第26話 リスク

「なんだてめぇ」

「お願いがある」

「いきなりなんだよ、かしこまっちゃってさ」


「ヒデちゃん深刻な顔してるけど」



 丘とあの名前を教えてくれない女の子を呼び出し協力を請うことにした。


 スズが言っていた人工サンドスターの研究は、下手すれば逮捕案件だ。生命倫理に触れるのはもちろん、異質なサンドスターがパークに悪影響を及ぼすことを考慮して厳しく禁止されている。



「犯罪に協力しろって言うわけか? 無理な話だ。大体所長には話したのか」

「あたし研究は苦手よ」

「もちろん今すぐってわけじゃない。ただ……期限が半年なんだ……」

「人も金もバカみたいにかかることになる」


「ここで話しても進展がないわ。カコさんに直訴しに行きましょうよ」

「協力してもらえると思うか?」

「協力しないなら俺が終わらせる」



 ______



 カコさんのデスクに着くと、そこには誰も居なかった。実験室にこもりっぱなしで全く出てこないらしい。引きこもって出てこないのはよくあることだが、丸一日姿を見ていないと聞いた時は流石に驚いた。


 もしかしてスズのことに気付いている?



「おいどこ行くんだお前」

「スズの検査結果の資料があるはずだ。取りに行くぞ」

「侵入する気か! 研究助手の権限なんてあってないようなもんだ」

「じゃあ飼育員見習いなら?」

「人にやらせる気か?」

「じゃあ大丈夫だ。わざわざ資料を盗むかどうかなんて見張るやつが居るか? それに手先は器用だろ?」

「犯罪に加担するつもりはないって言っただろ」

「よし、じゃあここで待っててくれ」



 資料くらい見せてほしいものだが、最先端の技術を取り扱っているのでまあ無理もない。


 俺は手短に気合を入れると、まず資料室の鍵を盗み出した。それっぽい台車も一つ盗んで、帽子を深くかぶれば冴えない印刷係の完成だ。俺は研究員たちに軽く会釈をしながら堂々と突き進み、カコさんの管理しているファイルのところへ辿り着いた。


 膨大な研究資料が一つ一つ丁寧にまとめられている。



「サンドスター……スズ……無いな」



 不思議なことに最新の資料が抜かれている。カコさんは既に気付いている。確定だ。



「ヒデ」

「おはようございます……!?」

「私の資料を漁って何がしたいの? 後で所長室に来なさい」



 あ、終わった。



 ____



 所長室に向かう途中、階段でスズと鉢合わせした。俺の顔を見るなり逃げようとしたのですぐに捕まえた。



「スズ」

「本当に……本気で、あれを作る気なの?」

「本気だ。嘘はない。すべてを賭けて救ってやる」

「すべてを失うだけよ」

「俺の命とタカ達が残ってれば十分だ」


「私の言ったこと嘘かもしれないわよ? シコルスキーが洗脳してるのを自覚してないだけかも」

「だったら大変だな、はは! まあ嘘ついてるようには見えなかったしな」

「どうして笑えるの」



 スズの頬を掴んで横に引っ張ると、目は笑っていないのに口は笑っているという恐怖の表情が出来上がってしまった。


 餅のような感触だ……いつまでも触っていたい。



「笑えよ」

「ヒデ凄いんでしょ? だったら別の研究したほうが良いわよ。その……お金とかいっぱい貰えると思うし」

「俺がそんな物欲まみれに見えるか? それに、空いてる時間に人の手伝いするような良い子のためなら何だってできるよ」



 スズが持っていた物を後ろに隠した。

 先程少し見えたが、ジャパリまん開発版のサンプルを運んでいるようだ。他に書類も見える。先日コツメカワウソが機密資料を丸めてお手玉をしていたのにも関わらず頼まれるということはよほど信頼されているということだ。



