第16話 タカのパーク一周旅行

 あれから1ヶ月ほど経った。


 特に面白いこともなく、研究助手として雑用をこなす日々。仕事のないときはパークを駆け回ってスズを探したが、何故かヒントすら見つからなかった。


 もう会えないんじゃないかとも思い始めていた。



「今日の練習は終わりだ。3人共お疲れな」



 スカイレースの日が少しづつ近づき、気合の入った3人の練習に俺は付き合わされていた。特にやることもないので良い気分転換だ。


 車など余裕で追い越す凄まじい速さで飛び回ったり、障害物を避けながら競ったり、3人で重りを持ったまま一緒に飛んだり。本番はかなり重いフレンズを重りとしてかごに乗せ、それを3人で持って山を越える。


 毎年開催されるレースでタカとハクトウワシとハヤブサのチーム「スカイインパルス」と、「スカイダイバーズ」という別の猛禽チームが交互に1位を取り続けて強豪チームとして知られており、人間離れした動きで多くの人を引きつけ、PIPの次くらいに有名なチームになった。


 しかもチケット代や周辺に出る露店のおかげで経済効果も結構すごかったりする。



「グレイトッ! 二人共、いい動きだったわね! ヒデもタイム計測ありがとう」

「新しい練習メニューだったけどどうだったかしら?」

「障害物はもう嫌だ……今日だけで4個もタンコブができてしまったぞ、タカ」

「それはハヤブサが強引に突っ込むからでしょう?」

「私は突っ込むのが仕事だ! セルリアンだろうと何だろうとな」


「もう良いでしょ二人共」



 ハクトウワシが練習場の隣の池に頭から突っ込んだ。本当はシャワーを建設する予定だったらしいが、せっかちなハヤブサが池に突っ込むようになったのを見て結局白紙になったらしい。


 タカとハヤブサも続いて池に飛び込んで汗を流し始めた。


 後で池の水汲んでおこう。わらび餅とか作ろうかな。



「あふっ、おふっ」

「無理しなくてもいいのよ?」

「余計に疲れるぞ」


「良いの。これはグレイトなバタフライよ! 上手になったでしょう」



 確かに傍から見たらバタフライに見えなくもないが、豪快な動きの割に1ミリも進まないどころか逆に沈んでいるように見える。ハクトウワシは海鳥だが、泳ぐことができないのが影響しているようだ。


 それに比べてタカとハヤブサは、大量の空気を吸い込んで水中をすいすいと泳いでいる。けものプラズムの出力を器用に調整して抵抗まで減らす徹底ぶりだ。



「何を書いてるの」

「タカ。これは報告書だよ……せめて水絞ってから来てくれ」

「あら、悪かったわね」



 頭の羽を豪快に羽ばたいて水を切り、後ろの髪の毛も一緒に纏めてポニーテイルのようになった。セミロングで長さが足りないので後ろには少ししか出ていない。


 上着の水を絞るのかと思って見ていると、一瞬目を閉じて集中し上着をまるごと消した。けものプラズムで出来ているものは自由に出したり消したりできる。良いことを教えてくれた。


 なんとその勢いでタイツも消してしまった。さすがにその格好は来るものがある。上はシャツだけで、下はスカートとローファーのみ。湿っているので体の形も分かってしまい、雑念が沸く前に俺は頭を下げた。



「恥ずかしくないのか? 男の前だぞ」

「男とか言われてもよくわからないわ」

「……裸は?」


「忘れるまで殴る」



 忘れる前に死んでしまうだろうな。恐ろしい恐ろしい。


 フレンズの羞恥心が発生するポイントはよくわからないのだが、高校生より鈍感なくらいだろうか? メキシコサラマンダーとかは水着のまま平気で商店街を歩くし、今もタカがかなり露出の多い格好でも平気で居られる。まあ流石に裸は恥ずかしがるか。


 だとしたら貞操観念ってどうなってるんだろう。



 

「あまり見られると流石に恥ずかしいわ」

「すまんな」







「久しぶりに良い気分転換になった。ありがとうな」



 練習が終わり、タカが俺を寮まで運んでくれることになった。雲の上を飛び続けていて暇だったので話しかけたが、何も返事がない。



「タカ、言うべきかしら?」

「相談するいいチャンスだと私は思うがな」


「ヒデ」



 相談? 一体何のことだ? スカイレースの練習法とか?


