第24話 少しだけ遠回りな両想い

「…………」


「…………」


 俺と楓夕ふゆは机を挟んで面と向かって座り合っていた。


 本音を言えば場所は家で良かったのではとも思ったのだが、やはり学生たる身分である以上、一生に一度の学校であるべきと思い教室を選んだ。


 その教室には俺と楓夕ふゆ以外誰もいない、勿論その時間帯を選んだ。


 しかしこの形は二者面談感が強過ぎないだろうか……。


「それで――私に伝えたいことがあるという話でしたが」


「う、うむ……、家事もあるのに引き止めて申し訳ない」


「いえ」


 楓夕ふゆはそう言うと特に不快そうな表情を出すこともなく、いつもと変わらぬ雰囲気を見せてくれる。


 俺も出来る限り平静を装っていたが、内心緊張で胸が張り裂けそうになっており、中々本題へと入る勇気が生まれてこない。


 仕方ない……ここは少し遠目な話題から入って、徐々に近づけていこう。


「そ、そういえばもうこの生活も2ヶ月くらい経ったな」


「? ……まあそれくらいは経ちましたか、存外早いものです」


「……楓夕ふゆはどうだった? この生活」


「そうですね……貴様のズボラがより鮮明になった2ヶ月でしょうか」


「うぐ」


 その点に関しては全く以て否定出来ないので、俺はつい口籠ってしまう。


 まあ特に朝は酷いもんだったからな……一日に何度楓夕ふゆにあれやこれやと言われ続けたことか。


「とはいえ――そんな貴様も見違えるほど変わりました。今では私が言わなくとも自分で出来るようになりましたし」


「何か小学生っぽい感じでアレだが……でもそれは楓夕ふゆのお陰だよ」


「そんなことはありません、貴様に真面目になる意志があったからです。駄目な奴は言われた所でいつまで経っても変わらないものです」


「じゃあやっぱり変えてくれた楓夕ふゆのお陰だな、ありがとう」


「…………」


 実際楓夕ふゆと暮らすようになって本当に良くなったと思う。全ては大人になってから損をしないようにという彼女の配慮があったから。


 そんな人が隣にいたというのは、幸運でしかない。


「後はええと――二人で何かする機会も大分増えたよな」


「同じ屋根の下で暮らしているのですから当然かと」


「でもさ、中学の頃ってちょっと疎遠になっていただろ」


「中学生は環境的にも精神的にも一つの転換期なので仕方ありません」


 まあ小学校の頃仲が良かった男女も、中学になると関係が希薄になるというのは普遍的な話としてよく聞くものだ。


 寧ろそれでも俺は楓夕と話はしていたし、他と比べれば良好なのだろう。


「でもそう考えると……楓夕ふゆはどうしてそういう時期に入っても今まで通り接してくれていたんだ?」


「環境的にも精神的にも離れる理由がなかったからです」


「! ……なるほど、そりゃ嬉しい」


 やっぱり、楓夕ふゆは最初からずっと、何も変わっていなかった。


 寧ろ勘違いをしていたのは俺の方か――


「…………」


「…………」


 そんな会話をしていると、ふいに静寂が訪れる。


 それは――本題への合図のように思えた。


「……実を言うとさ、楓夕ふゆは許嫁なんて絶対嫌だと思ってた」


「それは――なにゆえに」


「いやさ、許嫁なんて単純に古いしきたり過ぎるだろ? 別に楓夕ふゆに限った話じゃなくて、親が勝手に決めた取り決めなんて誰でも嫌だと思うんだ」


「まあ、紗希さんのような例もありますからね」


「それに……いくら幼馴染とはいえ、楓夕ふゆには何というか、よく愛のムチ的なものを受けていたし……」


「ふ――素直に毒舌と言えばいいものを」


 楓夕ふゆはそう言って口を尖らせた気がするが、不快な表情にはなっていない、寧ろ少し口角が上がっているようにも思える。


 だから俺は構わず話を続けた。


「それでというか、楓夕ふゆが許嫁の件を了承したと知った時、正直驚いたんだけどそれ以上に不安もあった」


「なるほど……だから私に対しあのような真似をしていたと」


 どうやら一連の行動は楓夕ふゆには筒抜けだったらしい、まああんなに楓夕にアタックをするなど小学生でもやった覚えがないしな……。


 なので俺は少し恥ずかしさを覚えつつも首を縦に振り、口を開く。


「そういうことになる……かな、でもそれだけじゃない」


「? と言いますと」


「許嫁だからって理由でそんなことはしないって意味」


 今のは全く以て告白のつもりじゃないんだが、その言葉を告げると急に楓夕ふゆの耳がぱっと赤く染まる。


 だが赤くなるのは怒っているからではなく恥ずかしい証拠。なら問題はない。


「よくさ、周りは楓夕ふゆを冷たいとか、素っ気ないとか言うだろ? でも俺からすれば昔から楓夕ふゆは気が利くし、優しいし、可愛いし――挙げればキリがないけど、だから俺が楓夕に言葉にしたことも、行動にしてきたことも嘘は一つもないよ」