「少なくとも生きるのを諦めたフレンズの行動には見えないな」

「半年で出来なかったらヒデは立ち直れなくなるでしょう?」

「さあ? そうならないよう全力でやるだけだ。そのために検査とか必要になったらスズは協力してくれるか? 色々大変になるだろうから」


 スズは何も答えず俺の背後を見つめている。


「どうした?」

「今誰か……」


「噂の人工サンドスターのフレンズか」


 階段の上に白衣の研究員が二人。両方40代くらいのおそらくベテランの研究員だ。少し見覚えがあるのでシコルスキーに関わりのあるものではなさそうだ。



「あれが人工サンドスターのフレンズか」

「連れ回して何のつもりだろうか……」


「おい全部聞こえてるぞ……待て!」



 階段を駆け登って追いかけたが、二人はあっという間に逃げてしまった。

 スズのことは丘とあの女の子くらいにしか話していないのにいつの間にか話が広がっている。



 スズに一旦別れを告げて所長室に向かうと、カコさんが不安げな表情で待っていた。


「資料漁ったことは……」

「なんで私に報告しなかったの」

「その報告をしに来たらいつの間にか話が広がってたんですよ! 研究員に嫌味は言われるし、一体誰が広めたんですか」

「あなたじゃないの?」


 もちろん俺ではない。酔っ払ったりした記憶はないし、なにより然るべき時に話して協力を得ようと心にしまっていたからだ。


「おかしいわね」

「とにかく半年で完成させないといけない」

「精密検査をしたら色々な作用が判明したの」


 カコさんが遮るように喋りだした。


「作用?」

「そう。人工サンドスターは輝きとサンドスターを侵食する。サンプルを使った実験では試薬が一滴残らず飲み込まれたわ。……綿棒で取ったあの子の口の中の細胞片に一瞬でね」

「火山と、地表から吹き出す分を足すと収支は」

「全身の細胞で吸収しているとしたらマイナスよ。それもかなりの規模」


 スズが居る限り少しづつジャパリパークのサンドスターが無くなっていくということは、つまりそれ以上の何事でもない。フレンズも気候も機械も、完全にサンドスターが尽きる前に少しづつ壊れていくことになる。理論通りならサンドスター濃度が半分になればフレンズの殆どが動物に戻ってしまう。


 最悪だ。タカ達も宿のキツネ達も守護けものも他の皆も消えてしまう。


「彼女はいわば外来種よ。ここに来てはいけなかったの。そして彼女の特性上治療法を見つけるための研究もできない。仮に治療法が見つかったとして、これ以上パークに居ても他のフレンズすべての命が危うくなってしまう」


 カコさんの目に迷いなど無い。既に答えは決めてきたように見えた。



「これから会議をする。もちろんあの子の処遇についてよ」

「見れますよね」

「参加してもらうわ」



 ____



 カコさんに連れられて会議室に着くと、教科書で見るような有名な教授や学者が集っていた。よく使っていた教科書の著者と会えたことに普段なら喜んだだろうが今はそれどころではない。


 もちろんカメラなど一台もなく、完全に極秘だった。


 カコさんが人工的に作られたサンドスターとそれによって作られたスズのことを説明すると、全員固まって部屋が静まり返った。小声で隣の人と会話を交わしても二言三言程で止まってしまっている。



「そしてもう一つ。ちょうど今検査結果が届いたのだけど、あの子の体はサンドスターを吸収してしまうようなの。確定ではないけれど、ね」


 集まった教授たちがざわめき、話し声が止まらない。


 すると一人の研究者が手を上げ、同時に席を立った。


「関係ないことかもしれないが、見慣れない顔の……ああ、たしか君は主席の。どうしてここに?」

「彼は人工サンドスターを作った人間と何度も接触している。それ以上に件のフレンズとも関わりが深い」


「作った人間だと!? 今すぐ教えてくれ! サンドスターを人工的に作った研究者を!」

「名前はシコルスキー。年齢は50くらい。知的な印象はあったがそれ以上に狡猾だった。自分は安全な場所から観察して、危ないことは部下とスズに任せっきりだった」

「直接会ったのか? 話は?」

「話どころか襲ってきた。だからこっちも応戦したが守護けものは封印されて、殴ろうとするとヘドロみたいに溶けて避けるんだ。あいつは人じゃない。色んな意味でな」



 しばらく何事もなく会議が進み、情報が共有されきったところでカコさんが資料を出してきた。ファイルにスズについての事が纏められて、いよいよ処遇を決める空気に変わった。



