第10話 通い楓夕
「は……出張……ですか?」
じとりと湿気が纏わり付き、梅雨を肌で感じ始めたある日の夜、母はテレビを見ながらそんなことを切り出した。
「そーなのよ、パパの関係で私も行かないといけなくなっちゃって」
「どれくらいの期間になるのですか?」
「多分1週間くらいかしらねー、因みに明日からよ」
それはまた急な話だ。何故事前に教えないのだと言いたくなるが、母は昔から超絶マイペースなので特に憤りもなく私はそれを受け入れる。
「そうですか、ではお気をつけて、学校と家事は問題ありませんので」
「流石私の娘ね。ただね~、何の偶然か実は湯朝さんの所も1週間程度旅行に行くっていう話が出ているみたいなのよー」
「それはまた――…………は?」
「でもやっくんは学校があるから行けないでしょ? となると湯朝さんの所も息子が家に一人だけになるから困った話よねー」
……何だその狙いすましたとしか思えない偶然のお話は。
これが家族関係など殆どない家族同士ならまだしも、深い縁に結ばれている両家となれば猛烈な胡散臭さが透けて見え、思わず顔を歪めてしまう。
「……安昼が一週間ぼっち生活ですか、気の毒な話です」
「そうなのよー! だから
「いや、理由が不明なのですが」
「不明なんてことはないじゃな~い! だって
「窮地とは」
いや間違ってはいないかもしれないが……しかし母にそう言われると、どうにもやってやろうという気が湧いてこない。
相変わらず、己の天の邪鬼さには呆れてしまう。だが――
「ま、元から同棲の話は出ていたんだし、その前段階みたいなものよ」
「……まあ、その為の花嫁修行ではありましたからね」
それにここ最近妙に安昼にも世話になっていたのも事実。そういう意味では今が借りを返すチャンスと言えるかもしれない。
「――分かりました、では明日からで良いのですね」
「お、乗り気になってくれたわね、じゃ暫くの間よろしく~」
乗り気と言われるのは少し癪だが……まあ別に嫌では――
○
「おい貴様、いつまで寝ている」
まだ微睡みの中に沈んでいる状態の俺に、突如鋭い針のような光が差し込んだかと思うと、やや強引にぐいっと引っ張り上げられる。
「…………おはよう……ございます……?」
「休日だからといって呑気に寝ているようでは先が思いやられます。日にちなど関係なく健康で文化的な生活を送るよう心掛けるように」
「へ……? な、何で
「朝食の準備は終わっていますので、2秒でリビングまで来るように」
「何その軍隊……」
あまりにも唐突で横暴な所がいかにも
え……? 何がどうなっているんだ……? と思いつつも
すると、目の間にあったのはやけに手の込んだ和食達だった。
「……旅館の朝食みたいだな……」
「不満か」
「いや……滅茶苦茶嬉しい、こんな朝食初めて……」
「……そうか、ならさっさと食え」
平日は母親がバタバタしているのでパンのみというのも普通で、加えて休日は俺が昼近くまで寝ているので朝食を食べることがまずない。
なのでここまで品目の多い朝食は本当に初めてだった。お陰で少し背筋の伸びた俺は手を合わせて「いただきます」と言うと早速和食を口へと運ぶ。
「うまい……流石は
「貴様が料理をしないだけだ。少し練習すれば誰でも出来ます」
「許嫁として……? いやあ俺は幸せ者だな……」
「……口に物を入れて喋るな。あと食べ終わったら顔を洗ってこい」
「ふあい」
いやーでも、こんなの毎日食べさせて貰えたら誰だって幸福だろう、しかもそれが
朝は食が進まないタイプだというのに、箸のペースは止まることなく食べ進んでいく、それと同時に少しずつ目も冴えてきていた。
「そういえば何で
「母の命を受けたのです。雨夜家も両親が暫く家を空けるので、許嫁として何も出来ないポンコツの尻を拭ってやれという話です」
「そういうことか、確かに絶妙なタイミングではある」
「まあ所詮は1週間の話なので、この程度屁でもありませんが」
「へえ
「それはまた珍妙な…………は?」
恐らく知っている体で話したつもりだったのだが、その言葉を聞いた瞬間
あれ? 流石に今のは変なこと言っていないと思うのだが……。
「い、1年だと……?」
「え? 親はそう言っていたけど……」
「そ、そんなもの……最早同棲を通り越して夫婦ではないか!」
「えっ、そ、そうなのか……?」
「そ、そうではないが……」
「ち、違うのか……」
「だ、だが1年など……」
「いや、そこはあくまで1週間でいいと思うけど――」
荒ぶる
あれ、でも待てよ……?
まさかとは思うが……もしかしたら本当に
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