第15話 やっと探したもの
例の女の子は無事に親に引き渡された。会えなかったお姉ちゃんとも再開し、涙を流して再開を喜んでいた。
管理センターの職員たちが見送る時、姿が見えなくなるまで何度も振り返って頭を下げていたそうだ。
「協力してくれてありがとうな」
「良いんですよ。大変な時はいつでも連絡してください。……これをヒトに渡すのは初めてですが、次も頼りにしてくださいね」
そう言ってキンシコウは名刺をくれた。セルリアンハンターの事務所の電話番号らしい。
「おう。そういえばヒグマとリカオンはどうした?」
「あの二人はトリモチを洗いに銭湯に行ったきり帰ってこないんです。連絡はしてるんですが、まだかかるみたいですね」
「ああ……そういえば全身ベトベトだったな」
「あ、あの鳥の子さんどこへ行ったかわかりますか? ヒトなら分かると思ってて」
「それは分からん。もしかしてハンターが追ってるのか?」
「どうもヒグマさんが警戒してるみたいで、今増員をして追ってるんです。なんか野生の勘だとか。……私は、警戒する必要は無いと思ってるんですが」
「警戒する必要はねえよ。あいつはフレンズ、ただのフレンズだ」
「そうですよね……」
ちょうど研究所から呼び出されたので、特製ジャパリまんの引換券を渡してキンシコウに別れを告げた。
かわいいなぁ、かわいいなぁ。えちえちレベルで言えばフレンズの中で1番だと思う。あのお世辞のようなヒラヒラ付きのハイレグ、サンドスターさんの性癖丸わかりである。
そんなことを考えながらキンシコウと話していたのだが、なんだか少し避けられている気がしてきた。しょうがないね、男の子(24)だからね。
「キンシコウちゃんエロくね?」
「結構です、さっき家でキンシコウしてきたんで」
「さすがプロ。えらい。さすが。キンシコウは動詞だってそれ一番言われてるから」
研究所に行く途中、バスで同人誌サークルの旧友と出会った。俺は大学で勉強したことを悪用、ではなく応用して、フレンズの同人誌を大量に発行していた。即売会では列を整理するために毎年壁際に配置され、人気もかなりのものだった。
フレンズの目に触れる可能性があるという理由で即売会では主に健全な百合系を扱っていたが、オンラインではガッツリ交尾モノも大量に出している。
「飼育員なれたの? 白衣着てるけど」
「色々あって落ちた。今は研究助手をやってるが、来年必ずリベンジする」
「担当はオオタカちゃんにするのか? あの、お前が溺愛してた子」
「いや、担当は別のフレンズにする予定だ。フレンズの希望が第一だがなんとかして通す。他の客居ないから言うが、シロオオタカのフレンズだ。未公開だがな」
フレンズは飼育員のもとで一定期間カウンセリングを行い、人前に出せる精神状態だと判断されて初めて一般公開がされる。公開と言っても何かするわけではないが、グッズやブロマイド制作の許可が降りるのだ。後は遠足の付き添いとか。
「結局オオタカじゃん。やっぱ好きなの?」
「好きか好きじゃないかと言われれば、好きだ。恋愛は未経験だがな……結婚するならタカかな」
旧友が大げさに身をのけぞらせて目を見開いた。
今爆弾発言したような気がするが、意識せずにスラスラと出てきた言葉を口にしただけだ。結婚……考えたこともないが。
「やべえよお前」
「ええ? 変なこと言ったか?」
「なんつうか……フレンズってその気にならなくね?」
考えてみると俺は逆に人間の女の子に欲情したことが一度もない。俺とこいつは合うようで合わないみたいだ。
「なんかさぁ、動物園の動物って可愛くてもペットにしようと思わないじゃん?」
「まあそうだな。合法の購入ルートもわからないし維持費がかかっちまう」
「そう! 後、ジュニアモデルみたいな、超美人な高校生とかってもちろんヤりたいとは思うけど高嶺の花すぎるのもあって付き合うとは思わないよな。そういうのモノにできるイケイケ野郎だったとしても、なんか生活感が合わないっていうか」
「俺は人間の女の子が分からんからなぁ」
「それにさ、仮にそこを突破したとしても性別の壁みたいなの、感じねえか? 人種とかじゃないんだ。黒人でも白人でも可愛くていい子なら好きになれるけど、フレンズは違う。クソ可愛い男の娘見たときみたいな引っ掛かりがあるじゃんか。心の奥底で本能が断っちゃうんだよ。ロリコンじゃないと幼女食えないみたいなそんな感じだ。まあ全然ヤりたいとは思うよ? コウテイちゃんとかキンシコウちゃんとか、最高に興奮する」
マジで? そんな言う?
