第20話 雪山の戦い
「きしゃあっ!」
「蛇みたいな声出すな! スズ! もとに戻ってくれよ……うお!?」
変なスーツ姿の男に拳銃型の何かで黒い何かを撃ち込まれ、フレンズではない別の何かに変わってしまった。人間の体から生えている巨大な翼と、鋭い爪の生えたゴツゴツの足が俺の命を刈り取ろうと何度も何度も振り下ろされる。
ちなみにだが人間の部分の頭と胴体は完全に裸だ。つまり色々と大事なものは見えているわけだが興奮している場合ではない。
それに顔はスズの面影など無く、神話で見るタイプの超不気味な顔だ。ツルツルの顔にとりあえず顔のパーツ貼り付けました、みたいな感じ。おばちゃんっぽい。
そして謎なのが、さっきの男が消えてしまったこと。どんなに本気で走ったとしても、周りに雪しか無いこの状況であの消え方は不自然すぎた。まるで溶けてしまったみたいだ。
「しゃあっ!! ぐるるらぁ!!」
「よしよし! どうどう!」
試しに翼の付け根を掴んでみたが一瞬で振り払われた。力が強すぎる。
そういえば、何故か飛んでこない。攻撃も力任せに爪を振るうだけで避けようと思えば避けられる。
俺はなんとか避けながら、宿に電話を入れた。
誰でもいいから出てきてくれ!
「ボクだよ」
「キタキツネ!! 助けてくれ今すぐ!」
「……うるさいよ」
切られた。
「しゃぁ!!」
「だあっあぶねぇな! スズ!」
もう一度かけるのみ。
出てくれ、頼むから出てくれ。避けるのは簡単だが体力が尽きたら八つ裂きにされてしまう。おそらくスタミナもスズのほうが上だろう。
その時スズの爪が温泉の仕切りの板をかすめた。
強靭そうに見えた板材は紙のように引き裂かれ、跡形もなく崩れ落ちた。
無理やん。
「まずいってそれ、まじで死ぬから! なあ、お願いだ! せめて30までは生きたい!」
さっきから電話をかけているのに一向に出ない。あまりに出ないので寝ている人を全員起こすつもりで叫んでいるのだが、その助けも来ない。
それからしばらく一人で抵抗し続けたが、結局何も変わらなかった。
それに仮にスズを無力化したとしても、この姿から元に戻してあの優しさも復元できるのだろうか。中途半端にどちらか一方が戻るとしたら、それは一番残酷なことになる。
心は優しいのに恐ろしい姿で生きなければならないか、あのくそかわいい姿で暴れ続けるか。最悪な決断だ。
考えているのに夢中になって油断していた。
スズの起こした暴風が俺の体を浮かせ、避けられない空中で飛びかかられて地面に押さえつけられてしまった。羽を器用に使っているせいで手足も自由に動かない。
「やばっ……容赦はして、くれないよね」
「ピイイエアアアアア!!! しゃああ!! うがああ!!」
「どこからそんな声出てるんだ?」
少しでも落ち着こうと軽口を叩いていたが無情にもスズの爪が顔を狙ってきた。
鱗だらけの足を押し返して抵抗を図ったが無理だ。惜しいとかいうレベルではなく、全く力を入れてないかのようにどんどん押されていく。
咄嗟に頭をずらしたので額に風穴が開くことはなかったが、頼みの綱の携帯が粉砕された。
「うがっ! うがっ!」
どうやら特に考えてやっているわけではないらしい。つまり本能の底から驚かせられるような事をすれば、ここから脱出できるかもしれない。
だとしたら、あれしかないだろう。
この事を覚えていたときのことを思うと非常に気が引けるが、効果はありそうだ。それにこうするしか生き延びる方法がない。
俺は息を整えて、機を伺った。
「フウウウ……」
「今だ!」
俺は人間の形の胴体の、首の下らへんにある2つの双丘のうちの右の方をこれでもかと強く握った。
つもりだった。
「なんだこれ……石かよ……」
思ってたんと違う。感触が石だ。
しかも初めて感情が顔に出た。恥ずかしいとかそういうものではない。完全に怒らせてしまった。
今度は怒りの籠もった凄まじい一撃が、俺の顔を狙って放たれた。
流石に無理だ。周りには誰もいない。キタキツネは、呪いはしないが3ヶ月位ポルターガイストとしていたずらしまくってやる。もちろん風呂も覗く。
