第30話 EX5 これからもずっと一緒に

「よい……しょっと」


 俺は山のようにあった荷物をリビングに運び終えると、床に座って息をついた。


「ふぅ……流石にちょっと疲れたな」


 夏休みもあと数日、気づけば2学期も目前だというのに一向に暑さが引く気配はない、この様子だと9月の終わりまで暑さは続くだろう。


「ま、暑さ寒さも彼岸までというしな……」


「安昼、お疲れ様」


「お、楓夕ふゆ、おかえり」


 買い物から帰ってきた楓夕ふゆはそう労いの言葉をかけてくれると、レジ袋の中から二人用のアイスを取り出し、割って片方を俺に渡してくれる。


「ありがとう、にしても――今日も暑いなぁ」


「うむ、だがクーラーの取り付けは週明けになるらしいから、暫くは扇風機で凌ぐしかないだろう」


「うへえ……マジか……」


「まあこの音でも聞いて気持ちを紛らわせるといい」


 すると楓夕ふゆはベランダへと近づき何かを取り付け始める。それは風が靡くとチリンチリンと涼しげな音を立てた。


「風鈴か」


「夏も残り少ないからな、風情を楽しむのも悪くない」


 確かに目を瞑ると、瞼の裏に自然豊かな田舎の情景が浮かび上がって来そうだ。こんなにシンプルな音なのに、不思議と暑さも和らいでくる。


「少し休んだらどうだ? 朝からずっとで疲れただろ。今昼食を作るから」


「そうするか。しかし――


 そう。


 実は俺達は両家の半ば強引な形で、まだ高校も卒業していないというのに部屋を借りて暮らすことになったのだった。


 とはいっても支援は受けているので、本当の意味での同居とは少し違うのだが……慣れ親しんだあのマンションから離れたのは事実。


 因みに場所は学校から徒歩10分もない1LDKのアパート。これでいつもより長く寝れそうだが、そこは楓夕ふゆが許さないだろう。


「ま――どうせ私達は大学生になれば同居するのだ。その予行練習と思えばこれから先二人で暮らして苦労することもあるまい」


「ご尤もだな、楓夕ふゆとも一緒にいられる訳だし」


「そういうことだ」


「でも関東の国公立大学か、本当に合格出来るのかねえ……」


 まだ三年生でもないのに気が早い気もするが、俺と楓夕ふゆは今そこそこ有名な国公立大学を目指して勉強を始めている。


 お互いの将来が明るいものであるように――しかし根が馬鹿な二人は難易度が上がるにつれて四苦八苦の日々を強いられていた。


「そこは持ちつ持たれつ、だろう? 一緒に頑張るしかない――それに、私は自分が合格して安昼が落ちても、入学する気はないしな」


「俺は落ちる前提なの……? でもなんで?」


「安昼と一緒でないキャンパスライフなど、楽しくないに決まってる」


「そりゃ――俺が同じ立場でも同じことを言うな」


「まあ私自身は落ちると思っていないが」


「なぬっ」


 いや確かに楓夕ふゆの方が成長速度は早いけどね……寧ろ最近置いてかれ気味なもんで不安になってるし……。


 だが楓夕ふゆはそんな俺の様子を見てクスリと笑った。


「?」


「そんな寂しい顔をするな、私は安昼を置いていく為に勉強はしていない」


「それは良かった――ならもっと一緒に歩けるように頑張らないと」


「ああ、これからもずっと一緒に――」


「…………」


 そんな会話の流れから、ふいに静寂が流れる。


 それは決して悪い気分にはならない、とても穏やかな時間。


 ――なのだが風鈴の音でアイスが溶けかかっていることに気づいた俺は、慌てて口の中に入れていると、既にアイスを食べ終えていた楓夕ふゆがレジ袋を持ち上げてキッチンの方へと歩き始めた。


 遠くから、ひぐらしの鳴く声が聞こえている。


「――だが」


「ん?」


「勉強だけでなく、これからはもっと色んな所に遊びに行かないとな」


「だな、季節毎に沢山イベントがあるし」


「きっと何処へ行っても楽しい時間を過ごせるだろう」


楓夕ふゆがいるから、当然だ」




「全くだ――さて、午後も頑張って貰う為に、冷やしつけ麺でも作るとしよう」


「お! やったー!」

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