第22話 下ネタスーツの洗脳(プロローグに続く)
俺はオイナリサマから貰ったいなり寿司を完食した。甘めの油揚げの中にかなり具だくさんの混ぜご飯が入っていてボリュームもある。
俺は食レポはしたことがないが、それっぽく言ってみると神の上品さと欲を満たす下品さを兼ね備えていて素晴らしいと思う。食べ終えると満腹感からかとても幸せな気持ちになった。
俺の横でタカはいなり寿司を10個ほど口に放り込むと、すぐに寝息を立て始めた。疲れたのだろうか?
「オイナリサマ、なにか言いたげだな?」
少し申し訳無さそうに頭をかいて俺の方を向いた。それも正座で。
「悪気はなかったんですが、リラックスできるようにかけたおまじないがちょっと強すぎたようです。ギンギツネのこと、言えないですね……………」
抗う暇もなく、すぐに目の前が真っ暗になった。
本当に悪気はないようだが、少し恨むぞ。
___
「リーダー、今日は10件行きませんした。すいやせん、馬鹿な受け子が滅茶苦茶なメモを爺さんに渡したみたいで」
周りの男達が騒ぎ立てる。こいつらは俺の仕事仲間で、全員犯罪者。捕まるとしたら詐欺罪だ。更に全員が白い仮面をつけて素顔を隠している。俺のチームでは名前も顔も徹底的に隠すことをルールにしている。そして俺はリーダー。
そうやって捕まるようなことを、毎日飽きること無く続けている。飽きたら飯なんて食えないし、今更まともな仕事には就けるはずがない。
「金に困ってるとはいえ結局は素人だよな。まあいい、決して手は出さずに適当な路地裏に逃してやれ」
「ダメですよ! せめて目を……」
「そういうのは嫌いなんだ。やりたいなら他所でやってくれ」
その時、事務所のドアを全力で叩く音と怒号が響いた。ガサ入れだ。そういうお薬も扱っているので運命ではあるが。
「おほ~ガサ入れ大好きだ。ワクワクするねぇ」
「リーダー頭おかしいよ! 早くダクトから逃げましょう!」
「俺に続け」
そうして長年世話になった事務所は捨て置き、ガサ入れも不発に終わった。まるで戦時中のようだがいちばん重要な部屋は地下に作っていた。葉っぱも金庫も重要書類も、全て地下室に隠していた。起こりうる全てを予測して実行する。泥棒や詐欺も、頭の悪い人間には向かない。
裏山の非常口から全員脱出したと思いきや、一人足りないことに気づいたのはしばらく経ってからだった。その一人は無能だったが、俺たちのチームに仕事を押し付けるヤクザからの派遣だった。つまり監視役だ。
実は俺たちは上納金を遥かに上回る収入を得ており、そいつに大量の口止め料を払って黙らせていた。しかしガサ入れの日、そいつが裏切ってチームの貯金を半分持ち去り逃げていた。そいつだけには上の命令で全員裏切り防止として顔と名前を伝えていたので、一番捕まると厄介なやつだった。そのための大量の口止め料だったのだが。
「あいつに伝えた名前は偽名か?」
見回すと、全員頭を下げて首を振った。
「あんなアニメみたいに全身刺青の男に囲まれたら……嘘なんて付けないすよ」
「じゃあリーダーは嘘ついたってことですか」
「そうだ。所詮ヤクザ、市役所にまで行って調べることはしないと踏んだ」
結果から言うと全員捕まった。数年ほど逃げ回り、離島にまで逃げたがダメだった。
もう死ぬしか無いと覚悟した時、街で外国人の男に声をかけられて次の仕事が決まった。
それは一人のコスプレ少女の教育係というものだった。
_____
「変な夢を見ちまった……詐欺なんて絶対に御免だ……ああクソ夢……後でヤマバクのところに行こう……」
「おはようございます」
オイナリサマが何事もなかったように挨拶してきた。切り株で作ったイスにタカを座らせて、髪をいじっている。スズに切られてパッツパツのショートヘアになったのを直してあげているようだった。
昨日の記憶を辿ってみるか。いきなり雪山からここに景色が変わって、差し出されたいなり寿司を完食して……その後の記憶がない。
