第23話 2人の想いは

「………………」


 もしかしたら――とんでもないことを言ったのかもしれない、と私は洗濯物を畳みながらふとそう思った。


 実を言えば、昨日あった最後の出来事に関して殆ど記憶がないのだ。


 寝ぼけていた、というのも勿論あるが……それ以上に私は安昼に対し好意と取れる発言と行動をしたことが大きい。


「て……手を繋いで帰った……ような……」


 自分の手のひらを改めて確認し、閉じては開いてを繰り返すが、手を見た所でそれを証明するものは何もない。


「だが……記憶がないということは手を繋いで帰ったのだろう」


 繋いでいなければ記憶はあるに決まっている。何せその情景はいつもと変わらぬ日常でしかないのだから。


 では、何故そんなことをしたのか。


「――安昼が私に好意があることなど、見ていれば何となく分かる」


 しかし私の天の邪鬼な性格のせいで、安昼はいつも遠慮して微妙に距離を取ろうとする、いや近づこうとしても近づけないと言うべきか。


 故にあの二宮という女とその彼氏を目撃した時も、安昼は曖昧な態度を示した。きっと勘違いをされて私に迷惑をかけたくないと思ったから。


「だからこそ……それを否定したいと思った」


 いつでも私を中心に動き回るのに、結果的に不本意に距離を置く羽目になる安昼に、もうそんな必要はないと伝えたかった。


 そうでなければ、いつまでもこの関係は変わらない――


「……それにしても、あの男は何処にいったのだ」


 しかしお互い明確な記憶がないのか、あんなことがあったというのに普段どおりの時間を過ごしてしまっている。


 何ならそれは今に至っても変わらず、どころか安昼は用事があるなどと言って出掛けているという始末。


「大方、紗希さんの所に行っているのだろうが」


 寧ろそれ以外で安昼が向かう場所など、想像がつかない。


「まあ……不満がないといえば嘘になるが、その点は心配する必要はない。それより心配すべきは――」


 私は積まれた衣類の中から安昼のパンツを見つけると、それを目の前で広げる。


「私がここまでして知らぬフリでもしたら……タダではおかないからな」


       ○


楓夕ふゆに――好きと伝えようと思うのです」


「ほう、一応訊いておくが、ラブか?」


「はい、ラブです」


「そうか」


 俺はいつになく真面目に返事をしたからか、雨夜先生は特に大袈裟な態度を取ることもなくごく普通な反応を見せる。


 因みに今いる場所は学校、休日も出勤など頭の下がる思いだが、先生的には『生徒がいない方が楽』らしい、解せぬ。


「あまり驚かないんですね」


「まあ驚く要素がないというか……しかし湯朝がそう決意したということはデートを通して進展があったということだろ」


「はい――実は楓夕ふゆがですね、『私という許嫁を信じて下さい』と、そう言ってくれたんです」


「成程――如何にもあいつらしい返事だ」


 無論まだ推測の域は出ていないが――つまり楓夕ふゆと言ったことになる。


 正直俺はそう告げられた時、もうアタックをし続ける段階ではないのだと思った。


「しかもその手を繋いで家まで帰りました。控えめに言って――最高でした」


「ピュアボーイめ……」


 ただ……俺もああいう経験は初めてだったので、極度に緊張しっぱなしで記憶が曖昧なのは否めないのだが……。


 あれ? そう思うと……告白はその比ではないのでは……?


「いかん……想像したら急に緊張してきた」


「まあ、ベストなタイミングなのかはわからんが……告白すること自体に問題はないだろ、だがどうやってする?」


「ううん……そこが悩みどころなんですよね……」


 告白はなんてのは手を繋ぐ以上に未知の領域だ。万が一楓夕に『そんなつもりで言った訳じゃない』とか言われた日にはそのまま死ねる自信すらある。


 はっきり言って、この状況でもまだビビっているのが本音なのだ。


「ふうむ、夜景のレストランで――なんて年齢でもないしなぁ」


「場所も大事なのですが……それよりどう伝えるのがベストかなと」


「うん? そこは素直に自分の想いを伝えるだけだろう」


「気持ち……そうなんですが、ただ好きなだけでは駄目じゃないですか」


「いやー……恋愛なんて大した理由がある方が珍しいんだがな――だがそう思うのならどうして楓夕ふゆが好きになったか、それを言うべきだな」


「理由を……?」


「可愛いからとか、幼馴染だからとか、許嫁だからではない、楓夕ふゆが好きな理由をしっかり言えれば、ちゃんと伝わると思うぞ」


「…………」




 俺が楓夕ふゆを、好きになった理由は――

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