


 向かう先はいつも通り安昼の家……なのだが、死ぬのではないかというくらい心臓の鼓動が高速で打ち続けていた。


       ○


「お、楓夕ふゆおかえりー――!? そ、それは……!」


 俺はソファの上で仰向けでだらけながら楓夕を迎え入れていると、リビングに入って来た彼女を見て飛び起きてしまう。


 ただそれも無理はない……何せ服越しとはいえ、楓夕ふゆが水着を身体に当ててリビングへと入ってきたのだから。


「や、安昼……ど、どうだ……?」


「可愛すぎて危うく襲いかかろうか悩みました」


「お前という奴は……」


 耳と頬を真っ赤にして口を尖らす楓夕ふゆであったが、しかし本当に可愛いのだから嘘を言ってもしょうがない。


 それに、水着楓夕ふゆは何としても見たいと思っていただけに、この僥倖に果たして喜ばない理由があるだろうか。


「でも一切の誇張抜きで可愛いし、滅茶苦茶似合ってるよ」


「だ、だが、私の体型的に似合わなくないか……? す、スタイルもお世辞にも良いとは言えないし……」


「んー……俺は楓夕ふゆの全てが好きだから、その楓夕ふゆが水着を着てくれているだけで最高でしかないんだけどなぁ」


「く……ま、全く、仕方のない奴だ……」


 寧ろそういうコンプレックスを含めて一層可愛いまであるしな、まあそこは流石に口には出来ないけども。


「う~ん、それにしても楓夕ふゆの水着が見れるなんて何と幸せなことか……こうなるともう夏に思い残すことは何も――」


「? どうした?」


 いや待てよ……水着楓夕ふゆを見れるのは良いが、それ即ちそれを披露する場所は海かプールということになる。


 無論それが当たり前ではあるし、楓夕ふゆとプールや海に繰り出したいという気持ちは大いにあるにはあるのだが……。


「可愛い水着姿の楓夕ふゆを他の男共の視線に晒させるだと……?」


「……は?」


「そ、そんなの皆が厭らしい目で楓夕ふゆを見るじゃないか!」


「お前が既に厭らしい目で見ているんだが」


「しかも絶対ナンパされるに決まってる! そ、それは流石に……いやでも楓夕ふゆと海デートはしたいし……!」


「…………」


 くそ、どうすれば……いや違う、それなら俺が楓夕ふゆを守りきればいいのか? 男たるもの彼女も守れないようではこの先――


「ならいっそプライベートビーチを借りるのも――……あたっ!」


 そんな考えに真剣になっている内に楓夕ふゆの接近に気づかなかった俺は、いきなりコツンと頭を叩かれはっとして我に帰る。


「安昼……お前は欲張りが過ぎる」


「あ――……ご、ご尤もでございます……」


 それもそうだ……本来は楓夕が水着を着てくれるだけで幸運でしかないというのに、欲の皮が突っ張っては本末転倒――


 これは流石に反省だと、俺は少し萎縮してしまっていたのだが。


 ――何やら少し恥ずかしそうにした彼女は、急にこう言うのだった。


「だ、だが」


「?」


「わ、私も安昼に見せたいのであって、他の人間に見せたい訳じゃない……そ、そもそも日焼けなどしたくないしな」


「え、そ、それは――」


「だから紗希さんに頼んで、学校のプールを利用させて貰うとしよう」


「!」


 実は俺達の高校には、屋上にプールが設置されている。


 つまり楓夕ふゆが言いたいのは、水泳部さえ利用していなければ、ほぼプライベートでの遊泳が可能になるということ……!


 天才過ぎる楓夕ふゆの発想に俺は軽く感動を覚えてしまっていると、そんな様子に気づいた彼女は、イタズラっぽく笑ってこう口を開いた。


「――私達も、家以外で逢瀬を重ねる時間は必要だからな」


「おお……なんか…………エロいな」




「さて、捨てるかこの水着」


「ああ嘘です! いや嘘ではないんですけども!」

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