第19話 持ちつ持たれつという奴です

 前回のおさらい。


 俺こと湯朝安昼は人生ゲームを駆使して楓夕ふゆと幸せな結婚生活を送ろうと意気込んだのだが、スタートダッシュに見事失敗。


 貧乏上等で散財行為を繰り返した結果、無事借金生活へと転落したのだった。


 そして現在、俺も楓夕ふゆも無事結婚し、人生は中盤へと差し掛かる。


 そんな中、俺は株を握りしめ人生の大逆転を図っていた。


「家も買えずに借金と株を握りしめるなど」


「…………」


 因みに楓夕ふゆは所持金30万ドルを突破、保険と5万ドルの家も保有中。


 なお俺は借金6万ドルと所持金1万ドル、資産は株券2枚。


「こ、こんなので楓夕ふゆを幸せに出来るものか……!」


「……私のターンですね。子供が生まれる、お祝いで2000ドル貰う」


「こ、子供だと……? そうかぁ……名前は何にするかなぁ……」


「貴様は黙って私に2000ドルを渡せ」


「はい」


 楓夕ふゆが順調でしかないのは嬉しい限りだが、俺が迷惑をかける存在ではあってはいけない――くそ、何とか一発逆転しないと……!


「株が暴落、1枚につき2万ドル払う」


「2枚なので4万です」


 いや、株怖すぎだろ……素人が手出したら絶対アカン奴やん……。


 借金も大台突破でいよいよ笑いすら出てこなくなる。


「では次は私――おや、転職ゾーンに入りましたね。これで貴様も少しはマシな生活が送れそうですね」


「おお! これでようやく……!」


 給料数千ドルの生活では楓夕ふゆを養う以前の話だったので、俺はこの機を逃すまいと、全力でルーレットを回す。


「10……スポーツ選手! 給料は――よ、4万ドル……!」


 か、勝った……! これで幸せな結婚生活を送ることが出来る……!


 ここまで下降曲線しか描いていない人生であったが、落ちる所まで落ちれば後は上がるだけというもの。さあいざゆかん!


「宝籤が当たる――5万ドル貰う、はい。貴様の番です」


「任せておけ! どりゃああああああああああああああああああああああい!」


 2。『自分探しの旅に出る、職業カードを返却してフリーターになる』。


「……流石に気の毒過ぎますね」


「こんな即落ち2コマある……?」


 こ、こいつ……楓夕ふゆという完璧な伴侶を得ておきながら何処まで破茶滅茶な男なんだ……いや俺の分身だけどさ。


 何があってもこのような男にだけはなるまいと、俺は心の中で堅く決意をするが、残念ながらその後も浮上する気配のないままゲームは進んでいく。


 気づけばゲームも終盤に差し掛かり、相変わらず借金生活を抜け出せない俺に対し、楓夕ふゆの資産は50万を超える様相となっていた。


「俺は人生ゲームがこんなに怖いものとは思っていなかったよ……」


「貴様の状況が特殊過ぎるだけかと」


「せめて借金だけでも返済出来ればいいんだが…………お?」


 最早開拓地行きも辞さない状況下で回したルーレットだったが、その数字が指し示したのは青マスだった。


「仕返し……『誰か一人から10万ドルを貰うか、1回休みにする』か」


「対象は私しかいないので、どうぞお好きな方を選んで下さい、まあ現状を考えれば10万貰うのが懸命ですが――」


「んー……いや、別に仕返ししたい訳じゃないし、いらないかな」


「……は? いや、あくまでゲームですから、ルールとして――」


「うん、それは勿論分かってるし、ゲーム如きで何いってんだってのも尤も過ぎる話なんだけど……そのさ、ちょっと昔のことを――」


「昔……?」


 人生ゲームというのは親戚が集まると大人も混じってするものなのだが、実はその昔、俺はこの仕返しマスの攻撃を受けたことがあった。


 今となっては誰かは覚えていないが、無論その人に悪気はない筈だし、何なら俺は今の楓夕ふゆくらい金額を持っていた筈なので狙われるのは当然の展開だと言える。


 だが、何故か俺は10万ドルを渡したくないと酷くゴネたのだ。


 子供ながらのみっともさが全開で呆れてしまうが、それが原因でその後の空気が少し悪くなったのを覚えている。


 それが俺の中でまだ残っていたのだろう。だから何というか、そういう空気を楓夕の前に持ち込みたくないと思ったのである。


「……はぁ、全く、貴様は本当に変わらない――」


「ん?」


 すると、そんな俺を察知したのか、楓夕ふゆは何か小さく呟くと――俺にずいっと10万ドルを渡してきたではないか。


「へ? い、いやだから仕返しは――」


「これは、私と貴様の人生ゲームなのでしょう」


「え――ま、まあその気分でやってはいたけど――」


「でしたら、持ちつ持たれつという奴です。片方が大変な時は一方が支え、一方が大変な時は片方が支える――人生とは、そういうものですよ」


 まあゲーム如きでそんなやり取りをしてどうするのかという話ですが、と楓夕ふゆは言うと俺の前に10万ドルを置いたのだった。


「楓夕……」


 あくまで楓夕ふゆは俺の我儘で止まったゲームを進める為に言ったのだろう。


 けど――俺にはその言葉が、何とも言えない心地良さで胸に響いていた。


 ああ……やっぱり楓夕ふゆは史上最高の許嫁なんだな。


「……さて、これが終わったらおやつにでもしましょう」


「そうだな。あ、そういえば冷蔵庫に貰ったケーキがあったな」


「ん、そうでしたか――では、この10万ドルの代償はそのケーキを全て貰うということでチャラと致しましょう」




「ぐ……ふ、楓夕ふゆがそう言うのであれば……!」


「冗談ですよ」

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