第21話 楓夕がはしゃぐだけのお話

「貴様、何をグズグズしている、早く来い」


 楓夕ふゆは俺の隣をぱっと抜け出すと、入り口に向かって一目散に走り出し、早く来るよう手招きをした。


「焦らなくても猫は何処にも行かないって」


「ならば全世界の猫を触れる保証があるとでも」


「全部触るつもりでいたのか……」


 電車を乗り継ぎイベントホールまで1時間は掛かったとはいえ、まだ朝の十時くらいなのだが、どうやら楓夕ふゆは撫で尽くすつもりでいるらしい。


 正直俺は初デートと意識すればする程緊張しまくり、やはり今回もまた眠れなかったので、まだ少し眠気があるのだが――


「ん? ――……いやそうだな、全力で猫を愛でるとしよう」


「さっきからそう言っているのです、さあ早く」


 楓夕ふゆの目にもうっすらクマが浮かんでいるのに、そんな悠長なことは言ってられない、俺もこのデートを全力で楽しまなければ!


       ○


「はわわぁー……」


 そうして。


 支払いを済ませた俺達は会場へと入り、早速ケージで仕切られたと1つ目のエリアに足を踏み入れると、楓夕ふゆは周囲を見渡すなり妙な声を上げた。


「にゃ、にゃんにゃんしかいない……」


「にゃんにゃん……?」


「あっ、わっ、はっ……ど、どれから触ればいいんだ……」


 最早俺など見えていないのか、尻尾を追いかけ回す犬みたくぐるぐる回転しながら周囲の猫に翻弄される楓夕ふゆ


 可愛いけど、このままじゃ何も触れずに終わるんじゃないのか……と危惧した俺は、すぐ側のキャットタワーでくつろぐ猫に近づいてみることに。


「ほう、お前はちっちゃくて丸っこい奴だな、てろてろの耳で――お、意外と大人しいな、撫でても全然逃げない」


「む――? おふ……マンチカンだな、貴様中々お目が高いぞ」


「そういうのがあるのか……?」


「いや猫は全て可愛いのですが、この子は比較的人懐っこくて優し――はわー!」


 まずい、完全に楓夕ふゆが壊れている……。


「よしよし……お前はとてもお利口さんですね、お菓子か? お菓子が食べたいのですか? はいどうぞ」


 そんな楓夕ふゆはエリアに入る前に予め買っておいた猫用のお菓子を差し出すと、マンチカンはそれをパクリと食べる。


「美味しいか? 美味しいのですか? あーペロペロなんかしちゃって」


「流石に猫に嫉妬はせんけども、凄いな……ん?」


 すると楓夕ふゆがお菓子をあげる姿に釣られたのか、今度は違う猫がキャットタワーへと登ってくる。


「わ、三毛ちゃん! おにゃんちゃんもお菓子が欲しいのか?」


 おにゃんちゃん……?


「白、茶色に黒……ああ成程、三毛猫か」


「三毛猫は殆どがメスなせいか、中々ワガママで気分屋なんだが、こういうイベントに連れてくる猫はやはり人懐っこいな、はぁん……」


 妙に艶かしい吐息を漏らす楓夕ふゆに思わずドキリとするが、そんな俺など意に介さない楓夕はその三毛猫にも餌を与え、頭を撫でる。


「こういう楓夕ふゆは何というか……目に毒だな、楽しんでくれているのなら何よりだけど――――お?」


 興奮気味の楓夕ふゆに当てられた俺は少し遠巻きになってその様子を見守っていると、いつの間にか隣に青毛に緑の目が特徴的な猫がちょんと座っていることに気づく。


「なんだお前、あそこの丸っこい奴とは違ってスレンダーだな。何だか雰囲気も楓夕ふゆに似て……お菓子食べるか?」


 俺はしゃがんでお菓子を与えると、その猫は手から食べてくれる――のだが何故か食べ終えると俺の身体に自分の身体を擦りつけてきたではないか。


「お、おいおい……可愛い奴だな……」


「それはロシアンブルーですね。飼い主に忠実な反面、ボイスレスキャットと呼ばれるくらい物静かで臆病な性格だったりします」


「うおっ! ふ、楓夕ふゆいつの間に……」


「故に飼い主にしか懐かない性格なのですが、その子は随分と貴様に懐いているのですね、羨ま――珍しいことです」


「ふうん、そういうことならもっとお菓子を――おっと」


 そんな解説を聞いていると、今度はロシアンブルーが俺の膝の上に乗ってきて、何やら両前足で俺の膝をぐいぐいと押し始める。


 なんだなんだと思っていると、目を見開いた楓夕が俺を指差しこう言い出した。


「ふみふみ!」


「はっ? ふ、ふみふみ……?」


「猫の愛情表現の一種です……き、貴様一体その猫に何をした……まさかちゅ~るか、ちゅ~るをやったのではないのですか」


「い、いやお菓子だけだって――って、何か喉まで鳴らして……」


「ご、ゴロゴロまで!」


「いや何なのその擬音の嵐は……」


「完全にちゅ~るで籠絡させたとしか……この卑怯者め……」


「ええ……」


 正直ここまで楓夕ふゆの感情が目まぐるしく動くとは思っておらず。猫の力には嬉しいやら驚きやらの連続なのだが、ワードが難解過ぎてついていけない。


 でも、確かにそれぐらいの魅力を秘めている動物ではある。まあ楓夕ふゆには負けるけど、と思いつつ人懐っこいロシアンブルーを撫でていると、忙しない楓夕ふゆは何かを察知したのか急に反対側を振り返った。


「今度はどうした」


「ま、マンチカンの赤ちゃん触れ合いゾーンだと……?」


「へ? ああ、赤ちゃん猫とも触れ合えることが出来るんだな」


「く……ここを離れるのは非常に惜しいですが……あんな短足の赤ちゃん猫に触れる機会など二度とないかもしれません、行きますよ」


「あ、おい楓夕ふゆ、待てって」


 最早暴走状態の楓夕ふゆを止める者は誰もおらず、俺は抱きかかえていたロシアンブルーを降ろすと、頭を撫でてから慌ててその後を追いかける。


 それにしても、まさかここまではしゃぐとは……。


 だが終始口角が上がっている所を見ると、楓夕ふゆは心から楽しんでくれているようなので、俺としては大いに満足ではあった。




 しかしこのまま楓夕ふゆのテンションが保つのか心配だな……。まあこんな楓夕は滅多に見られないから止めるつもりはないけども。

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