スズはあの姿のままオイナリサマの足元で寝息を立てていた。時間経過でも治らないか……
「ふん、揃いも揃って呑気な」
「まあまあ。この子、かなり疲れてたようですし、ね? そういえばヒデ……とか言いましたか。どうしてスズって呼んでるかお聞かせ願えますか?」
「少し前のことだが、大事にしてた思い出の鈴を探してたんだ。一緒に探して、印象に残ったからそう呼んでる」
「鈴ですか。キュウビさんみたいですね」
今スズはあの姿で寝ているが、フレンズの姿だった時に鈴を入れていたポケットのある辺りを翼で押さえている。忘れもしない。鈴を見つけた時、少し涙目になりながら大事そうに磨いて仕舞っていた。
「その辺りに恐ろしいほどの輝きを感じていた。そういうことか」
森の方からヤタガラスの声が聞こえてきたので振り返ると、3本の足でセルリアンを握りつぶしている最中だった。
「恐ろしいほどの輝きだ。こやつら目を輝かせて襲ってくるわけだ」
「そのサイズを一撃で倒すのね」
「これでも神なのだ。ただのカラスにしか見えんだろうがな」
「ただのカラスではないと思う、その足とか」
ヤタガラスが初めて笑った気がする。かなり厳格に見えるがこういうので喜ぶタイプなのか。
「オイナリサマ、まだ彼奴らはいるか」
「この森には私達の他にフレンズが二人、あとはけもの達だけですよ」
ところで。
「話の続きだ。スズについてなにか知ってるのか?」
「その質問だが、お主の見たもの聞いたものを共有しただけだ。つまり余に聞いたとて、これ以上の答えは出せん」
「オオタカさんはあの子の出自についてなにか知ってるんですか?」
タカは首を振った。
流石に混乱させてしまうと思い、スズが外から来たことは隠していた。他のフレンズより頭が回るといっても耐え難いだろうから。
「やぁっとみつけた。カラスに白狐に鷹が2匹。それに……ああ、お前か」
一番聞きたくない声が森に響いた。例のスーツの男。
俺は手元にあった石を全力で投げつけた。頭に当たるかと思ったが、数センチ横をかすめて外れてしまった。
「お主急に態度が変わったぞ。一旦落ち着け、憎悪に飲み込まれて手をかけては後悔することになる」
「あいつはスズをこの姿にした張本人だ」
「とにかく落ち着くのだ。人間には少々手に余る相手ぞ」
「オオタカさんとヒデさんは逃げてください。あの子は私とヤタガラスさんが守ります。お話はその後」
オイナリサマが半透明の膜のようなものを辺りに展開した。資料で見たことがあるが、人間やフレンズではまず破れない結界らしい。その証拠に風に乗った葉っぱが結界に触れた瞬間弾け飛んでいる。
「守るか。どうやってだ?」
スーツの男がオイナリサマの結界を紙のように掴んで易易と破壊しながら、不敵な笑みを浮かべた。
奴には神の力が通じない。
「そんな! 森全体の結界でも探知できず、特別に作った結界でも防げないなんて!」
「お主があの鷹を異形に変えた張本人か」
「所詮は動物。このパークは全て我が研究所の一部だ。素直に実験用にフレンズを引き渡せば悪いようにはしないが、まあ無駄に抵抗するミライ、カコ……そこらへんの人間を責めることだ。一人が犠牲になるか全てが犠牲になるか、奴らが実のあるトロッコ問題から逃げたせいで責任をフレンズが取ることになってしまったというわけだ」
やはり純粋な悪意だ。
オイナリサマもヤタガラスもタカも、恐怖や驚きを通り越して表情が無くなっている。
すぐに正気を取り戻したヤタガラスが額に青筋を立てて、叫んだ。
「この……この痴れ者めがっ! 心がないのか!」
「心。感情。所詮は扁桃体のイタズラだ。正義はその場で一番力のあるものが握ることになる。死ねば誰しも排泄物と同然のこの世の中で、私はやりたい実験をするという道を選んだだけなのだよ。そういう自分こそ太陽の化身の力を天から授かって、誇示したいとは思わないのか」
「余のすべきことは、皆を正しき未来へ導くこと。そしてお主はパークの外で檻に入り罪を償うのが望ましい」
