第11話 テストをやる意味とは

「そうか……ついに始まったか」


 この日は珍しくガムを噛んでいた雨夜先生は俺の説明に対しそう切り出した。


「ついに……というのは?」


楓夕ふゆが湯朝の許嫁として相応しいかのテストが始まったということだ」


「! ――つまりいよいよ結婚ですね」


「相変わらず恐ろしく前向きな奴だな」


 雨夜先生はやや呆れがちな表情を見せると何故か溜息をつく。


「そうじゃなくてだな……湯朝家と雨夜家は結婚までの道程に色々テストを課すんだ。湯朝に相応しい雨夜であるのかという――まあ古臭い風習の名残だよ」


「それが両親の唐突な長期不在に繋がっていると?」


「まあな。つまり湯朝と楓夕ふゆが問題なく二人で暮らせるかどうかを審査をされる。ここで失敗すれば結婚は遠のくものと考えていい」


「それは洒落になっていませんね……」


 流石に俺も即座に結婚だ! とは思っていないが、テストが原因で結婚が長引くのは好ましくない、それが楓夕ふゆの負担になるなら尚の事。


「因みに……審査基準はあったりするんですか?」


「まずは楓夕ふゆの家事スキルだろう、後は主を支える妻としてのサポート力、そして最後は許嫁という枠を超えた愛」


「愛!」


 審査項目が楓夕ふゆ課せられたものばかりだったのでそれは如何なものかと思ったが、愛となれば話は別である。


「つまりここが正念場……いや、天王山ですか……」


「え、そうなのか? いや、うーん……?」


 だが……現状あれやこれやと楓夕ふゆにアタックをかけて続けているものの、明確な変化は未だ得られていないのは事実。


 しかし同居という名のフィールドとなればおのずと一緒にいる時間は増える。一気に告白まで持っていく関係性を築くことは不可能ではない!


「まあ、いずれにせよ1年間の旅行というのは方便だろう。お前達がうまく行っていれば帰宅が早まる可能性は十分あり得る」


「となると、親が帰ってくる期間が早ければ早いほどテストとしての合格点は高いと――よし、そういうことなら――」


「貴様は随分と紗希さんと仲が良いのだな」


「はっ! ふ、楓夕ふゆ……!」


 毎度ながら今知られる訳にはいかない時に限って楓夕ふゆが図ったように登場するので、俺はつい挙動不審になってしまう。


 また雨夜先生が余計なことを言わないだろうな……と少し恐々としていると、急に楓夕ふゆがずいっと俺の前へと近づいてきたではないか。


「い! いや……本当に疚しい事は何も――……って、ん?」


「――ネクタイがズレています。こういう細かい部分が相手にズボラな印象を与え兼ねないので気をつけて下さい」


「あ……わ、悪い」


「よく見たら寝癖も残っていますね。アホ毛など貴様がしても本当の阿呆でしかないというのに――仕方がないのでこれから毎朝チェックします」


「お、おおう……さ、流石楓夕ふゆ、ありがとう」


「こういうのは今の間だけなのですから、最終的には基本的な身だしなみくらい自分で整えられるようになって下さい」


「あ、はい」


「あと今日の夕食はどうしますか? 肉か魚か、好きな方を選ぶといい」


「んー……最近肉系は食べたばっかりだし魚かな……楓夕は?」


「では魚と致しましょう。丁度今日は特売があった筈なので、刺し身と煮付けと、後は適当に数品作ります」


「分かった。急な同居なのに、ホント楓夕ふゆには感謝しかないよ」


「別に――――あ、もう予鈴ですか。では私はそろそろ戻りますので、貴様も用が済んだらさっさと教室に戻るようにして下さい」


「了解――いや、やっぱり一緒に行こうぜ。いつも忠告して貰っているのに申し訳ないし、偶には時間前に着かないと――あ、先生、では」


「……分かりました。では紗希さん失礼します」


 そう言うと楓夕ふゆはいつも通り俺の横に並んだので、俺達は同じ歩幅で教室に向かって歩き出し始めた。


 しかし……楓夕ふゆがこのテストをどう思っているか分からないが……少なくとも許嫁としてすべきことは淡々とこなしているようには見える。


 なら――俺はそれにしっかりと応えつつ楓夕ふゆとの関係性もより深め、最終的には誰もが羨む夫婦にならなければ!


「このテスト……絶対に乗り越えてやるぞ……!」




「……いや、このテストやる意味あるか……?」

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