 残念だが俺は剣道くらいしか経験していないので教えられることはなにもない。猛禽に足さばきを教えても意味がない。



「先に住処に連れていきましょ」

「ならハリアップ! ……待たせちゃ可愛そうよ」

「早く行くぞ」



 結局俺は何のことかわからないまま住処まで連れて行かれた。ここ一ヶ月一度も入れてくれなかったのに、なにかおかしい。



「どういうことだ? 話を聞かせてくれ」

「ヒデは静かにしてて。絶対に何も言わないこと。守れないなら怪我するわよ」

「終わるまで箱に入ってて。悪気はないのよ、許してね」

「ははっ無様だな」



 質問される間もなく俺は3人がかりで箱に詰め込まれ、外から鍵をかけられた。


 ひどくない?


 だが流石に怪我はしたくない。俺は律儀に息を潜めて待っていると、ドアが開く音とともに声が聞こえた。



「ちょっと出てきてくれないかしら?」

「ヒトを呼んだの?」



 スズ!? スズの声だ!


 おもわず驚いて跳ねてしまい、頭を箱の天井にぶつけてしまった。



「誰!? やっぱりヒトを連れてきたのっ!?」

「ヘイ、私達は信頼して良いフレンズよ! ヒトなんて居ないわ」

「そういうのが一番怪しいのよ。 ……やっぱり頼らなければよかった」

「あなたとは一悶着あったけど、同じタカとして誇りに思ってるわ。少なくとも敵だとは思ってないわよ」


「そう……でも、もう行かなきゃいけないの。私の居場所はパークの外だから」

「外……!? そんなことしたら、動物に戻るわよ! 何言ってるの!」

「戻らないわ。私の体は特別なの。それに本当の家族が私の帰りを待ってる」

「その家族ってどんなやつなんだ? フレンズか? 動物かー?」


「人間、よ」



 声を聞いた限り、帰りを楽しみにしてるようには聞こえない。パークが楽しいから帰るのが嫌とかいう次元ではなく、深すぎる闇を感じられた。



「もう迎えが来てる。匿ってくれてありがとう」


「待って。その前に話をしたい。二人きりで」


「え……」



 外は見えなかったが、ハクトウワシとハヤブサは何も言わずに飛び立っていったのが分かった。


 最初はお互い警戒していたようだが、耳を澄ましていると、スズが穏やかに話し始めた。



「たくさん友だちがいるのね。私ずっと見てたの」


「ここの下によく集ってるのはファンよ。スカイレースを頑張ってたらいつの間にかヒトがたくさんついてくるようになって……ってそんなこと関係ないわね。ハクトウワシとかハヤブサとか、大切な友達がいるわ。生まれたときに色々教えてくれた飼育員さんもヒデも、他のいろんなフレンズも……」


「幸せ?」


「幸せ。ちょっと変なヒトもいるけど、色々面白いことが尽きなくて楽しいわ。それよりあなたは……ああ、名前を教えてちょうだい?」


「名前、名前か……フフ」




「スズでいいわ」


「スズ……スズ。良いわね。どうして?」

「昔この鈴を大切なヒトから貰ったの。とっても優しくて誰より強くて……とにかく私の大切なヒト」

「初めて笑ったわね。よく見るとタンチョウぐらい綺麗な顔じゃない?」


「……どうも」


「ねえ、やっぱりもうちょっとパークに居て欲しい。お願い」

「それは、駄目。あなた達こそこの場所で本当に幸せなの? 整備し尽くされた偽りの自然の中で争うこと無く、食べ物もすぐ手が届く。ケモノらしさなんて全く無い。人間と全く同じ」


「私はフレンズだから、争ったりする必要はない。それに友達と一緒に遊んで笑っているときが幸せだって、本心で思ってる。もし私が知らない間にヒトに洗脳されてたとしても、私は今本心で幸せって誓えるわ。自信があるの。もちろん強制するつもりじゃない。せめて少しでもパークで暮らして体験して欲しい。もしそれでだめだって思ったらそれまでよ」



 スズは何も言わなくなった。


 しばらく続いた沈黙は、タカの手を打つ音によって遮られた。



「パークを回ってみない? 二人で」

「嫌よ」

「ちょうど私コスプレセットのサンプルを持ってるの。このカツラをつければ、私達はオオタカのコスプレをした一般人になれるわ。ね? 行きましょ」

「嫌って言ってるでしょ! 掴まないで、離してっ!」



 ドアが閉まる音がしたかと思うと、それきり音がしなくなった。


 …………誰か箱から出して?

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