第7話 湯朝は何でも知っているのに

 今になって考えると、あれ可愛いと思う側面を言うというより完全に暴露大会になっていた言わざるを得えない。


 そりゃ楓夕ふゆのご機嫌もナナメになるというものである、帰ってる間一言も口をきいてくれなかったし……。


「が、ここで諦めていては幸せな夫婦生活など水平線の遥か彼方」


 なので俺は紙袋の中にはいった詫びの品々にちらりと目線を送ると、雨夜家のインターホンを人差し指で押した。


「誠意とは、気持ちではなく現物だと偉い人が言っていたしな」


 いや、現生だったか。要求……されないよな?


 因みに俺と楓夕ふゆは同じマンションに住んでいて、湯朝家が8階で雨夜家が9階、しかも見事に上下の部屋に住んでいるのだが偶然らしい。


「はいはいはーい、どちら様ですかー? って――あら? あらあらまあまあ! 誰かと思ったらやっくんじゃない!」


 すると陽気でハイトーンボイスで玄関扉から姿を表したのは楓夕ふゆではなくその母親である美紀みきさんだった。


「あ、こんばんはお姉さん、お久し振りです」


「やだお姉さんなんて、相変わらずやっくんはおべっかがお上手ね~」


 美紀さんはそう言うと上機嫌な笑みを見せ俺の肩をぽんぽんと叩く。


 随分な言い草だと思われるかもしれないが、美紀さんは年の割に楓夕ふゆと姉妹なのかと思うレベルで若く綺麗なのである。


 故に俺からするとおばさんと言う方が違和感がある、まあ喋り方だけはおばさんっぽい部分は多々あるのだが。


「あ、すいません楓夕ふゆは今いますか?」


「ええ勿論いるわよ、ちょっと待ってね――あら?」


「何の用だ貴様」


 すると美紀さんの後ろに隠れて見えてなかったが、彼女が横にズレると鋭い目つきでジロリと俺を睨みつける楓夕ふゆが姿を現した。


「もー楓夕ってば! やっくんが来たのになんて口の――」


「えーと……そのですね、少しお話がありまして――」


「……入れ」


 今から婚前挨拶でも始まるのかと言わんばかりの物々しい父親感を醸し出す楓夕だが、ぷりぷりと怒る美紀さんが可愛いせいで緩和されてしまう。


 ホント、この人は緩いなぁと思いつつ一礼をすると家の中へとお邪魔。


 間取りは全く一緒な筈なのに、家具の配置が違うだけでまるで別世界だなと感じていると、楓夕ふゆは廊下右手にある部屋へと入っていく。


「……ん?」


 おかしいな、確か楓夕ふゆの部屋は廊下奥の左手だったような。


 もしかして部屋を変えたのだろうかと思い、そのまま後ろについて中へ入ると――そこは鬱蒼と荷物が犇めき合う部屋だった。


 というか完全に物置部屋だった。


「え……こ、これは……?」


「貴様用の面会室です」


「獄中にでもいるのかな」


 早速の洗礼にがっくり肩を落としかける――が、冷静に考えるといくら許嫁といえ、自分の領域に男を踏み入れさせるのは嫌であっても不思議ではない。


 それでもわざわざ家に上げてくれているとなれば――……危ない危ない、俺としたことが楓夕ふゆの配慮を見逃すとは。


「いや……感謝痛み入るぞ、楓夕殿」


「本当に痛み入ってもいいのですが」


「……物理的に?」


 いやー手厳しい楓夕ふゆも可愛いなぁ、と俺は癒やされることで一旦気持ちを入れ直すと、まずは紙袋の中からプリンを取り出し、それを彼女に手渡した。


 無論コンビニ等の大量生産ではなく、近くの牧場が作っているお手製の奴で、これが地元では中々美味しいと評判なのだ。


 しかし何故プリンなのかというと、実は楓夕ふゆが親戚の集まりでこのプリンをご機嫌に食べる姿を目撃していたのである。ふふふ……さあどうだ!


「? 何だこれは」


「こちらが詫びの品でございます」


「はあ。よく分からないが、頂いておきましょう」


 あれ? もっと喜ぶと思ったのに、意外に普通の反応だな……。


 もしかして今はもうそんなに好きじゃないのだろうか……――ふっ、だがならこれならどうかな……? と俺は袋の中からもう一つのを取り出した。


「! こ、これは……」


「そう……あの猫のぬいぐるみだ」


 楓夕ふゆが猫好きなのは周知の事実ではあるが、残念ながら我らのマンションはペット禁止である為飼うことが出来ない。


 だから彼女はよく猫動画を見ることでそれを紛らわしていているのだが――中でも彼女はこのまんまる太った三毛猫のキャラクターが大好物なのである。


 しかもその好き具合は学校鞄にキーホルダーを付けている程ときた。


 それがぬぐるみともなれば――さあ、これは流石に効いただろう……!


「………………」


 しかし、それでも尚、何故か楓夕ふゆは眉間に皺を寄せた表情になる。


「え……? もしかして、お気に召しませんでしたか……?」


「いえ、そういう訳ではないのですが……どうして貴様がさっきから詫びと称してこんな物をくれるのか理解及ばないので」


「へ? それは……雨夜先生との件で怒らせてしまったから――」


「……? ああ、あの事ですか、別に本気で怒ってはいないのですが」


「はい?」


 考えもしていなかった楓夕ふゆの返答に俺は面を食らってしまう――いや、でもあの時関節を逆にするって言いましたよね……?


「確かに多少の不服があったのは事実ですが、あれは私も貴様に問うたことなので、別に四肢を引き裂いて校庭に掲げる程では」


「何か悪化してません……?」


「まあお互い様という奴です。謝罪するようなことではありません」


 な、なんだ杞憂だったのか……あれ? でもそれなら、楓夕ふゆは何で帰り路の間あんなに無口だったんだ……?


「それにしても……貴様という奴はどうしてこう――」


「え?」


「……いや何でもない、その、あ、ありが――」


 楓夕ふゆがそう何かを言いかけた途端、彼女の耳が僅かに紅潮する。


 !? ど、どういうことだ……? 怒っていないと言っているにも関わらず、赤くなっている……だと……? 


 ま、まさかこれは――


「――フンッ」


「えっ?」


『きゃあっ!』


 あまりに唐突に起きた、一瞬過ぎる展開に俺の思考がパタリと停止する。


 ――……どうやら楓夕ふゆに渡した三毛猫のぬいぐるみがぶん投げられ、それが俺の頬を華麗に掠め背後の扉に激突、その音で扉の向こう側にいた人間が悲鳴あげた……ということらしい。


 そしてゆっくりと扉を開け姿を現した美紀さんに対し、どす黒いオーラを全開にして睨みつける楓夕ふゆ


「盗み聞きとは感心しませんね……」


「あ、あらあら……バレちゃったかしら……」


「今日の夕飯は抜きなので覚悟して置いて下さい」


「ええ~……! そ、そんなぁー……」


 いやまあ、盗み聞きは良くないけど、その台詞は楓夕ふゆが親に対して使う言葉ではないだろ……もしかして家庭でもそんなヒエラルキーなの……?


「にしても――」


 楓夕ふゆの耳が赤くなったのは美紀さんに対する怒りだったのか……くそう、もしかしたら何かチャンスを掴めたと思ったのにな……。




「全く…………もう……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る