第18話 雪国の温泉で力尽きたイエティ
「それ、食べたい」
「大事な話ってええ、天ぷら食べたかっただけならいつでも言ってくれればいいのに」
スズの手元にあった蕎麦は緊張していたせいか殆ど減っていなかったが、いきなり全て完食するとタカが持ってきた天ぷらを食べ始めた。一口、二口、完食。かなり大きいかき揚げが二口で消えた。恐ろしい。
「そんなにお腹減ってたのね」
スズは無言のまま天ぷらを食べ進めいつの間にかタカの持ってきた天ぷらどころかザルに乗っている蕎麦も強奪し、あっという間に胃に収めてしまった。
もはやいっぱい食べる君が好きとかの次元ではない。
それにはさすがのタカも頬を膨らませて抗議し始めた。
「ねえー嘘、1つ2つなら許すけど全部って何よ。ていうかお蕎麦まで食べるなんて聞いてないわよ! スズなにか言いなさいよ。あーもう、また注文しないといけないじゃない」
「むぐ……もぐ……」
「スズー?」
頬の動きが無くなり、喉仏が動いた。さすが元が鳥なだけあって飲み込むのも早い。
スズは今ので満腹になったのか、いつもと打って変わって穏やかな目でタカを見つめている。
「もう何よ、穏やかな顔しちゃって」
「ッ……!」
スズが今までどんな生活を送ってきたのかはわからないが、今はかなり幸せそうだ。通信塔に籠もって居たときはほんの少しのジャパリまんしか食べていなかっただろうし、今タカと一緒に食事をして響くものがあったのかもしれない。
それに、アスレチック施設に居たときは仏頂面で立っているだけだったがタカとアパレルショップに行ったときはいくらか緊張がほぐれているように見えた。試着も嫌々ながら受け入れていたし、今も落ち着いて食事をすることができた。相変わらず人混みを見つけたりした時はタカの後ろに隠れるし、知らない人にはメンチを切っているが。
それでもタカがこうやって連れ出してくれたおかげで、確実に何かが変わった。同じ種族のフレンズだと通じ合うものがあるのかもしれない。
「ちょ、うわっ!?」
タカの声が聞こえたので急いで視線を戻すと、スズがタカに思い切り抱きついていた。
まずいですよ! 周りの人めっちゃ見てるよ! あんなに全力で抱きついてたらこっちまで穏やかになっちまうぞ!
そんなことお構いなしにスズは全力で羽まで絡ませて、前髪を胸にこすり付けている。あそこは鳥で言うクチバシの部分だ。鳥の場合かなりなつかないとあんなことはしない。
「ご飯食べて安心したの?」
「うん。……ごめん」
「別に嫌じゃないわよ?」
「……トイレ」
スズはそれだけ言うとタカからそっと離れて、走っていってしまった。去り際に一瞬悲しそうな顔をしていた。何かあったのかと思ってよく見てみたがタカは呑気にコーヒーを飲んでいる。二人の間に何かあったわけではないようだ。良かった。
しかしスズはなにか思い出したのか? トイレとは言っていたが間違いなくトイレではない。何かあるに違いない。
行くか。
後をついていくと、スズは一応女子トイレに入っていった。
「他の人は居ないが……流石に良心が邪魔してくるか」
幸い男子トイレと女子トイレの間の壁が薄かった。それならば壁に張り付くのみ。
うん、よく聞こえる。男子トイレと同じ構造ならばスズは個室が並んでいる前を通り過ぎ、洗面台の辺りで立ち止まった。
「どうしよう」
今までで一番大きなため息をついた。おそらく顔?を洗っているのか水が出る音と紙を引き出す音の後に再び静寂が訪れた。
足音だ。誰かが来る。男子トイレではなく女子トイレの方だ。
「オオタカのコスプレなんかしちゃってどうしちゃったの? お嬢ちゃん」
「なんでここに……!?」
女の声だ。スズに話しかけている。
この声どこかで聞いたことがあるような?