「それは従えないな。実験の続きがあるのでな」
ヤタガラスの周りの空気が変わった。熱い。覇気が強すぎて、熱波のように感じられてしまうほどだ。
スーツの男の表情も流石に曇る。
「おお、怖いな。それでどうする?」
「生け捕りだ」
するとヤタガラスの頭上に赤い太陽のような光球が出現した。太陽ほどではないが直視すると目が痛く、感じる暑さも耐えられないほどになってきた。思わずタカが目を覆うほどだ。
しばらく両者ともににらみ合い、全身が光球の発する熱で汗まみれになった頃に光球の一部が解けた。解けた光球は太陽フレアのように揺らめくと、光線となってスーツの男に直撃した。
生け捕りの攻撃ではない。
「エグすぎる」
光線が当たった場所の草は灰になっていた。常人なら無残な姿で転がっているだろうが、奴は違った。
何食わぬ顔で、立っていた。スーツくらい焼けてもいいが、穴一つ空いていない。
「次はこっちから」
銃を構えると、容赦なく発砲した。弾はオイナリサマの結界を突き破り、オイナリサマの胸に直撃した。スズの時と同じ、黒いヘドロのようなものだ。音もしない。
「オイナリ! 大丈夫か!」
「大丈夫。ですが、これは一体何でしょう……痛みはないですがサンドスターを吸い取られるような……!」
「オイナリサマ大丈夫!? 黒いの取ったほうが……」
オイナリサマはタカの手を払った。
直後に膝をついた。
「ごめんなさい……これは触れてはなりません。けものに……戻って……しまいます……」
「余が一人で食い止める。お主らはオイナリを病院につれていけ!」
「ヤタガラスさん無茶です……! 私はもうだめです、どうか皆だけで逃げてください」
黒い何かがオイナリサマの体に完全に吸い込まれた。今は肩を持って支えているが、みるみる力が抜けていく。
まずい。嫌な予感が頭をよぎる。
「オイナリサマ! オイナリサマ!」
「私は守護けものですから……死んだりはしません……ですがしばらく姿を見せられなくなるでしょう。ギンギツネには心配しないでと……伝えておいてください」
「ああ、かわいそうだ」
背後から声がしたので腕を振ったが、空を切るだけだった。振り返るとさっきと全く違う場所に立っている。
その間にもオイナリサマがどんどん弱っていき、タカの胸に飛び込むように倒れた。顔色は悪くないので毒のたぐいではないが確実にサンドスターを吸い取られている。
こんな時でもオイナリサマは笑っていた。フレンズ達の前で強くあろうとする意地か。
「どうか皆さんが……健康で居られますように……」
「頑張ってくれよ! オイナリサマ! ギンギツネ待ってるぞ!」
「ふふ……それじゃ死んじゃうみたいじゃないですか、神社から動けなくなるだけですよ…………」
「オイナリサマ頑張ってよ」
「オオタカさん……あなたは友達を大切にして……輝きが重要です……パークではそれが全て……」
呼びかけようとしたが、既にタカの肩に頭を乗せて力尽きていた。あっという間に体が光になり、祠の稲荷像に吸い込まれていった。
「ああオイナリサマぁ!! 嘘でしょ、守護けものなのに」
「酷いことしやがって」
「お主ら、オイナリは決して死んだわけではない。民から忘れ去られなければ消えることはない。すぐ戻るだろう」
「そう。死んでないから問題はない。さっさと諦め……っと。話している途中くらい油断させてくれ」
ヤタガラスが切りかかったが、霧のように消えてスズの隣に現れた。瞬きをした瞬間に4メートルほどを一瞬。どういうことだ?
「さあ道を開けたまえ。神ではないお前のようなフレンズは一瞬で死ぬぞ」
「絶対にどかない。早く帰って。二度と来ないで」
「フレンズに帰れって言われた奴はお前で初めてだ。無様だなぁ」
タカに詰め寄っていたスーツの男が歩みを止めた。そういえば、とつぶやくと今度は進路を俺に変えた。
顔がみるみる赤くなっていく。こいつ、さっきの煽りがささってしまったのか?
