第20話 私だって楽しみにしています

「いよいよ……ですね」


 長い長い梅雨が終わりを告げ、徐々に晴れ間も多くなってきた今日この頃。


 遠くに聞こえる蝉時雨に夏の訪れを感じながら俺は雨夜先生にそう言った。


「……何が?」


楓夕ふゆとデートをする以外に何があるんですか」


「え? ああ……まあそれしかないよな、うん」


 こっちは梅雨が明ける前から猛烈に意気込んでいるというのに、なんて他人事なんだこの先生は――――いや他人事か。


「俺はですね……正直焦っているんですよ」


「焦る必要があるのか……」


「そりゃそうでしょう! 例のテストが始まってもう一ヶ月以上経ったのに、未だ俺と楓夕ふゆの両親は帰って来ていないんですよ!」


 それでも俺の両親は一応1年という期間があったが、実は楓夕ふゆに関しては両親から暫く帰ってこれないというお達しが来ていたらしい。


 つまり雨夜先生の大方の予想通り、テストはまだクリア出来ていない――そうである以外に説明がつかない。


「お陰で期末テストは手に付かず、酷い有様でした……」


「それはお前がアホなだけだろ」


「…………」


 まあそんなことはいいのだ、話を戻そう。


「だから俺は考えたのです。この停滞を破る為、如何にして楓夕ふゆとデートをし、告白まで持ち込むかを」


「ほう?」


「来る日も寝ずに考えました……そして気づいたんです。重要なのは楓夕ふゆに二人でいる時間を楽しいと思って貰うことだと!」


「絶対既に楽しいと思って――いやなんでもない」


「そこでまずはこれです!」


 俺はサイトから印刷したプリントを取り出すと、それを先生に突きつけた。


「……にゃんにゃん大作戦?」


楓夕ふゆは無類の猫好きです。なので何処かでイベントをやっていないか探した結果、この世界中の猫と触れ合えるイベントを見つけたのです」


「なるほど、悪くない案だな」


「しかもこのイベント――特定の日に楓夕ふゆが大好きな三毛猫のキャラクターとコラボをするんですよ、きっと死ぬんじゃないかと思います」


「せめて悶え死ぬとかにしろ」


 だが勿論これで終わりではない、俺はもう一枚印刷しておいたプリント取り出すと、それをまた雨夜先生に見せる。


「そしてその後はプラネタリウムです。実は楓夕ふゆは意外に星が好きでして、なので鑑賞を通して雰囲気を作り、互いの心が近づけば――」


「ふむ、特に欠点は見当たらないな、確かにそれなら――」


「紗希さん」


「うおっ! ふ、楓夕ふゆ……って、わ、私か?」


 そうやって計画を伝えていると、最早狙っているのかと言わんばかりの楓夕ふゆの登場に、背後に寄られていた先生は驚いた声をあげて振り向く。


 まあ俺はもう慣れてしまったけど……先生のその反応は分からないでもない。


「はい。実は一つお願いがありまして」


「ん? な、何だ?」


「この男とお話に興じるのは結構ですが、結果的に授業に遅れる要因になりがちなので、多少控えて頂けると幸いです」


「…………へ? 私が……?」


「では授業に遅れますのでこれで、行きますよ」


「あ、お、おう――え、ええと、すいません先生、失礼します」


 楓夕ふゆはそう言うや否や、少し強引に横に並んできたので、これ以上会話が出来なくなった俺は、先生への会釈も早々に教室に戻るのだった。


 それにしても、何だかちょっと怒っている気がしたけど大丈夫だろうか……。


 ようやくデートに漕ぎ着けられそうだというのに、あまり下手なことをして楓夕の機嫌を損ねないよう気をつけないとな……。


「えーっと…………もう私は要らなくないか……?」


       ○


 それから。


 短縮授業により続々と生徒が放課後の世界へ飛び込んでいく中、俺は数学のテストが赤点だったので補習を受けさせられていた。


 因みに楓夕ふゆは今回まさかの赤点を回避してしまったので家事のために先に帰宅、一人みっちりしごかれた俺は気づけば夕方になっていた。


「はあ、疲れた……だがデートの為ならこれくらい屁でもないぜ」


 しかし……どう切り出したらいいものか。梅雨の期間を経て楓夕ふゆとの距離は多少縮まった気もするが、緊張という魔物は実に強大だ……。


 だが今度こそ俺から誘わないと、流石に男が廃るというもの。


「よし、夕食時にさり気なく振ってみるか――ただいまー――……あれ?」


 そう気合を入れて帰宅をしたのだが、いつもなら聞こえてくる筈の楓夕ふゆの『おかえりなさいませ』が何故か帰ってこない。


 もしかして買い物にでも行っているのだろうか? と思いながらリビングに入ると、楓夕ふゆはテーブルで居眠りをしていた。


「おっと……いつも許嫁の役割って言うけど、ちょっと疲れたのかな。起こすのも悪いし夕食は俺が作ろうか――――ん?」


 俺はなるべく足音を立てないよう楓夕ふゆから離れようとする――と、うつ伏になっている彼女の下にスケジュール帳があることに気づく。


「おお……」


 よく見るとびっしり書き込まれた毎日の予定があり、俺は思わず声をあげた――


 のだが、何故かいくつか空欄もあり、その日付にだけ赤マルが付けられていた。


 あれ? この日付何処かで――


「……あ、まさか――」


 俺は鞄の中から慌てて『にゃんにゃん大作戦』のプリントを取り出すと、三毛猫のキャラクターが登場する日の日程を確認する。


「そっか……バレてたのか」


 そういうことなら――楓夕が起きたら早速誘うことにしよう。




「絶対楽しい時間にするからな、楓夕ふゆ


「…………ん」

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