なんか性的嗜好とかそういうレベルじゃない考え方の違いを感じた。
タカと同棲して、一緒に旅行行ったりして、ご飯作って食べて、して、子供育てて、最後は二人一緒に息絶えるまで手を取り合って生きる。考えてみたら違和感を全く感じない。
「否定するわけじゃないし、もちろん尊重するけどさ? お前はロリコンみたいなものだと思う。性的少数者は言いすぎだけどさ」
「マジか。卒論もフレンズと子供を作る方法を本能に従って書いて出したんだけどな、俺っておかしいのか」
「おかしいわけじゃねえよ。でも少しはテレビとか見たらどうだ? 湿気上彰の番組とかみとけよみとけよ~」
「バスが着いたみたいだ」
「ガチの研究所じゃんか。またな」
バスに乗っていたのは俺と旧友だけで、俺が降りると運転用ラッキービーストがさっさとドアを閉めて行ってしまった。
去り際に見えたがあのラッキービースト、ボディの真ん中に修理跡があった。スズが何故か壊したラッキービーストは運転用の特別な機体だったのか。
スズはどこに行ってしまったのだろう。
あの一件で全てミジンコの仕業と断定され、スズにかけられた疑いは綺麗サッパリ晴れた。
……あの後俺たちについて来てくれれば。
逃げてしまったせいで怪しまれ、マスコミは姿を消したスズを未だに追っている。もし見つけたら奴らはスズを問い詰めるだろう。そして今度こそ人に危害を加えてしまうかもしれない。
それもレンズの前で。
それだけは嫌だ。
「おいおい? 新しい研究助手って……まさか、君なの?」
考え事をしていて気づかなかった。この人は実験実習で世話になった教授だ。
特別話したわけでもないので無難に返事をしておいた。
「飼育員目指してるって卒業式のスピーチで首席として言ってなかったかい」
「落ちたんです。だからそれまで、1年間お世話になります」
「そうか。嫌なことを聞いてしまった。とにかく案内するよ、ここが君の職場だ」
案内されたのはまさに実習で使った実験室だった。あちこちに実験器具が置いてあり、サンドスターのサンプルが宙を舞って虹色の光を反射している。
何人かの研究員が今も実験を行っており、メスフラスコの中身を弄っている。
「仕事内容は名前の通り、助手だ。研究を手伝ったり、危険じゃないサンプル採取をしてもらう。ま、大体は計量とかの地味な作業になっちゃうね」
「雑用ですか」
「誇り高き縁の下の力持ち、だ。完全週休2日制で、頑張ってくれれば弾む。今は珍しいけど歩合制ってやつだね」
その後少しだけ力試しという名目で実験を手伝わされ、すぐに帰された。
こうなってしまったらやることがない。丘も女の子も研修中だ。ちなみにあの女の子には、研修で習ったことをノートにとって持ってくるよう頼んでおいた。
これで来年ある程度の経験値を積んでから研修に臨める。いわばスタートダッシュだ。最初は不誠実だと言われて断られたが、なんとか説得できた。
「タカの所行くか」
行く場所がないなら、答えは一択。俺はすぐに引き返してバスに乗り込んだ。
「何だこの人混みは。……もしや」
タカ達の住処に着くと、大量の女性とマスコミが大集結していた。
密です。
「どうした? 何があった」
「オオタカ様が悪い男から女の子を助けたんですって! だから顔をひと目見てサインを貰いたくて!」
タカはファンが居るのは無関心なようだが、その割にファンサが良いのでかなり人気がある。主に女性がほとんどだ。
しかしミジンコの事を嗅ぎつけるとは、暇なマスコミも居るようだ。どうやらマスコミがタカのファンサイトにスズと間違えてあの事件のことを書き込み、この集団ができたらしい。
「おい、お前ら! うるさいからあっち行ってくれ! 早く帰るんだ早く! タカはずっと住処にいる! 勘違いで私の眠りを妨げるな!」
ハヤブサがしびれを切らしたようで、いつのまにか地面に降りて集まった群衆に向けて叫んでいた。
しかし群衆は従わない。
これは手強いな。
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「なあタカ、そこから逃げたほうが良いぞ」既読
「ここから離れられない」
「どうしてだ?」既読
「それは絶対言えない」
「今何してる」既読
「秘密。できるなら今すぐ群衆を追い払って」
「しょうがないな。今から叫ぶけど嘘だから慌てるなよ」
________
「セルリアンだっ! セルリアンが出たぞぉ! うわー助けてくれ輝きを吸い取られたぁ! ここにいると命が危ない!」
効果てきめんだ。あっという間に群衆が居なくなった。
「お、お前、なかなかすごいことするな……」
「これくらいしょうがない。パークスタッフってことバレなきゃ罪には問われん。それはいいとして住処に連れて行ってくれ」
「駄目だ」
え?
「どうしてだ?」
「駄目なんだ」
するとハヤブサは俺を無視して一人で住処に帰ってしまった。あの住処は飛ばないと入れないので、俺は木の根元で突っ立っていることしかできない。
その時、物の壊れる音とともに住処からなにか飛び出した。
ハヤブサ!?
「うわ!? うわぁぁぁぁぁ」
落ちてきたハヤブサに潰された。体重が軽くなかったら死んでいたかもしれない。
俺は上に乗っかってきたハヤブサをどけようと顔を出した時、住処からもうひとり飛び出すのが見えた。
真っ白なシルエットのフレンズが。
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