「まだ表向きに手を出してこないから、一人で何とかできるから大丈夫、とか考えちゃってるわけ? そんな事考えてないで早く戻ってきなさい」
「すぐに……戻るわ」
「それに一緒にいるフレンズは何なの? 説明して」
「あれは勝手についてきただけよ。来るなって言っても……勝手に……」
「じゃああなたが率先してアスレチックで遊んだ後アパレルショップで可愛い服選んでチヤホヤされて、おまけにこんなところにまで来て蕎麦を食べに来たってこと? 天ぷらを15個も食べた挙げ句人前で抱きついたのも? へぇ随分豪快な性格になったんだね、尊敬しちゃうわ」
「……りたくない」
「えぇ? もっと大きな声で言って」
「いつまでに帰ればいいの」
「いつまで? じゃあそれまでここに居たいってことでいいのね」
「ちがう、そういうわけじゃ」
「強いて言うなら今すぐ。そもそも今ここにいる事自体おかしいってわからないの? ボスが困るのももちろんだけど、あなたの命も危ないんじゃない」
命? どういうことだ? それにボス?
「残り1年になったら帰るのを条件にここに来るのを許されたんじゃないの? まあ残念だけどちょうど今日、設定寿命まで364日。約束を破った以上あなたの次の外出のチャンスはなくなったけどね」
「ぐ……う……」
設定寿命……?
「今すぐ大切なお友達を獣に戻してあげようか」
「それはっ! お願いやめて!」
「へぇ必死じゃん」
「うわっ!? 不審者!?」
俺は男子トイレに入ってくる中学生に気づかなかった。マスクとサングラスで人相を隠していたせいで驚かれかなりの大声を出されてしまった。
「悪い人とかじゃないから通報しないでね、ね?」
「ひぃいい!!」
中学生が携帯を取り出したので俺はすぐに逃げた。スズと離して脅していた女も気になるが……
「おいもしかしてあいつ」
建物を急いで出ていく女を見て、気づいた。さっきスズと話していたのは、イカダモとか呼ばれていた頭のおかしい5人組の奴らの内の女だ。卑猥な刺青がその証拠。
「待ちやがれっ!」
女のスピードはそう早くない。店内を不審者姿のまま駆け抜け、女の後を追った。スズにあんな脅ししやがって、しかもあいつは今捕まっているはずだ。ミジンコもそうだが、奴らは脱走が得意なのか?
「この
「私にそんな事言う男初めて! ああくそ、このままじゃ追いつかれるっ」
「女だから手加減すると思うなよ
後少しでこの女に追いつく。1メートル、30センチ、1センチ……指が、触れた!
「女性を追いかけ回して何のつもりだ」
「違う! とにかく通せ!」
見知らぬ男が急に間に入ってきたかと思うと、進路を遮ってきた。
「ありがとう、あなた紳士なのね。……バーカ」
「クソが! おい待て! せめてスズに謝れ!」
「待て! 君を今から警察に連れて行くからな!」
遮ってきた男が女を見て嬉しそうな顔をしている。まあ確かにマスクとサングラスの怪しい男が美人な女を追いかけていたら女に味方するよな。
「まあ、待て。……あっあそこに超美人な女子高生が!」
「えっ? どこにいるの」
「ほらあそこの、もっと近寄らなきゃ、もっともっと」
馬鹿で助かった。
「ごめんタカ。待たせちゃった」
「良いのよ。私もお腹いっぱいになったし、次は温泉行きましょ?」
「それは……」
「遠慮しないでいいのよ。私毎日練習してて疲れてるし、スズも疲れてるでしょ。一日くらい遊んだって良いわよね」
「え、えっと、その」
「ん?」
「なんでも無い。温泉行こ、タカ」
あの話のことは、今日遊び終わるまで聞かないでおこう。女には絡まれてしまったが、今日くらい嫌なことは忘れて楽しんで欲しい。
その後俺は例のごとくバスの後ろに張り付いて移動した。店長を呼ばれかけたギリースーツは新調し、さらにステルス性を高めている。
しかし移動が長い。そしてだんだん寒くなってきた。しかも一回トンネルに入ったかと思うと中々出てくれない。後ろに張り付いているので視界は良くないが、それでもいつまでもコンクリートの壁だと悲しいものだ。
「一度スタンドニ止マッテ、クローラーヲ付ケルヨ」
クローラー、雪の上を進むときに付ける、取り外し可能なキャタピラのことだ。
ちょっと待て、じゃあこのままスタンドに止まるのか? 頼むからやめてくれ。ああ最悪だ、本当にスタンドに止まった。しかも多くのラッキービーストが倉庫から出てきて、作業を手伝い始めた。
「手スリニゴミガ絡マッテルヨ」
「草ダネ。掃除シヨウカ」
やめてくれ!
