第23話 見舞い
妙に冷たいシーツ
消毒液の匂いもする
「起きたっっ!! ねえみんな!! 起きたわ、ヒデ起きた!!」
「生き返ったわやだああヒデちゃん」
「良かった……!!」
「おう、おはよ……あ゛あ゛痛゛」
「起きないでください!! 起きるな! てめぇ! ぶちのめすぞ!」
ナースにブチ切れられた。
少し起きようとしただけで全身に痛みが走る。気合でどうにかできるレベルではないし、入院レベルだ。もうしてるけど。
思い出そうとするがスズにボコボコにされてから全く記憶が無いし、なんなら途中の記憶もない。とにかく酷いやられようで、今ここにいる。
「あの時は腰を抜かしましたよ。血だらけで服がボロ布みたいになったあなたが病院の前に転がってて」
「病院の前? タカが運んでくれたのか」
横を向くと母と丘とタカが見えた。痛くて直接見ることは出来なかったが、目を限界まで動かすと心配そうにしているのが見えた。
タカは首を振っている。
「気づいたらスズとヒデが居なくなってたの。それであいつ……シコ何とかが怒ってどっかいっちゃった。スズはあいつのところに帰らなきゃいけないんだって。他にも色々私に話してきた」
「ヤタガラスは?」
「ハシブトガラスが来て、住処に帰っていったわ。大丈夫だって」
「ねえどういうことなの? ヒデのお母さん知りたがってるわよ」
母は何も言わず俺を見ていた。昔から幾度となく心配をかけてしまったが、怒るということはなくいつも詳細を聞き、後はお咎めもなく普通の生活に戻る。
一度気になって聞いてみたら、やりたいように生きろとだけ言われた。何か経験して達観しているのか、本当に感情を出すところを見たことがない。
「また心配かけた。ごめん」
「パークの外から来たシロオオタカのフレンズに襲われたって本当なの」
初めて口を開いたかと思えば、早口でそれだけ言ってまた口を結んだ。声も枯れて疲れを感じる。
何を話そうか整理しているとタカが代わってくれた。
「シコ何とかから聞いたんだけど、フレンズじゃないんだって。あいつが……一人で作ったって……あの鳥っぽい姿が本当の姿だって。でも私信じない」
「オオタカちゃん。もしそれが本当のことだったら、あなたはどう思う? どう思って、なにか言うことはある?」
一体何を言ってるんだ。タカも母も。
フレンズを作る? それも一人で? あまりにも現実味がない。サンドスターは元素周期表の中のものよりずっと研究が進まず、ましてや更に複雑なフレンズの作成などもはや人間が手を出していい領域ではない。教授たちも学生たちに余計なことは考えるなと念押しをしていた。
そして母はそれを聞いて、元から知っていたかのように落ち着いていた。スズのことを聞いた時は焦っていたのに、今は逆だ。
「変わらず友達で居たい」
「良い子ね」
満足げに笑うとタカに抱きついて髪の毛を触り始めた。
「こんな美人な娘が欲しかったの」
「む、娘!? 子供になるの?」
「もちろん。最低限の家事をやってくれれば十分よ。要領良さそうだし優しいし」
「あら~~」
「なって? そのままなって? ね? ね?」
血縁関係については有耶無耶にされてきたがこの親にしてこの子ありだ。素晴らしく遺伝している。というかタカがこのまま娘になったらヤバい。語彙力がやばくなる。
毎日が感動の連続。タカが家で待ってたら何度でも帰る。一日に5回帰宅する。
もう怪我とかどうでも良くなってきた。
「動くな!」
ナースに洋画の悪役ばりのキレ方をされ、現実に引き戻された。
「ヒデの怪我はどのくらいで治るの?」
「パップのおかげで一週間で抜糸できそうですが、下手に動けば二倍にも三倍にも増えます。というか退院させませんから」
「厳しくお願いね。それと治療費はどのくらいなの?」
「治療費は一切請求しません。裁判の慰謝料を回すとか何とか」
「ああ……それは助かるわ。裁判ね。それでヒデはどうする?」
「どうするって言っても、このままだ。飼育員になってあいつの担当になるまで」
「あたしそれはやめたほうが良いと思うの。ヒデちゃんの夢なのは分かるけど、あの血の量を思い出したら止めたくなっちゃうわ」
「丘見てたのか」
「運ばれる一部始終をね」
だが俺には自信がある。実はスズにボコられて気絶した後だけ会話が聞こえていた。タカが目覚める少し前だろう。
______
「ヒデ……ごめん……」
「ああ偉いぞハルピュイア! よくやった。それでこそ私の愛するハルピュイア! えらいっ!」
「うん」
「……まだ息があるな。この醜い男どうせならば完全にやってほしかった。この本物のおもちゃで始末をつけてもいいが」
「待ってそれは……!」
「ハルピュイア」
「それは使わないで」
「ハルピュイアお前はスズなどという変な名前を貰った上、得体のしれぬ女と買い物をし飯を食い挙句の果てには風呂に入った。風呂にだ。更にこの醜い男に鈴を探してもらったと。警察に化けた私の仲間を蜂の巣で殴ってな。マイクローブの連中にも喧嘩を売っている愚行の絶えない男だ。
だがハルピュイア、お前はよくやった。できなかったら全員心臓を撃ち抜くと言ったが想像以上の出来だ」
「ありがとう。次はいつここに来れるの」
「次の外出は7年後だ。実験が多いからかなり先になるだろう」
「7年後……?」
「そうだ。それと二度とパークには連れて行かん。約束しろ」
「約束する。もうここに来なくてもいい」
「良いぞ最高だ! それじゃあ今夜は……」
「その前にもうちょっと外の空気を吸わせて。すぐ近くにいるから」
_____________
…………
