第24話 冷たい本性

「それは温度を上げると良いと思います」


「それはもっと続けてください」


「ああそれは触媒が……やり直して下さい、最初から」



 研究所の一角で白衣の研究員に紛れて研究助手の仕事を進めている。上司や同僚と久しぶりに会い心配されたが、それきりだった。

 研究助手とは言ってもほぼ実験補助者だ。ほとんど実験、たま~に資料の整理。とはいってもほとんどAIが纏めてくれるので、その校閲のようなものだ。



「本当に学生だったの? 人生3回位繰り返してない? ねぇ」

「ただの学生ですよ」

「飼育員の試験で何があったの? 普通に考えておかしいよ」

「ちょっと人間関係のトラブルみたいな」



 見下す気はないが、研究員になる道を挫折した者が殆どを占めるこの研究室はレベルが高くない。カコさんのゼミのメンバー一人に3人がかりで追いつけるか追いつけないかという感じだ。


 そういう自分も死ぬほど努力したかといえばそうではない。分量とか経験しなければわからないはずの物が、なぜか分かってしまう。頭にぼんやりと浮かんできて、その通りにやると大体上手くいく。自慢みたいで嫌なので母くらいにしか話していないが、いつもそうだった。今もそうだ。



「なあ、かなり滅茶苦茶だなそれ……」

「ええ?」


 実験をしている一人の男。年は俺と同じくらいで、今年入ってきた研究助手だ。つまり同期ということになる。


 目立って酷い。サンドスターの試薬が変な色になっている。



「えっと、誰?」

「えっ!? 地方の大学から来た人ですけど」

「誰かに研修してもらった?」

「説明を少し」


「上司に話してくる」



 まともに研修もしないでほったらかしか。こういうのが居ると困る。試薬が無駄だ。使い方もまるでわかっていない。


 俺が報告しに行こうとすると肩を掴んで必死に止めてきた。鬼の形相だ。



「待って下さいっ!」

「え、なんで?」

「クビにしようとしてるんですよね!」


「いや、違うが」

「え?」

「相談して研修してもらうんだ。君も含めて皆適当すぎる」



 すぐに上司に相談しにいった。ちょうど来ていたのでデスクに行くと、イスにふんぞり返っている老け顔の男が待っていた。


 あっこいつダメだな。



「ねぇ~キミ誰? どうしたの?」

「相談があるんですが今……」

「え?」

「相談が」

「え? 聞こえないアヒャヒャヒャ! そういえば最近地震が多くてね、私は現役の頃は……」

「なんでもないです」



 結局そのままその日の業務が終わった。タカに会いに走り出すと、さっき話した奴が後ろからそれ以上の速さであっという間に追いついてきてまた肩を掴まれた。



「上司に会ってどうでした?」

「駄目だなって。上司なら名前くらい知っておくべきだろう」

「すごいストレートですね……でもあの人が入れてくれたからあんまり悪くは」


「もうあいつは頼りにするな」



 すまん、少年(同い年)。



 ___



「おそい」

「ごめん。ちょっと話してた」

「ヒデって話すんだ」

「俺を何だと思ってる? セルリアンか? え? 困っちゃうなぁおおたかちゃん」



 タカに掴んでもらって、まずはカッコウの足取りを追うことにした。


 カッコウ、交通手段を利用してかなり長い距離をスズと一緒に移動していたようだ。りうきうも通ったりして結局その日は追いつくことは出来なかった。



「ヒトなら分かんないの?」

「飼育員なら分かる。あの女の子も研修中だから無理だ。自力で追うしか無い。でもな? カッコウとスズが一晩で移動しているところを俺らは一日で5件以上も回ったんだ。入院したあの日から移動してるなら明日には絶対追いつく」



 次の日、また仕事を終わらせてタカに会いに行くと昨日と同じように待っていた。後ろになにか隠している?



