第21話 守護けもの
映像が遅くなって脳にやってくる。
スズの横薙ぎの爪攻撃がゆっくりと動いていき、俺の体に近づく。走馬灯のようだ。スズの表情も見れるし、動きを目で追える。
しかし体が動かず、避けられそうにない。あれは無理だ。木の板を紙のように破壊する爪が当たったら、皮どころか胸骨も持っていかれてしまう。
「ヒデ!!」
目の前にタカが飛び込んできた。
だめだ。そこに居たら駄目だ!!
分かっていても声が出ず、どうすることもできない。タカはそのまま俺を突き飛ばし、そこで時間の流れが元に戻った。
「タカ!! 危ない!!」
無慈悲にもスズの爪は予測した通りの軌道を描いて振るわれた。空気すら切り裂いて、鈍い音が周囲に響く。
「タカーー!!」
ハヤブサとハクトウワシ、他のキツネフレンズ達も心配の声を上げた。爪を振るった後には切られた髪が散らばって、雪が茶色く染まっていく。
タカはすぐに飛び上がってスズから離れ、俺の横で膝をついた。
「髪だけよ、切られたの。それよりスズはもう、戻ってくれないの? ……スズ、あんなに楽しそうだったのに」
ほっと胸をなでおろした。確かにタカの髪が日本人形のようにばっさりと来られてしまっている。首などに傷はない。
しかしスズは相変わらず俺たちを威嚇してる。話してもダメだった。タカを危険な目に合わせてしまった。
「ヒデ、なにかいい作戦はあるの」
「考えてる。思ったことみんな試したのに通じなかったからな……ギンギツネの薬も強すぎて、おそらく後遺症が残る」
「聞き捨てならないわね! こんなときのために、オソクナールSSの材料を持ってきていたの。今調合が終わったからはい、使ってみて」
オソクナール……遅くなるのか。ギンギツネ有能すぎる。
「ギンギツネ! 早速使わせてもらうわ。この瓶をスズに投げつければいいのね」
「そうよ」
タカが緑色の液体が入った瓶を振りかぶって投げつけた。思わずガッツポーズすら取ってしまったが、スズはそれを翼の柔らかい部分で受け止めそのまま打ち返して来た。
「「「「「「あっ」」」」」」
瓶は弧を描き、ちょうど俺とタカの間に落ちて液体を飛び散らせた。
足元から何かが染み込む感覚がする。嫌な予感しかしない……
「なんにも変わんねえが」
「そうね。効果ないじゃない! ギンギツネ!」
「イイエ、チャントオソクナッテルワ!」
「ウワ、フタリトモコエガヒククナッテルヨ!」
ギンギツネが妙に早口で喋っている。声も高く、まるで早送りにしているようだ。
……いや違う、俺達が遅くなってるだけだ。
「ギンギツネ、なんとかしてくれ!」
「効果は10分。つまりあなた達の体感で20分よ。今ゆっくり喋っているんだけど、ちょうどいいかしら?」
「も、もうどうすんのよ! 余計大変になったじゃない!」
「時間経過でしかもとに戻らないの。我慢してね」
「ギンギツネノクスリッテイツモシッパイスルヨネ」
「ウルサイワネキタキツネ!!」
「まったく、変な薬を使うんじゃありませんよ」
唐突に大人びた声が後ろからしたかと思うと、誰かが俺の肩に触れた。薬に触れたときの変な感覚が再び体を駆け巡り、じわじわと暖かくなっていく。
「人間さん。薬の効果は私が消したので、フレンズ達を連れてここから避難してください」
「オイナリサマ! ああ、オイナリサマ!! お会いできて良かった」
「お話をしている暇はありませんよ、ギンギツネ」
落ち着き払った声の主はオイナリサマだった。パークを守る狐の守護けものの一人で、稲荷神のフレンズとして具現化した姿だ。。雪の中なのに下半身がほぼ紐一本(他意はない)なのもその力によるものだと思う。
オイナリサマが手をスズに向けると、声を上げる間もなくスズが硬直した。
「待て! オイナリサマ!」
「どうかしましたか?」
「スズをどうするつもりなんだ」
「使いのスカイフィッシュから全てを聞いています。私はパークを護る者。みなが笑顔で居られるように、神に変わって力を使います。暴れられているので少し捕まえてお話を聞くだけですから、傷つけるつもりはございません。……付いていきたい、とお思いのようですね?」