24年の人生だったが結構有意義だったと思う。パークはいいものだ。
「スズも呪ったりはしないからな……」
「それ遺言ってやつなの?」
スズ? いや違う。上から声が聞こえたかと思うと、白い影が凄まじい速度で突っ込んでスズがふっ飛ばされた。
「タカぁぁぁぁああああ……ありがとう、命の恩人だよ、どうやって感謝すればいいかな」
「お礼ならあの子にお願いね。セルリアンが居るって教えてくれたの」
「ボクだよ」
「キタキツネ! 来てくれたのか」
「ビビッと……磁場を、感じたからね、皆に教えたんだよ」
「私が全員連れ出しました。さあ、運動の時間ですよ」
そういったホッキョクギツネの後ろにはキタキツネ、ギンギツネ、アカギツネ、ホッキョクギツネ、ハイイロギツネ、クルペオギツネ、オオミミギツネ……いろんな地方から旅館を手伝いに来たフレンズが集っていた。
スズを元気よく吹き飛ばしたタカだったが、よろよろと力の抜けた飛び方で落下していき最終的にホッキョクギツネの腕の中に収まった。よく見ると歯をガチガチ言わせて全身を震わせている。
……タカは寒いのが苦手だ。
「久しぶりね、ヒデ。あのセルリアンのこと教えてくれない?」
「ギンギツネか。……ああそうだ、大事なことを言わなきゃならない。戦うにしてもあまり強い薬を使うのは避けてくれ」
俺は手を叩いてフレンズ達の注目を集め、叫んだ。
「あいつはフレンズだったんだ! 少なくともセルリアンなんかじゃない! ちょっと怖い姿をしているが、本当はすごく可愛くて優しいんだ! だからどうか倒さないで捕まえるだけにしてくれ! 頼む!」
「ど、どういうことなんですかっ!」
「現状が理解できないのね」
「ごめんよ、詳しくは後で説明する。今は自分の身を守ることに集中してくれ」
スズは最初にキタキツネを標的にした。キタキツネは紙一重で避けると、ハイイロギツネが雪玉を投げつけて挑発した。標的が移ると別のキツネが雪玉を投げたり叫んだりして注意を引きつけ、誰も攻撃させないつもりのようだ。
いい作戦だ。誰も傷つかず、スズも勝手に疲れる。
そのまま終わってくれ!
そんな事を考えていると、後ろから声がした
「ヒデ」
「………………ごめん」
俺はタカに名前を呼ばれた時、自然に謝ってしまっていた。タカも今の反応でほとんど気づいてしまったのか、ホッキョクギツネで温めてもらって緩んでいた顔が曇った。
「ねえ、あれ……フレンズ……フレンズだったって、その、もしかして」
何も言えなかった。タカと目を合わせているのもやっとだった。
「どうすればいいか分からなかった。いきなり変な男がやってきて、スズを渡せと言ってきた。断ったら……いつのまにかああなっていたんだ」
「そんなの信じられないわよ……」
「タカ、残念だが本当だ。あいつは……スズは目の前であの姿になった。体は動かなかったが意識はあったから見てたんだ。全部、全部私が見た」
温泉で休ませていたハヤブサが歩いてきた。目立った怪我はなかったようだ。
「あそこに置いてくれて感謝する。寒くてたまらなかったよ。それとハクトウワシがさっき向かったからハンターも来るはずだ。手だけは動いたから捕まったときにハンドサインで上空のハクトウワシに伝えたんだ」
「ありがとうハヤブサ。もしよかったらタカの側にいてやってくれないか? 俺は責任を取らないといけない。スズを捕まえなきゃいけない」
「なあ1つ聞いていいか?」
「どうした?」
「あんな感じに、フレンズが別の姿になることってあるのか?」
「動物からできたフレンズが変身することはまず無い。だが四神は化身体を出すと聞いたことがある。噂だがな」
「そうか。じゃあ四神なら分かるかもな。とにかく分かった。気をつけろよ、ヒデ」
「頼む」
俺はスズの方に向き直った。相変わらずキツネたちが挑発を続け、スズが遊ばれている。しかし動きが全く鈍っていない。
作戦は良かったが、スズの体力が高すぎた。
それどころかイライラが溜まったスズがだんだん挑発が効かなくなり、ついにハイイロギツネが凶爪の攻撃を受けてしまった。そのまま3メートルほど宙を舞ってなんとか着地したものの、何箇所か痣ができて少し血が滲んでいる。