「全く……貴様ほど私をよく見ている人はいない――ですが」


 少し呆れた顔をしながらそう口にする楓夕ふゆだったが――何やら居住まいを正すとこう言い出した。


「実は――私も貴様が許婿を承諾するとは思っていませんでした」


「へ?」


 思ってもいなかった楓夕ふゆの発言に、俺は変な声を上げてしまうが、そんな様子など気にせず彼女は話を続ける。


「驚くような話でもないでしょう。ご存知の通り私は昔から毒を吐く人間なのですから、特に貴様には何百とそれを浴びせてきました」


「あー……そうなるのか……」


「まともな人間なら『可愛くないガキだ』と思いそのまま離れていくものです。なので貴様も幼馴染だから一緒にいるだけで、内心そう思っているのではと」


「なるほどね――」


「ですがそうではなかった」


 無論それは、楓夕の良い所を沢山知っていたからだろう。


 ――だけどそれ以上に、楓夕ふゆの性格が要因で離れていく人を沢山見てきたから、自分が側にいようと思ったことが一番な気がする。


 それが俺の中に根幹としてあるのは、間違いない。


「ただですね、私はもっと昔から貴様がそういう人間――鹿だというのは薄々気づいていました」


「や、優しい馬鹿……?」


 妙に反論のし辛い言葉に俺は返答に困ってしまうが、楓夕はこう続けた。


「以前、二人で人生ゲームをしたことがあったでしょう。その際貴様は仕返しマスで私から10万ドルを奪うことを拒んだ」


「ああ、それは昔空気を悪くしたことがあったから――」


「実はですね、


 む……? そうだっただろうか、いや親戚の集まりだったのだから楓夕ふゆがいたとしてもおかしくはないと思うが。


「貴様は雰囲気を悪くしたことばかりが記憶が残っているようですが――何故その時10万ドルを渡すことを拒んだか覚えていますか?」


「え? それは、仕返しなんてルールで自分のお金を取られたくなくて――」


「違います。貴様はこう言ったのです『これは楓夕ふゆの分だから』と」


「どういう……こと……?」


「要するに私はのです。何なら借金生活だったのですが――貴様はルール無用で私に充てようとしたのですよ」


 そ、そりゃ……確かに優しい馬鹿としか言いようがない話である。そんなルールをねじ込んだら人生ゲームの根底が崩壊だ。


「ですけどそれがあったから――私は貴様が損得勘定で動く男ではないとは思っていました。ただ私は素直ではなく、何でも裏返してしまう人間です」


「だから……許婿なんてあり得ないと」


 楓夕ふゆは小さく頷くことでそれを肯定した。


「でも、それでも貴様は昔のままで……寧ろ悪化したとでも言うべきか――なら私もいつまでも裏返している場合ではありません」


「そっか……――あれ? ということは――」


 俺がそれに気づいた途端、いつも憮然としている彼女は口角を上げた――というより明確に微笑んでこう言ったのだった。


「私も許嫁だからって理由でそんなことはしていないって意味です」


 それは、早く動き続けていた鼓動を大きく跳ねさせた。


 そして同時に、明らかに自分でも分かる程に口角が上がってしまう。


「ですからその……なんと言いますか――……おい、何を笑っている」


「え? あ、ご、ごめん――いやそのさ、結局二人とも同じ方を見ていた筈なのに、何でこんなに遠回りしたのかなって思って」


「! ……それは、私がちゃんと口にしなかったから――」


「いや、長い付き合いなのに、気づかなかった俺も悪いよ」


「いや私が」


「いやいや俺が――」


「…………ふふ」


「……ぷっ」


 あれだけ押しの強い二人が、こんな場面に限って謎の譲り合いを始めたことが妙におかしくて、二人してつい笑ってしまう。


 だけど――それが俺の心を満たしてくれたのか、いつの間にか最初にあった緊張など、完全に消え去ってしまっていた。


 うん……こんなにもお互いがお互いのことを想っているのなら、もうまどろっこしいことはナシでいいだろう。


 俺はそう思うと少し姿勢を伸ばし、楓夕ふゆの方へと向き直る。


 言葉は――自然と漏れ出していた。


「楓夕」


「なんですか」


「一人の好きな女性として、楓夕ふゆを幸せにしたいので付き合って下さい」


「――こちらこそ、安昼の側にいさせて下さい」


 随分と長い遠回りだったが、その時は一瞬だった。


 それでも流石に色んな感情が俺の中で駆け巡る――その中で最初に吹き出したのは恥ずかしいという感情。


 それはどうやら楓夕ふゆも同じだったらしく、いつもなら耳だけが赤い筈の彼女は顔まで同じ様になっていた。


「安昼も――耳が赤くなるんだな」


「え? マジで? まあでも――――嬉しいから仕方ない」


「そうか……私も、凄く嬉しい」


「じゃあ」


「うん」


 俺は椅子から立ち上がると楓夕ふゆの隣に行き、手を差し伸べる。


 楓夕ふゆはそれを見て小さく頷くと、きゅっと握りしめてくれた。


 身体が熱いのは夏のせいなのか、それとも。


「――今日の夕食は、ハンバーグにしようか」


「それは大好物過ぎるな、絶対手伝わないと」


「そうか、では安昼にはハート型の成形を頼むとしよう」


「え――お、おう! 任せておけ!」




「冗談ではないからな」

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