第6話 可愛いと言ってみた結果

「いやー……楓夕ふゆって、可愛いですよね」


「はあ? っ! ――ゴホッゴホッ!」


 俺はミルクティーを飲みながら何気なくそう呟くと、雨夜先生は電子タバコの煙を気管に詰まらせたのか激しく噎せ返った。


「先生、煙草は百害あって一利なしですよ」


「そ、そういう理由で噎せたんじゃない……今なんて言った?」


「え? 楓夕ふゆって可愛いですよねと」


「イカレてんのか」


「なんてこと言うんですか」


 先生が生徒に対して使う言葉じゃないだろうと軽く憤慨するが、冷静に考えたらそれ以前に親戚同士だし別そんなおかしな話でもないのか。


「じゃあ先生は楓夕ふゆは可愛くないと?」


「うーん、可愛いというよりは美人だろう? ほら、少しボーイッシュな雰囲気もあって、何よりクールだしな楓夕ふゆは」


「俺はそういう部分も含めて可愛いと思うんですけどねえ」


 とはいうものの、実のところ楓夕ふゆに対する寸評というのは雨夜先生が言うような印象である場合が非常に多い。


 だが俺はどうにもその言葉はしっくりこないのだ。間違いなく楓夕ふゆは可愛い、そう例えるならツンが強過ぎる猫みたいな。


「ふうむ……そういう視点もあるにはあるのか……? な、なら――私も湯朝から見れば可愛い部類に入ったりするか?」


「いえ、先生は格好いい部類ですね」


「解せんぞ」


 事実を言っただけなのに雨夜先生はあからさまに不満そうな表情で口から蒸気を吐き出す、いや、そう言われてもな……。


 そりゃ中には先生を可愛いという人もいるかもしれないが、俺としては過ごした時間が先生の印象を格好いいにしているのでどうしようもない。


 ん……そう思うと、楓夕ふゆとの時間が俺の中で彼女は可愛い部類だと位置づけてしまっているとも言えるのか。


 まあ今はそれはいいとして。


「それでですね、今度は楓夕ふゆに可愛いと伝えてみようと思うのです」


「お前凄いこと言ってんな」


「でも男なら格好いい、女の子なら可愛いと言われたら嬉しいものでしょう」


「そりゃ相手によるが――ふむ、しかし間違ってはいないかもしれんな、お前は私のことを格好いいと一蹴したが」


「めっちゃ根に持ってますやん……」


 だが皮肉にも雨夜先生の態度こそがその裏付けとも言える、つまり楓夕ふゆは喜んでくれる可能性が高い……と。


「実は以前楓夕を褒めたり好きだと素直に伝えてから、少しが変わった気がするんですよね、だから俺はそれを続けつつも次のステップにも移行したい訳で」


「ほう? どんなことがあったんだ?」


「前はお弁当にハンバーグと唐揚げ、トンカツまで入っていました」


「それは……変わっているのか……?」


「え? 男のロマン三連星ですよ?」


「は? あ、はい」


「何にしてもですね、これを機に俺は楓夕ふゆとの距離を――」


「私との距離が、どうかしましたか」


「モッティツイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!! ――ふ、楓夕ふゆ? あ、悪い、わざわざ迎えに来てくれたのか?」


「いえ、たまたま通りかかっただけですが、どうにも貴様は最近紗希さんとの距離が近いので少し気になっただけです」


「あー、そ、そうだったのか……い、いや、別に深い意味はないんだが――」


 まずい、いくら楓夕ふゆに猛アタックをかけているとはいえ、その内情まで知られてしまうのは好ましいことではない。


 ここはうまく誤魔化さねば――と思っていると、突如雨夜先生が不敵な笑みを浮かべてこう言い出したのだった。


「ああ、湯朝がな、楓夕ふゆは可愛いって言っていたんだよ」


「な――――!? せ、先生……!」


 そんな脈絡もなく言うことではないのになんてことを……! 


 こんなのどう考えてもさっきの仕返しでしかない……どれだけ根に持っているんだよこの先生は……。


 お陰で俺の中にある頼れる姉御肌的な印象は瓦解し始めていたが、しかし今はそんな場合ではない、このままではまた楓夕ふゆを怒らせるだけ――


「……ほう、では具体的に教えて貰おうか」


「へ?」


「私を可愛いなどと宣うのであればそれ相応の理由があるのでしょう。ならば今ここで口にしてみせろと言っているのです」


 てっきり「捻り潰すぞ」と言われると思っていただけに、思いがけない発言と共に放たれた鋭い視線に俺はたじろいでしまいそうになる。


 だが……それはその通りだ。なんの理由もなく可愛いだのと言っていてはただの節操の無い男でしかない。


 楓夕ふゆがそう言うのなら、言ってやろうではないか……!


「分かった……まずいつも綺麗に手入れされた黒のショートボブに、整った顔の中に一際目立つ少し目尻の上がった、大きな瞳が無茶苦茶可愛い」


「貴様は私の顔に興味があるのか」


「いや、平均的な女子の身長より少し低めの、スレンダーな身体も好きだ」


「身体目当てだったとはな、土葬されて死ね」


「違う違う! そうじゃなくて!」


 というか土葬されて死ねは即ち生き埋めなのですがそれは。


 雨夜先生の不意打ちのせいでうまく考えが纏まらず、うっかり変態みたいな発言を繰り返してしまう、く、くそ……。


 いや気を取り直すのだ。確かに外見の可愛い所は無限だが、大事なのは内面の可愛さ、それを伝えないと楓夕ふゆの不審は晴らせんぞ!


「そ、そうだな、今のは俺が悪かった……ええと、そうだ! 例えば楓夕ふゆは好きな物は後で食べるタイプで、嫌いな物を食べる時はずっと渋い顔だけど、好きな物に辿り着いた時に少し顔が綻ぶ所が可愛いな」


「…………は? おい、ちょっと待て」


「後は……そうそう、道端で野良猫を見つけると『お前も一人かにゃ?』って言いながら警戒心を解こうと前傾姿勢で近づく所も超可愛い」


「!? な、何でそれを貴様が――!」


「それと――あれだ! 楓夕ふゆは基本的に抱き枕がないと寝れないタイプで、これは昔の話だけど確か俺が――――」


「も、もういい! 貴様の言い分は十分に分かった!」


「え? でもまだ100くらいはあるんだが――あ……」


 つい説明に夢中になってしまっていたが、よく見たら楓夕ふゆの目つきがより鋭く、耳もいつも以上に赤くなっているではないか……。


「え、ええと…………その、誠に申し訳ございませんでした」


「貴様……関節が逆になるだけで済むと思うなよ」


「逆以上とは……」


 アカン……楓夕ふゆが声を荒げるなんて滅多にないことだ。これはどう考えても今までの中で最大級のミスを犯している……。


 焦りがあったとはいえ、楓夕ふゆの態度が若干変化したからって完全に調子に乗ってしまった……これでは三歩進んで四歩下がるだ……。


 これはどうにかして楓夕ふゆのご機嫌を取らないと……あーくそ、何をやっているんだよ……。


「あぁ……」




「……楓夕ふゆの奴、やっぱりどう考えても喜んでるだろ」

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