「今の選択肢は何もせず見守る、治療を施して無害化し通常のアニマルガールとして迎え入れる、の2つが主ね。……定かではないけれどあの子はあと半年で動物に戻ってしまうらしいの。だからタイムリミットは半年後」


「何もせず寿命を待つのはあまりに残酷だ」

「治療する方法は見つかったのか」


「スズは本当に優しいんだ。タカ達とも仲良くなった。残り半年だろうと治療法見つけてこれからもずっと笑顔で暮らさせてやる! そのためにこうやって教授が集まったんじゃないのか? そこの教授、あの資料集最高だったぞ。そこも、あそこの教授も! 論文世話になった! こんな超高レベルな人達が集まったら簡単だろう! 一つの命が消えようとしてるんだ、そのために協力してくれないか!」



 俺が指した教授たちは恥ずかしそうに頬を染めて頭なんか掻いている。可愛くないのでそういうのはいらない。


「hey」


 外国人の学者?が通訳に何か喋り始めた。残念ながら俺は英語には疎い。通訳が話し始めるまで待った。



「方法はどうやって見つけるんですか? その材料の見つけ方は? サンドスターを人工的に作るなんて百年会っても足りないと思っています。仮にそのフレンズを救ったとしても出来なかったとしても、仮に事故が発生してジャパリパークが崩壊したら誰がどう責任を取るのですか?」



 続けて通訳に話している。


 あ、今ハラキリって聞こえた気がする。



「今や数が増加して4桁近くのアニマルガール達が存在しているが、それらが全て死に絶えるようなことがあったら君一人が切腹してどうにかなることではない。多くの命と科学の未来が一緒に失われることが無いようサンドスターの研究の仕方は厳しく規制されているのに、今はその法律を破るべき機会か?」


「幼い頃飼っていた犬が病気で、何をしてもダメで大量の金と時間が吹っ飛んだ。気持ちは痛いほど分かる。私と同じだ。だがリスクがあまりにも大きすぎる。残念だが私は治療に反対する。安楽死ではなく待つだけなら比較的心も傷まないだろう」


 同意はできる。通訳の口から出てきた言葉は嫌というほど脳みそにしっかり飛び込んできた。


 何を言おうか纏めていると、他の教授たちが次々と賛同し始めた。



「トロッコ問題……現実で遭遇するとはね。救うのにあまりにリスクが有るフレンズ一人とそれ以外の全てのフレンズ。ヒデ、これは……」


「両方に……決まっているだろう! リスクリスクリスクリスク……! あれもこれもリスク! スズを助けたら自動でパークが滅ぶのか! 最高だな!」

「完全な0%がなければ100%も無い。半年で完璧な方法を見つけるなんて無理だ。臨床研究と国連の認可が……」



 客観的に見れば俺は外来種を歓迎する悪者だ。猟師が必要とされるように、人間のために命を散らす動物たちはたくさんいる。でも俺は意地でもその中にスズを入れたくはない。あの笑顔を見て見捨てるなんて出来ない。


 確かにサンドスターに対する影響はあるかもしれないが、まだ研究の余地はある。



「分かった。分かりました。治療はせず経過観察することに同意は致しましょう」


「じゃあ今回は……」


「でも、もし寿命の話が嘘でスズがその後も生き続けて、なおかつ人工サンドスターが無害だと証明されたら? どうするおつもりですか?」

「確かに寿命の真偽を考えてなかったわね。所長として答えると、無害ならば歓迎するわ。フレンズとしてね。それじゃあ私からも聞くけどもし害があると分かっていながら生き続けた場合どうする?」






「私が所長として約束する。あの子が自分の存在に苦しむ前に終わらせる」



 カコさんは静かに、消え入りそうな声でしかし確かな覚悟を持ってそう言った。

 鈍器で殴られたような衝撃を感じて、気を失いそうになった。もちろん冗談ではなく本気だ。


 本物の覚悟がある。


 そしてもちろん俺にも。

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