「あ、何か決意したわねこの顔」
「あらやだ何か深刻な顔してるわね」
「ヒデ?」
「気を失った後スズとシコルスキーが会話してるのが聞こえたんだ。スズはあいつの所に帰るともう二度とパークに来れん。二度とだ! なんだか知らんがあいつはどんな手を使ってでもスズを引き止めるはずだ」
体が動かないのが悔しい。もどかしい。
だんだん気持ちが抑えきれなくなっていく。
「まずスズを保護してもらおう」
「危なすぎるんじゃない? そのシコ何とかさんってテロリストみたいな言動してるんでしょ。オイナリサマにも酷いことしたみたいだし」
「俺がスズに会いに行く。何か進展するはずだ」
「ヒデちゃん無茶よ! 本当に死んじゃうわよ!」
ベッドに近づいた丘をナースが食い止めた。
「何か策があるってことね」
「策なんて無い」
部屋がしんと静まり返った。本当に策はない。
ただ。
「俺をこうしたスズと、タカと遊んでたときのスズは違う。おそらく洗脳が効いてるんだ。だが今話を聞いて思ったんだが今スズの洗脳は解かれてる。その証拠に俺が今ここにいる」
「どういうこと?」
「あの場にはスズ、シコルスキー、弱ったタカとヤタガラスがいた。部外者が来たらシコルスキーのことだ、見逃さんだろう。なのに俺とスズはいつの間にか居なくなって俺は病院の前に運ばれていた。
つまりスズがここに運んでくれたんだ。あいつは俺を傷つけないと全員銃で撃ち抜くと脅されていた。だから仕方なくやって信頼を得て切り抜けた」
繋がった。スズがずっと怯えていたのはシコルスキーだ。タカと遊んでいた時に感情を出せていなかったのも全て奴の呪縛。
詳細はまだわからないがDV彼氏と同じようなものだ。シコルスキーは本当に怒ればスズも俺も遠慮なく命を奪う。
「本当に殺意があってやったなら、あいつの爪なら首を3回ぐらい狙えば確実に息の根を止められたはずだ。スズは馬鹿じゃないからこれくらい分かる。そうじゃなくても一回くらいは当たっても良い。分かってて外したんだ」
「行くなら私も付いてく。絶対行く」
「あたしね、実は所長さんに頼まれてきたの。お見舞い行こうとしたら呼び出されて」
カコさんが?
大体しゃしゃり出るなとそんな感じの念押しだろうが……
「丘、それを俺に言って良いのか」
「それって結構機密事項じゃない? オカマさん」
「いいの。スズちゃんの方が心配になってきたから」
「それでカコさんなんて言ってたんだ」
「スズちゃんに関して、一人で勝手に実験始めたら報告しろってそれだけ言ってたわ。そうは言われたけど必要なら力を貸すつもりよ」
「助かる」
「良いお友達持ったわね」
その後しばらく話していると、時間か来てしまったようで3人はナースに追い出されてしまった。
ベッドに一人きりはかなり寂しいものだ。点滴の雫を見ていると気が滅入りそうになる。
窓の外にスズが来てくれないかと思ってしまう。少なくとも恨んでなど居ない。あの事を申し訳なく思っているのなら早く声をかけに行きたい。
____
それから5日ほど経った。
母は最初の3日だけお見舞いに来てくれた。丘は最初のあの日だけ。もちろん日数関係なく嬉しいのだが、なんとタカが毎日来てくれた。今も部屋のドアがノックされ、曇ガラス越しに翼の形が見えている。
タカもすっかり慣れたのか
「今日も来てくれたんだな、タカ」
「あのヒト忙しいって」
「タカはレースの練習あるだろ」
「もう終わったわ」
なぜだかその日のタカは口数が少なかった。これじゃ本当にクールだ。
よく見ているとなにか考え込んでいるように見える。斜め上を見たり羽を弄ったり落ち着きがない。最終的に俺のベッドに座り込むとあからさまに頭を抱えた。
「よいしょっ」
「動いたら怖いナースに怒られるんじゃないの」
「今居ないから大丈夫だって。パップのおかげで傷は全部ふさがってる」
ほぼ万全の状態の俺は軽い動きで起き上がってベッドに腰掛けた。つまりタカと隣り合っている。
「セントラルのカップルみたいだよね」
「……無理」
「なあ、人とフレンズって番になれると思うか?」
気になっていたことだが、今度は完全にシカトされた。
シコルスキーがスズに何度も愛していると言っていたのがいつまでも引っかかっている。もちろんスズは嫌がっていたが、あいつの目は本気だった。
「酷くない?」
「ヒデが小さいときから私は同じような姿だった。いつの間にか追い抜かされて、それでも私は変わらない。ヒデがヨボヨボのシワシワになってもきっと変わらない。それまで私が生きてるかどうか分からないけど」
「つまり無理だってことか? でも俺は歓迎するぞ、孫みたいになっても最期にそばに居てくれるなら大満足だ」
「変なこと考えないほうがいいわよ。絶対無理だから」
タカは小さいときから相手をしてくれたし、今もこうしてお見舞いに来てくれている。これだけやっておいて何がダメなのかといいそうになったがやめておいた。
変な情が湧きそうになった。
「明日にでも退院するから、スズを探す」
するとタカが携帯を差し出してきた。写真が拡大されて白い影が写っている。間違いなくスズだ。
「バードガーデンで聞き込みしても見つからなくて大変だったのよ。どうやらカッコウと一緒にいろんな住処を転々としているみたい」
「いやすっごいな……すご、すごすぎ。とりあえず研究助手の仕事終わらせたら向かうことにする。最近行けてないからな」
「明日はよろしく。信じてるわ」
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