まさか心を読まれている? 神のフレンズともなるとそれくらい朝飯前か。
じゃあオイナリサマ、付いていきたいです。
「彼女をあの姿にした愚かなヒトは遠くへ行ってしまったようです。良いでしょう、私と一緒に祠へ来ていただきます。色々と事情も知っているようですし、丁度良かった」
「待ってオイナリサマ! 私も行く。私も、一緒に行かせてください」
「あなたはオオタカですね。あまり大人数になるとちょっと不安なのですが……まあ良いでしょう。二人共、私に触れてください」
「オイナリサマぁ」
「ギンギツネはフレンズ達を見守っていてください。温泉宿の女将として、頼りにしていますよ」
「……はい! オイナリサマ!」
なんだか急な展開だが、とにかく俺とスズとタカを祠に連れて行ってくれることになった。
今はオイナリサマの肩を掴んでいるが、小さい背中なのに包み込まれるような気持ちになる。邪な気持ちを溶かすような温かみもある。
「で、でも、祠にどうやって行くの? 私が飛んだほうが早いし連れて行ってあげるわよ」
「これでも神様ですから、ご心配なさらず」
「オイナリサマになんて失礼なこと!!」
「ギンギツネ?」
「う……」
「お二人共、目をつぶってくれませんか」
「え、いいけど……」
言われたままに目を閉じた。
するといきなり周りの温度が変わった。匂いも違う。先程まで冷たい風に吹かれていたのに、生暖かく湿った風が吹くようになった。銀世界で目立つ匂いもなかったのに、今は森の緑あふれる匂いが花に入ってくる。
「う、嘘! どういうこと!?」
「神様ですから。あなたももう、目を開けていいですよ」
目を開けると、俺は雪原ではなく森の中に立っていた。幻覚ではなく本物だ。動物の方の鳥がさえずり、風で擦れた葉っぱの音が聞こえてくる。
俺はその森の開けた場所に立っており、前を見ると苔むした小さな祠が立っていた。横に置いてある行灯の光と月の光が差し込み、辛うじてタカとオイナリサマが視認できるくらいだ。
「スズはどこ?」
「ここですよ」
オイナリサマが指差した先に、スズは横になっていた。揺れている光がスズの顔を妖しく照らし出している。
「ヒトも連れてきたのか、オイナリサマよ」
今度は上から、初めて聞く声がした。上を見ると、2つの赤い目が俺を射抜くような視線で見ていた。
「そう警戒しないでください。私が大丈夫だと判断したんですからね、ヤタガラスさん」
ヤタガラス。どの資料でも見たことも聞いたこともなかった。学生の時に守護けものを調べる過程で幻獣をまとめた事はあるのだが、そこでも取り上げたことのない存在だった。ただゲームとかで出ているので簡単な概要だけは分かる。太陽に棲む、三本足のカラスの神様だ。
ヤタガラスと呼ばれたフレンズは、音もなく木から飛び降りた。
パット見はハシブトガラスと変わらない、真っ黒な鳥のフレンズ。しかし血のように赤い目と、スカートから生えている禍々しい三本足がその力を周囲に伝えている。オイナリサマが静ならこっちは動の、また違う威圧感を放っていた。
「余の名はヤタガラス。そのほう……お前じゃない、人間の方だ。名は」
「ヒデです。研究助手やってます」
「覚えたぞ」
怒っているわけでもなさそうだが、歓迎もされていない。
「神様ばっかり来てるけど」
ヤタガラスとオイナリサマが横目でタカを見た。
「スズに何があったの? 最近変なことばっかりで、私……」
「怖がることはない。守護けものが何があろうとフレンズ達を守り抜く」
「とにかくスズをもとに戻す方法を教えてよ。スズは、スズは私の
「俺も全く同じだ。それに、ここに連れてきてくれたのもそういうことだろう?」
オイナリサマの顔を見ると……笑った。そしてどこからかお盆を取り出し、その上に乗っているものを掴んで差し出してきた。
「とりあえず、ご飯食べてからお話しましょうか。私も今の転移で体力を使ってしまいましたから」
「1週間連続いなり寿司生活も……悪くないな」
オイナリサマの笑顔以上にヤタガラスの生活習慣が気になった。一応報告しておこう。
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