「お前は私が一番嫌いだった愚か者と同じ顔をしている。無残な最期を遂げさせたが、この顔を見てまた思い出した」
「それでどうする? あの銃を使うのか?」
「いいや。これさ」
懐からスイッチを取り出し、一回押してから俺に投げつけてきた。何のスイッチかは一切書いていない、ボタンが一つだけ付いているスイッチだ。
「スズ! ねえヒデ、姿が戻ってるわ」
タカに呼ばれて見てみると本当に姿が元に戻っていた。懐かしいあの可愛い顔が戻ってきてくれた。
我慢できずに二人で抱きしめていたその時、ヤタガラスの声が響いた。
「彼奴が素直に戻すと思うな。再開を喜ぶ気持ちはわかるが用心せよ」
「でもほら、絶対大丈夫よ。そんなクールじゃないことするわけないわ」
「うぅん……あれ、タカ? ヒデも……私なんでここにいるの」
「スズ! 良かった! 早く逃げましょう、危ない人間が居るの」
「危ない?」
「余の名はヤタガラス。守護けものが一人。さあ行くぞ、ここは危ない」
「皆何を言っているの?」
スズの手をつかもうと手を伸ばしたが、払いのけられた。
なにか様子がおかしい。初めて会った時と同じ全てに怯えている目だ。
「スズ。混乱しているかもしれないが、俺達はスズの友達だ。このままパークで暮らすんだ。沢山の友達が待ってる」
スズは何も言わず、俺たちを疑いの目で見ている。
「ガッハッハ! 教育は成功だ。私はハルピュイアお前の家族だ。唯一の家族。愛しているよハルピュイア。さあ悪友の言葉は無視してこっちに来るんだ。……いや、その前に覚悟を示せ。ここにいる全員八つ裂きにしろ」
「わかった」
「スズ! ねえスズったら!」
「おい嘘だろ目を覚ませ!」
「洗脳とは汚い手を……!」
スズが飛び出し、最初にタカに渾身のボディブローを決めた。一切の容赦を感じない。本気だ。
「いいぞ! ハルピュイア!」
次はヤタガラス。更に速く飛び出し、具現化させたツメで襲いかかった。
「ここまで汚い人間が居るとは思いもしなかった」
体を捻って避けると、3本の足でスズを拘束した。力も経験も雲泥の差。
「何……力が……」
ヤタガラスが膝をついた。スズが追撃をするがやはり守護けもの、何度も避けて手刀で対抗している。しかし段々と力が抜けていき、ついに手刀を受け止められ、捕まえている3本の足が消え去った。
「ヤタガラス!」
「来るな! 人間が受けられるものではない! 死ぬぞ! 最初は受けられても力を吸い取られておしまいだ!」
フレンズ相手なので光球は封印しているのだろう。最後には完全に力を吸い取られ、肩をツメで切られて倒れ伏した。
「この……余が敗れるとは……」
次は俺だ。スズは理性もあり言葉も使えるが完全に洗脳されている。
「このっ! 早く静かになれ!」
「俺だ! ヒデだよ、おい!」
本気で爪を振り下ろしてきた。そこら辺に落ちていた木の枝でなんとか払い避けたが、次のツメが迫ってくる。
「あの人だけが家族……シコルスキーだけが……家族……」
「あいつ、あいつシコルスキーっていうのか! 下ネタみたいな名前だな! おい下ネタ野郎! 昨晩はシコったか!? おいシコれよ、シコって死ね!」
「そういうこと言わないでよ! 大事な家族なの!」
「そうか家族か! あいつはスズになにかしてくれたのか!?」
「私に……何か?」
「耳を貸すなハルピュイア! そいつだけはこの場で息の根を止めろ!」
「分かった」
「スズ! パークに友達が溢れてるぞ! 楽しい思い出もあるだろう!?」
横薙ぎ一閃。シャツごと切り裂かれて血が迸った。
「あいつから離れろ! 自分を取り戻せ!」
斜めの……袈裟懸けというやつか。
「優しかっただろう、ていうか優しいんだ! こんな所でダメにするな! 俺が来年飼育員になって色々教えてやる!」
「うるさい!!!!!!!」
ついにお腹を切り裂かれた。流石にまずい。
血が出すぎている。やはり奴の命令のせいか、他の二人より酷い目に合わされている。というか本当にやる気だ。
__________
プロローグに続く
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