第22話 今夜は星空が綺麗ですね

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。


 大暴走を繰り返す楓夕ふゆに引っ張り回され、世界中の猫と触れ合い続けていると気づけば終了まで10分を切る時間に。


 慌てた俺達は駆け足で三毛猫のキャラクターグッズを購入すると、『にゃんにゃん大作戦』を後にし科学館へと向うのだった。


「ふう……年甲斐もなくはしゃいでしまいました」


「でも可愛かったな、正直猫を飼いたいと思ってしまったぜ」


「ええ、いつか猫を飼える家に引っ越したいものです」


 うむ、そうなれるように俺も頑張らないといけないなぁ……まあ今は楓夕ふゆとの距離を縮めることの方が先だけども……。


 そんなことをぼんやり思いながら電車に乗り辿り着いた科学館で、俺と楓夕ふゆは予約していたチケット見せ館内へと入る。


「プラネタリウムって子供の時以来見てなかったけど、基本的にあまり変わっていないんだな……ただ、その――」


 俺は少し気まずさを覚えながらチラリと楓夕ふゆに視線を送る。


 決して怒った様子はないが、よくよく見ると僅かに身体が硬直している……まあそれも無理はない――


「リラクゼーションシートとは……」


 何せ俺と楓夕ふゆが利用する座席はまるでベッドのような、二人がけで寝転んで見るスタイルのシートだったのだから。


 無論ワザとではない、下心がないと言えば嘘になるけども……。


「まあ別に――気にする程のことでもないでしょう」


「え?」


 だが、予想に反した楓夕ふゆの言葉に俺は少し驚いた声を上げてしまう。


「い、いいのか……?」


「私と貴様は許嫁なのでしょう。ならば一つもおかしなことはありません」


 楓夕ふゆはそう言うと特に嫌がるような素振りも見せずに荷物を脇に置いて、ゴロンとシートに寝っ転がる。


「…………」


 今のはシートの意味を勘違いした俺への配慮だったのだろうか、それとも――


 いや、楓夕がいいと言っているのだし、余計なことを考えるのは止めよう。俺は雑念を振り払いながらシートに座ると、一緒になって仰向けになった。


 いざ座ってみるとベッドというよりは柔らかいクッションのような構造であり、思いの外心地が良い、これは寝落ちしないよう気をつけないと……。


「――それにしても、私が星が好きだとよく覚えていましたね」


「ああそれは――昔はキャンプに行ったり、それこそプラネタリウムも見に行っただろ? その時に楓夕ふゆが喜んでた記憶があったから」


「昔はそうでも今は違うかもしれないでしょう」


「でもニュースで宇宙の話題になるとちょっと前のめりになるし」


「…………目ざとい主だ」


 なんて話をしているといつの間にか客席は埋まっており、それを合図に開場を告げるアナウンスが流れる。


 そこから先は、あっという間に星空の空間へ。


 穏やかなBGMと共に流れる解説は形式張っていて少し退屈だったが、楓夕ふゆと星空を鑑賞することに意味があるので全く苦ではない。


 ――なかったのだが、よく見ると楓夕ふゆの首がかくんかくんしている。


「……楓夕ふゆ? 大丈夫か?」


「い、いえ……ね、寝てなどいません……せっかく連れてきて下さったのに、寝るなんて無礼千万な真似は……」


 楓夕は必死に抵抗を続けるが、しかしこのままでは首が取れそうな勢いだ。


 普段大人しい楓夕ふゆがあれだけはしゃいだんだ。しかもこの消灯した環境では眠くなるのも致し方ないというもの。


楓夕ふゆ、寝ても大丈夫だから、疲れただろ」


「そんなことは――……も、申し訳ありません……」


 それでも抗う楓夕ふゆだったが、そう言われて力が抜けたのか――とん、と俺の肩に頭を乗せるとそのまま眠りに堕ちるのだった。


「おっと……まあこれは、幸運と考えるべきかな」


 とはいえ、またしても思い描いた形とは違うのだが……、あくまで楓夕ふゆが楽しんでくれればそれが一番なのだ。


 はしゃいで疲れて寝る楓夕ふゆなど拝めるだけありがたい話だし。その結果俺の肩に身を預けてくれるなら文句などある筈がない。


       ○


「――ん、あれは……」


 そんな一時もあっという間に終わりを告げ、後は帰宅するだけとなったのだが、俺は出口に向かう一組の男女を見てさっと身を隠した。


「もしかして二宮さんと……噂の彼氏?」


「ん――……どうかしたのですか」


 目をこすりながら起き上がった楓夕ふゆは俺の反応に気づいたのか、そっと覗き込むようにして俺と同じ方向に視線を送る。


 笑顔で手を繋ぎ歩く二人は妙に眩しく、あれが本当のデートなのかという気持ちにさせられるが、隠れた理由はバレたくなかったからではない。


 何というか……俺は二宮さんに楓夕ふゆのことを色々言ってしまったが、彼女の意思を無視して好き勝手に言ったことが後ろめたかったのである。


 今だって本当の意味で俺達はデートをしていない。だから変な勘違いをされて楓夕に迷惑をかけたくないと、身を隠したのだが――


 楓夕ふゆはずいっと俺に身を寄せると、こう言うのだった。


「貴様、どうして隠れる必要があるのですか」


「えっ、いや、それは……その――」


 本当の事を言い出せず、つい口籠ってしまってしまう。駄目だ……こんな調子ではいつまで経っても前進などしないというのに――


 しかし。


 そう思った瞬間、楓夕ふゆがおもむろに手のひらを差し出してきた。


「? え、ええと……?」


「まずは一つ、私の自己管理不足で寝てしまい、申し訳ありませんでした」


「あ、ああ、それは別に気にしなくて――」


「いえ、本来なら私はあってはならないことをしたのです。なのでそこはちゃんと謝罪をさせて下さい、ですが――」


「?」


「もう一つ、貴様は大きな勘違いをしています」


「……はい?」


 楓夕ふゆの言っている意味が分からず、俺はぽかんとした表情を浮かべてしまうが、彼女は変わらぬ表情で話し続ける。


 でも、耳が仄かに赤いのは――多分気のせいではない。


「私は苦手な食べ物を除いて、嫌な事ははっきりと言う性分です。故に例え猫で釣られようとも嫌な相手なら即座に断ります、ですから――」


「楓夕……?」


「く、口下手なのは申し訳ないですが、どうか


「え――」


 それは……もしかして――


 と思わず質問してしまいそうになる言葉を、俺はぐっと飲み込む。


 正直、いきなりのことに頭が混乱しっぱなしだが――でもこれだけは分かる。


 その先の言葉は、


 だから――俺は伸べられた手に自分の手を重ねると、優しくそっと、握りしめる。




 すると楓夕ふゆは、何も言わずに俺の手を握り返した。

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