「イヤ、次ノ車ガスグ来ルヨ。ソノ時間ハナイネ」
助かった。
バスはクローラーを付けるとすぐに発車し、再びトンネルを進み始めた。進むたびに寒さが酷くなってくる。
待て、クローラーを付けたということは、これからこのバスは雪の中を進むってことか?
俺の予想通り少し走った後トンネルを抜け、景色がコンクリートの壁から一面銀世界に変わった。綺麗だが流石に寒い。俺もまさか雪国に来るとは思わず防寒具は持ってきていなかった。
バスが目的地の温泉宿に付いた時、既にギリースーツに雪が吹き付けて自然に雪国仕様になっていた。バレないのはいいことだが寒い寒すぎる。
二人は受付をするために宿に向かったので、俺も匍匐前進でその後を追った。宿の中は人間が経営するものと変わらず、かなり綺麗で整った飾り付けがしてある。
「イエティ!?」
「ギンギツネ!? 俺だ、ヒデだっ! これギリースーツだから! イエティじゃないから!」
「イエティが宿に何の用? 温泉に入りたいの?」
「寒い……やっぱいい……」
纏わり付いた雪が体温を奪って、話す気力すら無い。辛いが俺は再び外に出て、スズ達が入る温泉を探した。温泉はそれぞれ木の枠で仕切られており、一つ一つがテニスコート半分くらいの大きさになっている。大浴場もあるが、気にする人はこの仕切られた風呂に入れる。おそらくスズは気にするので、この仕切られた風呂に来るだろう。
「温かいわね、スズ」
「毛皮……脱ぐの?」
「全部取るのよ。さっきあなたが着替えたように全ての毛皮を取って、ツルツルになれば準備オーケーね。これは人間のクールな作法よ」
ああ寒い。見つけた。おそらく今タカは風呂でスズは脱衣所だ。流石に覗くと法律的にアレなので、木の枠に耳を押し付けた。木の板は少し暖かい気がする……いや気のせいだった寒い。
「恥ずかしいかも……いや恥ずかしい……」
「じゃあ入るまでは私向こう向いてるわね」
寒い……尊い……寒い。
「入ったわね。振り向くわよ」
「うん。こういうお風呂って初めて。温かい消毒液が壁から出てくる部屋でしか入ったこと無いから」
「え? 何よそれ、変なお風呂に入ってたのね。それと実はこのお湯って、地面のずっと下にある熱すぎて溶けちゃった岩が温めた水らしいわ」
「この近くの火山はサンドスターしか出さないはずだけど、そんなマグマ溜まりあるの? おそらくこれは地熱を使った非火山性の温泉だと思う」
「え? スズ詳しいのね……どこで習ったの?」
「パークの外」
「え」
「いやなんでも無いわ。飼育員……よ」
そろそろ限界が近づいてきた。手足の感覚がない。寒い。温かいのが羨ましい。
「浮いてる……スズの……」
「え? 何が?」
「いやなんでも無いわ。独り言よ」
やばい、死にそう。
「スズ、よく喋るようになったわね。連れてきてよかったわ」
「じゃあ喋らない」
「ええ? 寂しいわね」
ついに限界を迎えた。心が折れた。というか身も心も等しくぼろぼろだ。
既に感情は無くなっており、感覚の無くなった足は生存のために動き出していた。一番近い安置、スズ達が入っている温泉に向かって。
もちろん木の仕切りがあったので、体力を全て振り絞って手をかけ、覚悟を決めて一気に乗り越えた。
悲鳴が聞こえる気がする。だが関係ない。一歩進むたびに視界も音もぼやけていき、だんだん気が遠くなっていく。
俺はそのまま温泉に向かって突き進み、足に温かいお湯が触れた瞬間糸が切れるように気を失った。体力が完全に尽きた。
「浴場で………………欲情……………………」
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