第15話 デートに誘うつもりが

「湯朝……お前はぬるいな」


「ぬっ?」


 ここ最近ただの近況報告になりつつある雨夜先生との昼休みの会話で、彼女は電子煙草の煙をぷかぷか浮かべながらそう口にした。


 前はガムを噛んでいたのにまた煙草とは、何だかなぁとぼんやり思うが、言っても損しかないので黙っておく。


「ぬるいとは……どういう意味ですか」


「湯朝、楓夕ふゆとの同居生活はどれくらい経った?」


「ええと……もうすぐ一週間ですかね」


「そうか……何か進展はあったか?」


「そうですね……忘れ物をしなくなった……でしょうか」


「そんな話をしているんじゃない」


 俺にとっては重要な進展だというのに、何故か先生に頭を小突かれてしまう、なんと理不尽な。


「お前が楓夕ふゆに世話して貰って出来るようになった事などどうでもいいに決まってるだろ、というかそれくらい自分で出来るようになれ」


「そんな、教師は褒めて生徒を成長させるものでしょう」


「やかましい、私は叱って伸ばすタイプの教師だ」


 なんと時代逆行な真似を……おまけに体罰もするし、美人じゃなかったら今頃陰でニコチンババアと呼ばれている頃だ。


 まあそれは冗談として。


「確かに……それは理解しています。あの手この手と尽くしているものの、同居前と比べて大きな変化は何も……」


「……まあそれに関してはお互い様ではあるんだが」


「はい?」


「いや、それより私が言いたいのはな、このままではお前達は無事テストをクリア出来ないということだ」


「ぐ、それは――」


 全く以てその通りであった。許嫁を超えた愛をロクに体現出来ていない現状では、結婚など夢のまた夢でしかない……。


「くそっ、俺は楓夕ふゆと付き合いたいだけなのに……」


「一々自分に正直にならんでいい……まあ、同居しておいて何も起きていないのは生殺しと同義なのは否定せんが」


「せ、先生……なにか方法はないんですか……?」


「ふむ、そうだな……一つチャンスが無いこともないのだが」


「え? 楓夕ふゆの誕生日ですか?」


「分かっとるんかい」


 いやまあ、俺が楓夕ふゆの誕生日を忘れている筈がないのだが……何なら記憶を失っても誕生日だけは忘れない自信はある。


「とはいえ、先生は誕生日が勝負所だと仰っしゃりたいのですね」


「ああ――はっきり言って告白をしていいとすら思っている」


「せ、先生……それは無責任極まりないですよ」


「こいつ……」


 何をどう見ればそんな確信が湧くのか疑問だが――しかし二宮さんの台詞といい、どうやら第三者的には良好な関係と見られがちなようだ。


「ともかく……誕生日を利用するのは悪い手じゃない。だが普通に祝うだけでは何も成果は得られないだろう」


「! となれば……俺が楓夕ふゆをデートに誘え……と?」


 俺の回答に、雨夜先生は小さく頷き肯定した。


 楓夕をデートに――それは間違いなく一大イベントだ、その言葉を使うだけで身体に力が入る程度には。


……だ、だが、果たしてデートがしたいと言って、楓夕ふゆは了承してくれるのだろうか……?


       ○


「…………」


「さっきから何をジロジロみている貴様」


 夕食を終え、テキパキと洗い物をする楓夕ふゆをつい目で追っていると、いつもと変わらぬ口調でそんなワードが飛んでくる。


「え! いや、ええと……その……」


「……?」


 お、おかしい……いつもあれだけ楓夕ふゆにアタックをかけているのに、いざデートに誘うとなると急に緊張感が押し寄せてくる。


 まさか断れるのが怖いのか……? 馬鹿な、今更怖気づいてどうする俺よ! ここは強い熱意で誘うくらいの男気を見せるのだ!


「し、しかし……」


「…………」


 言おう言おうとする程肩に力が入り、上手く言葉が出てこない。


 こうなったらいっそデートと言わずに誘うか……? それなら――いや、そんなのデートではない、それに仮に成功しても間違いなくいつもと同じ日常になる。


 ならサプライズ的に……? だが女性は意外にサプライズが好きじゃないと聞くし、楓夕となれば余計に――


 そんな一人問答を繰り返していると、やはり俺は楓夕ふゆを見ることしか出来なくなり、結果彼女の頭上には疑問符が増えるばかりに。


「ま、まずい……どうしたら……」


「……おい貴様」


「――ん? 楓夕ふゆ?」


「そういえば――もうすぐ私がこの世に生を受けた日でしたね」


「へ? あ、ああ……そうだな、楓夕ふゆの誕生日だ」


「ですが、私は誕生日などという行事には興味がありません。何ならプレゼントも貰うなど煩わしいまであるでしょう」


「な――!」 


 全く予期していなかった先制攻撃に、俺は面食らってしまう。


 そ、そんな……これではデートはおろか祝うことすら無理ではないか……。


 実のところ、俺は楓夕の誕生日は覚えていても、それを伝えるだけでちゃんと祝えてやれたことがなかった。


 だから今年こそはと、勝手に意気込んでいただけに俺は項垂れてしまう――


 のだが、楓夕ふゆはふっと息を吐いて小さく口角をあげると、続けざまにこう言うのだった。


「だが、その日は丁度休日のようです。加えて天気も晴れの予報」


「……? そ、そうなのか?」


「はい。そして私もこの生活には大分慣れました――な、なので、偶にはバスケットにサンドイッチでも詰めて、ピクニックに出掛けるのも悪くないかと」


 貴様の身体も無駄に肥え始めていますし、運動がてらにでも、と楓夕ふゆは付け加えると、少し耳を赤く染め、そっぽを向く。


「え――」




 お、おい……そ、それってつまり、ふ、楓夕ふゆからの――!

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