後ろを見ると、顔を隠しているのでよく見えないがタカがホッキョクギツネとハヤブサに声をかけられていた。
あのクソ野郎と会った時は人生で初めて感じた純粋すぎる悪意に、怒りより驚きのほうが強かった。だが今は違う。血が沸き立っているのを感じる。
言葉で言い表せるレベルではなかったが、強いて言うならもし仮に奴が血を流して道に倒れていたら笑って横を通り過ぎるくらいだ。
こんな事を思ったのは人生で初めてだ。俺はあいつを絶対に許さない。
「スズぅうう!!!!!!!!!!!!!!! お゛い゛聞゛け゛!!」
フレンズ達が一斉に振り向いた。スズも爪を構えたまま俺の方を睨んでいる。
「操られてるんだかなんだか知らんが友達を傷つけるのは無しだ! そのカッチカチの胸に手を当てて考えろ! スズお前なら分かるだろ!! 名前も知らん女の子をゴミみたいなデブから助けたの思い出せ! スーツ野郎の思い通りになるな!」
「う、動きが止まったのね!」
「どういうことですかっ!?」
「止まった……」
相変わらず敵意は感じるが、何故か襲ってこない。
……いや暴れだした。
「やっぱりだめなのね、戦うしか無いのねー!」
「いや皆は離れてくれ! 俺が出て話す!」
「無茶よ! 私が薬で止めるしか無いわ!」
「論理的に考えろギンギツネ!」
「いやそれかなり強引じゃない……論理どころじゃないわよ」
「待って、よく見るとボク達を狙ってないよ。きっと一つの体の中で魔王と勇者が戦ってるんだ。げえむで見たことあるよ」
例えはよく分からなかったが言いたいことは分かる。実際スズは誰を襲うわけでもなく、叫びながら地面をのたうち回っている。
「俺が出るから止めないでくれ。スズが苦しんでる」
俺の声が届いたのかはわからないが、確実に葛藤を生み出した。ということはまだ優しい心が残っている。
多少可愛くなくても、性格だけは元に戻して俺一人だけでもそばにいてやりたい。
だからちょっとくらいリスクを犯してでも、この場で葛藤しているスズを導いてあげなければ。
「ギャアアアアア!!!!! ガアアア!! シャア!! シャアア!!!」
「スズ」
宝石のように赤く充血した目が俺を睨みつけた。だが爪は来ない。
「グウ・・・」
「友達が待ってる。戻ってくれ、スズ」
俺が一歩進むごとに、スズが一歩下がる。
ついに温泉宿の壁まで追い詰め、スズの逃げ場がなくなった。スズは一歩ずつ距離を詰める俺の足をじっと見つめ、低い声で唸っている。
「俺はスズの正体がなんであれ構わん。ただ幸せにはなってもらう」
「ピイイイ!!! キャッキャ……ピイイエエアアアア!!!」
ついに、あと30センチの所まで追い詰めた。俺が雪の上に座ると、スズが匂いを嗅いできた。驚くほど熱い鼻息がかかっている。
しばらく襲ってくる様子がなかったので、手を伸ばして翼の付け根に優しく触れた。見た目こそ変わってしまったが、どさくさに紛れて尾羽根を触ったときと同じ感触だった。
「スズなんだな、やっぱり。どうだ落ち着いたか? ほら、ジャパリまん」
しばらく見つめ合っていた。パット見は神話にありそうな不気味な顔だが、よく見るとスズの顔の特徴が感じられる。充血も治って、綺麗なブラウンの瞳に至ってはそのままだ。
「家族とか言ってたな。どうせなるなら、俺達となろう。タカ達が待ってる」
「フウー……ピ・・・ピエエエアアアアアアアアアアア!!!」
ひときわ大きな方向を上げたかと思うと、また目が充血して恐ろしい顔に変わっていた。家族と言ったのがまずかったか。
大きな翼を再び広げて俺の手を振り払い、足の鉤爪を開いた。
「だめだスズ、だめだ。落ち着いて。俺は敵じゃない。スズ、スズ! 駄目だ落ち着け。深呼吸しろ、頼む。タカの顔を思い出せ。ご飯美味しかっただろ……」
気づいたときには鋭い鉤爪が俺の胸を横切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます