第16話 幸せな日は作れる

「おはようございます、そろそろ起床の時間で――おや」


「いやー……今日はいい天気だなぁ」


 楓夕ふゆが起こしに来る前に目を覚ましていた俺は、カーテンを開け放ち外の風景を眺めながらそう呟いた。


 そう、今日は楓夕ふゆとのデート(とはいっていないが)である。


 やはり自ずと身が引き締まるものであり、正直あまり眠れなかったのだが、寝坊せずに起きれた自分は素直に褒めてやりたい。


「うむ、今日は絶好のピクニック日和だな。よし、早速準備に取り掛かろう」


「……貴様」


「おいおい、何をぼさっとしているんだ? あ、悪い、楓夕ふゆのことだから既に準備は終わってるか」


「いや――」


「うーん、それにしてもピクニックなんて久しぶりだなぁ、全く今から楽しみだぜ」


「…………」


 歓喜の思いを口にせずにはいられず、つい饒舌になるが、そんな俺を見て何故か楓夕ふゆが俺の肩をぽんと優しく叩いた。


「ん? どうしたんだ?」


「外をよく見ろ――いや違うな、早く現実を受け入れろ」


「…………楓夕ふゆ、そんなことは、最初から分かっているのさ……」


 ああそうさ、外が暴風雨なことくらい、起きた時点で分かっていたさ……。


 だが信じたくないではないか、梅雨時だし単なる雨ならまだしも、こんな日に限って外出困難な次元で雨風が吹き荒れるなんて――


「どうやら予報に反して台風の北上が早かったようですね……ですがこればっかりは誰が悪いという訳でもありません」


「そりゃそうだけど……」


 流石にショックを隠そうと思っても隠しきれない。何せピクニックをズラすことは出来ても、楓夕ふゆの誕生日をズラすことは出来ないのだ。


 これでは結局いつもと変わらぬ日々で終わってしまう。折角楓夕ふゆが誘ってくれたというのに……。


「だが雨では打つ手など……」


「ふう――取り敢えず、リビングまで来て頂けますか」


「え……? あ、ああ、そうだな、折角の朝食が冷めたらいけないし」


 いや、例え台風だろうが彼女の誕生日には変わりないのだ。それに俺がいつまでも凹んでいては楓夕に気を遣わせてしまう。


 こうなったら……台風も嫉妬するくらい楽しい時間を過ごしてやろう! と俺は改めて気持ちを入れ直すと楓夕ふゆと共にリビングへと向かう――


「……あれ?」


 のだが、どうしたことかテーブルの上に何も料理が置いていなかった。


 はて? と思っていると楓夕ふゆがソファーの方へ来るよう手招きをする。


「こちらです」


「こっち? って――――あ」


 ソファーに隠れて分からなかったが――よく見みるとそこには、床にビニールシートが敷かれ、その上にバスケットと水筒があるではないか。


 しかもテレビには動画サイトから引っ張ってきたのか、外国と思しき優雅な草原の映像が流れている。


 こ、これは――


「……貴様が楽しみにしていたのは私も知っています。ならば――慰めにもならないかもしれませんが、せめて雰囲気だけでも味わえればと」


「ふ、楓夕ふゆ……!」


 こ、こんなん惚れてまうやろ……!


 思いがけない楓夕ふゆの優しさに、不覚にも涙が出そうになる。


 い、いやいや! 誕生日は俺じゃないのに泣いてどうする! 楓夕ふゆがわざわざここまでしてくれたなら、俺も全力で応えるのが道理だろう!


 故に俺は折れかけていた背筋をしゃんと伸ばすと、ふうと一つ息をついて、画面に映った風景に目をやった。


「いやー……頂上までの道程は中々大変だったな」


「は? 何を――……いえ、そうですね。ですが頂上の景色がこうも美しいのなら、険しい山道も良い塩梅だったというものです」


「ああ全く、お陰でお腹がペコペコだ」


「では食事にしましょう。献立はサンドイッチとポテトサラダに唐揚げです」


 お互い酷い大根演技ではあるが、楓夕ふゆが嫌悪感を示すことなく乗ってくれたので、そのノリのまま話を進めていく。


「おお美味そう、いただきます」


 そして早速楓夕の手作りサンドイッチを一口、ピリッとマスタードが効いたたまごサンドが口の中で広がり、ふっと心が穏やかになる。


 欲を言えばこの雨音だけは邪魔だったが、楓夕ふゆとビニールシートに座ってご飯を食べれば次第にそんな気分も掻き消されていった。


「いやあ、ただでさえ楓夕の料理は美味しいのに、青空がプラスされると最早三ツ星レストランの味だな」


「腕によりをかければこんなものです。ですが、空腹が最高のスパイスであるように、場所もまた大きな意味があるのでしょう」


「だな――あ、そうだ、ちょっと待っててくれるか?」


「? はい」


 俺は食べかけのサンドイッチを頬張るとその場から立ち上がり、一旦現実の自室へと戻る、そして押入れからあるものを取り出すと再び山の頂上へと戻った。


楓夕ふゆ、これ、誕生日おめでとう」


「これは――」


 そう言って渡したのは楓夕ふゆの大好きなあの三毛猫のぬいぐるみ。しかも以前より何倍も大きい、抱き枕サイズである。


「誕生日は興味ないって言ってたけどさ、やっぱり俺が祝いから。だから押し付けがましいけど……受け取ってくれたら嬉しい」


「やすひ――――いや……嬉しい、ありがとう」


「良かった」


 ぎこちない笑みではあったが、楓夕はプレゼントを受け入れてくれると、無意識だと思うがその頭をそっと撫でる。


「ふふ――可愛いやつだ」


 ――結局雨が止むことはなかったし、何なら全く思い通りの誕生日ではなかったが、気づけば楓夕ふゆのお陰でとても幸せな時間に。


 想定外の事態が起きても、やり方次第でいくらでも楽しい時間になる。楓夕ふゆから大事なことを教えて貰った、そんな1日だった。




「それにしても、よくこんなものを私に気づかれず山頂まで持ってきましたね」


「えっ!? そ、そこまで設定通りなのね……」

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