「話を聞いて」



 するとタカの後ろからカッコウが出てきた。


 カッコウ……元は托卵という、自分の卵を他の鳥に育てさせるなんとも厄介な生態を持つ鳥だ。歌にもなるように、鳴き声がそのまま名前になっている。フレンズになった後は托卵が他のフレンズの家を転々とする、という習性として現れたようで巧みな交渉術でいろんな住処に泊まることに成功している。



「カッコウといいます」

「こんにちは。いきなりだけど、スズと一緒に居たのか?」

「はい。とってもいい子でしたよ。泊めてくれたフレンズのためにジャパリまんを持ってきたり、私にも良くしてくれましたぁ」

「何か言ってなかったか?」

「いえぜぇんぜん」



 _____



「お茶美味しいですね、クジャクさん」

「ありがとうございます。シロクジャクのお茶もどうですか?」

「私のお茶は本当に美味しいんですよ?」

「あは~いいですね~」


 孔雀茶屋でお茶を楽しんでいた所にやってきたんです。一瞬血だらけかと思ったんですけど、演劇?で赤いインクを使った後だって言うからとりあえずシャワーを浴びてもらいました。


「あなたは?」

「私は……スズ」

「何のフレンズさん?」

「シロオオタカよ」


「じゃあ私と一緒じゃない。白変種同士仲良くしましょ、スズさん」

「見ない顔ですがもしかして新しいフレンズさん?」

「ま、まあそうよ」

「じゃあ飼育員さんに言えば色々良くしてくれます。オオタカさんとも会ったら色々……」

「私が来たことは誰にも言わないで。特に人間」


 その時のスズさん、ちょっと怖い顔してました。すぐ笑ってたので良かったんですけどね。そんなわけで住処がないって言うから、一緒に行動することになったんです。


 ____



「こんな感じですね」

「今スズはどこに?」

「それが昨日急に居なくなっちゃって」



 _____



「ふああぁぁ……シマエナガさんの住処はふかふかですね……私もう意識が……」

「カッコウ」

「はい?」

「誰かに私のこと言った?」

「いえ、誰にも言ってませんよ? 誰にも言わないって約束したじゃないですか」


 本当に私誰にも言わなかったんですよ?


 そしたらスズさん、私にいろんなお菓子をくれて「ありがとう」って言ったきり居なくなっちゃったんです。



 _______



「貰ったお菓子はどうしたの?」

「あっ、全部食べちゃいました、えへへ」



 タカが呆れた顔でため息を付いた。



「お菓子なら後で買ってやるよぉ」

「そういうことじゃないんだけど、つまらない冗談はやめてよ」


「仲良いんですね……うわっ、睨まないで下さいオオタカさん」



 とにかくカッコウをこれ以上拘束しても意味がないので、礼を言って特製ジャパリまんのチケットを渡して帰らせた。


 スズはとりあえず無事なようだ。思い悩んで食事も喉を通っていなかったらどうしようかと思っていたが杞憂だった。



「無事なら良かった」

「でもこれからどうするの? もっと色んな人に手伝ってもらったら?」

「知り合いには連絡したんだけどみんな研修中だ」

「友達すくないの?」



 おっと、それは心が痛くなる。つらい。

 いや確かに友人を作ろうと努力はしてないし、元々人と絡むのが好きなわけでもないので反論の余地はないがストレートすぎる言い方で確実にメンタルが攻撃された。



「数より質だろ。ヒトはそういう生き物なんだ。生きるために必要最低限の仲間を作るんだ。ああいう……あそこに居る大学生の集団はちょっと特殊なんだよ」

「とても楽しそうだけど」

「まあ個体差はあるよね。じゃあ早くスズ探しに行こうね」

「何か作戦はあるの?」


「おそらくだがスズは野宿はしない。今も誰かの住処に居るはずなんだ。元動物の習性と今までの行動を合わせて考えると、スズは雪山ほど寒くはないけど比較的涼しいところにか行かないだろうな。それでパークの比較的涼しい場所の資料はこちらに用意しておきました」



 これみよがしにスマホの画面を見せつけてやった。これは大学の時に作ったものを少し弄ったものだ。

 タカはそれを見ると小さく頷いた。これで俺の人間としての面目は保たれた。



「更にスズが今まで使った住処のエリアには戻ってこないと仮定して塗りつぶすとこちらになります。あと一箇所ですね」

「すぐ行きましょう。さあハーネスを付けて」



 安全ベルトを差し出すタカ。何か感動した反応を期待してしまったが、俺は黙ってタカに運ばれることにした。最後の一箇所はそこから近く、10数分で到着した。



「ここはナマケモノの住処ね」

「あいつ寝てばかりだから、周りのフレンズ達が協力してあちこちにハンモックをかけたりテントを作ってやったりしてるんだ。隠れ場所には困らないし、主も無反応。隠れ場所にふさわしいな」

「空は目立つから一旦降りて地上から行きましょう」


 地面に降り立つと、早速ナマケモノに出くわした。フタユビナマケモノと、ミツユビナマケモノの二人だ。はだけた上着を着て、鼻提灯を膨らませている。


「この二人は悩みとかなさそうでいいよな」

「この間集合時間に遅刻するのが嫌だから少し早起きしていったら途中で寝ちゃって遊べなかったって言ってたわ」

「ナマケモノらしいな」


「あ」

「あ~」

「おはよう」

「かわいいなぁ」


「あ、オオタカ、さん、どうも、おはようございます。あの、だめです~」

「だめです~」



 ゆっくりとした動きで木を降り始めた。二人がかりで地面に下ろすと、ゆっくりと立ち上がってゆっくりと俺たちを見上げてきた。一連の動作に分単位で時間がかかる。


「だめってどういうこと?」

「だめなんです、これ以上は、だめです」

「オオタカさんと、ヒトが、二人できたら止めろって、言われてて……」

「あああミユビ、余計なこと、言っては、いけません」


「ふーん。それは大変ね」


 ナマケモノ二人がこれまたゆっくりとした動きで怖がる仕草をしたが、タカがあっという間に二人を木の上に追いやった。そのままおやすみ、と一言かけるとナマケモノ二人は魔法にかかったように眠りに落ちた。

 ついでに特製ジャパリまんの引換券をポケットに忍ばせておいた。



「さ、行きましょ」

「二人は可愛そうだがスズが居ることが確定したな」


 森を歩き続けて一時間、集中力が切れた頃にスズの羽が落ちているのを見つけた。雑草が根を張っているので足跡は残っていないが、その代わりに。



「血……! 嘘……」

「タカ落ち着け。戦いの跡はないぞ」

「そうね。……うん、ありがと」


 唐突に風切り音と共に何かが俺を狙って飛んできた。


「間に合わない……」


 この飛び方だと嫌な位置に刺さる。目だ。流石にきつい。

 覚悟を決めてうずくまろうとすると、俺の反応速度を超えた動きで何かが視界に飛び込み、俺を突き飛ばして立ちふさがった。


「痛ッ……」

「タカ! タカ大丈夫か!?」

「大きい声を出さないで。スズが近くにいるかも知れないのよ? 背に腹……あなたの目は変えられないわ」

「……今なんとかしてやるからな。ちょっと待ってろ」

「刺繍で指刺しちゃったのと同じよ」

「針どころの傷じゃないだろ。ほら任せろって」



「でへへ、当たった、当たったぁ」



 脂肪で気道が塞がれているのか異常にかすれた声、そして黄ばんだシャツ。見覚えのある太った男が立ちふさがっていた。あの迷惑5人集の内の一人のミジンコとか言われている奴だ。

 その手にはボウガンのようなものが握られている。



「来ると思っていましたよ」

「来やがったな馬鹿め」


 聞き覚えのある声。迷惑5人衆の二人だ。周りを見渡すと、辮髪とポニーテイルの狂った男や卑猥な刺青の女も居る。木の上には痩せた男と顔中にピアスを付けた強面の男が座っていた。狂った男は一回大声で叫ぶと、そのまま森の奥へ走っていった。


「俺のコードネームはアオミドロだ。お前の探し物はここにある」


 木に縛りつけられているスズが顔中にピアスを付けた男に脇差を突きつけられている。


「そうか。くたばれアオミドロ」

「んだとゴルア!! てめぇ自分の立場分かっとんのか!!」

「タカ気をつけ……タカ?」


「悪いけどその子も預かっておくからね」

「タカ!」


 道の駅で会った卑猥な刺青を入れた女がタカを捕まえてナイフを首にあてがっていた。


「私のコードネームはイカダモ」

「タカを離せ年増」

「とし、なん……ですって?」


 一瞬でタカも人質に取られるとは思っていなかった。武器らしいものは持っていないし、立ち向かった所でタカかスズを容赦なく傷つけるだろう。


「はは、口が達者なお方ですね。きっとボスも喜ばれることでしょうが……ハルピュイアさんに接近した以上報いは受けてもらいます。ちなみに私がマイクローブのリーダー。コードネームはアメーバです。以後お見知りおきを」


「茶番に付き合うつもりはない。コードネームが何だ? この犯罪者共め、しかもこんな若いやつがリーダー? 他の奴らは年だけとって何もしてこなかった無能な証拠だな。まっとうな職にも就こうとしない癖に、人に迷惑だけかけて良いご身分だな」

「おいてめぇ! ベラベラ喋ってると切っちまうぞ」

「出来ないだろ? さっきから吠えやがって強がるな」

「何なんだお前……!」


 賭けにはなるが、人を殺めるほどの覚悟は感じない。目には目を歯には歯をということで、狂気を持って立ち向かったら逃げていきそうだ。


 こいつら一人も逃さない。


 フレンズに手を出したことを後悔させてやる。



「うわ、普通に歩いてきたお!? 馬鹿だ、こいつバカすぎるお! ちょ、イカダモ助けて!」

「なんとかしなさい、あなた手先が器用だからボスに見初められたの忘れたの?」


「おい馬鹿てめぇ、このクズが! 人質なんてどうでもいいのか!」

「良くねえからこうしてんだ」


「これでも食らうお!」



 ボウガンの矢が放たれた。奴との距離は数メートルだったが、粗雑な作りなので初速は速くない。間一髪で避けることが出来た。


「うああああ!!」

「て、てめぇ、それ以上近づいたら! イカダモ! やれるな!」

「あんた馬鹿だよ! 友達が惜しくないのか!」


 足でミジンコの手前の地面を一瞬踏みつけると、様々な種類のトラップが発動して網やら紐やらが飛び出してきた。すぐに足を戻したおかげで一つも引っかかっていない。


「うぎゃっ!?」


 ミジンコに足をかけて転ばせ、ボウガンを奪い取った。


「他の奴らにスズとタカを開放するよう伝えろ。頭を撃たれてユニコーンみたいになりたくなければな」

「なっ! そんなことするわけないお! へっ、後で二人共たっぷり嬲ってあそんでやr、うぎゃあああ!!??」

「やりやがった! こいつ本当に!」

「ちょっと予想外ですね、これは」

「ふうん……」


 照準を足に向けて引き金を引いただけだ。大腿動脈は流石に避けたが、膝の上辺りに刺さってそれなりに出血している。


 次はアオミドロ。しかし照準を合わせた途端タカを盾にされてしまった。


「お前」

「え? え?」

「お前だよ、ミジンコ。その手は何だ? どうして血のついたスズの羽を持ってる」

「いや、これは本当に違うんだお、事情があって、その」

「事情? 悪いが俺は連日シコルスキーやらマイクローブやら変なやつに絡まれて困ってるんだ。オイナリサマは消えちまった。俺は今冷静さを完全に欠いている。さっきはタカにボウガン撃ったしな」



 視界の隅に入った手頃な大きさの枝。ちょうど木刀ほどの大きさだ。


 それを手に取り、ミジンコに向かって本気で振り下ろした。

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