第14話 本当の誘拐犯と罠

「あら、ヒトの皆さん。思ったより早かったですね」

「全力で走ってきたからな」

「遅かったな。君の追ってるフレンズはあそこ」



 ヒグマは指差す方を見ると、スズが小さな女の子を抱えて木の裏に隠れているのが見えた。気づかれないようハンターと俺たちは大木の陰に隠れている。



「あの子もうワタシに気づいてるネ。でも襲ってこないヨ?」



 中華街で甘栗を押し売りしてきそうな少し片言な言葉を話すのはアカオオカミの……



「あら、ドールちゃん。アカオオカミとも呼ばれてる丸耳の野生のワンちゃんよ。群れでコミュニケーションをとるんだけど、笛みたいな声を出すからホイッスリングハンターって呼ばれているの」

「ワタシのことよく知ってるのネ!」



 恐ろしく早い解説、俺でなきゃ見逃しちゃうね。



「あのフレンズの目的は一体……」

「リカオンはあの子供に危害が及びそうになった瞬間に飛び出して確保する役だ。腕の立つ飼育員二人とパークガイドが全部やってくれるらしいぞ」

「心強いネ! 頭の良いヒト、羨ましいヨ」

「あのヒト達そんなこと言ってましたっけ?」


「おらぁ、ちょっと静かにしろよぉお前ら」



 女の子の声で場がしんと静まった。


 スズは何故かその場から一歩も動かず周りを警戒している。追手に見つからないためか?


 じゃあなぜ女の子をあそこまでしっかりと抱きしめて守っているんだ?


 分からない。スズの考えていることがわからない。



「服が擦れる音も話し声もなーんにも聞こえないネ。ヒグマサン、どうしようネ」

「おかしいな。捕まってるんじゃないのか?」

「ヒトほど考察に自信はないですが、あの女の子から恐怖心は全く感じません。スズっていう子も悪意というより警戒心を強く感じます。誘拐事件って聞きましたけど、なにか事情があると思うんです」


「……来ます!」

「来るぞ」



 そのときリカオンと女の子の声が重なった。


 二人が草むらの奥を睨んで居るのを見て全員が同じ方向を凝視し、迫りくる何かを発見した。



「お客さん! ここにきたらあぶnふがっ」

「静かにしなワンちゃん。あのフレンズが警戒してるのはアイツさ」

「それってどういう…?」



 女の子が口に指を当て、リカオンを制止した。



「ぅウェカトゥよーこそ、じゃっぱり、ぱぁ~く♪ きょぉ~もどったん、ばったん……おっおっおっおっ! ハルピュイア氏、まだ女の子捕まえてるの? じゃあ次はワイが君のことつかまえたげるからね、覚悟して待ってるがいいお」



 あいつ!


 アイツは確かミジンコとか呼ばれてたデブだ。黄ばんだシャツを着て丸い頭の上に昆布のようなベタベタとした髪の毛が乗っている、30後半ほどの男。まさに管理センターで捕まったはずの、あの男。


 捕まったはずなのになぜここにいるのか。ああいう良くない理由で目をつけられた客が三日以内にまたパーク内を歩けることはまず無い。



「この子に触らないで」

「ええっ、なんだよ母性でも目覚めたのかお? その母性でワイを慰めて欲しいお」

「それ以上近づいたら……」


「近づいたらどうするんだお? ああでも羨ましいなぁ、ワイもその女の子みたいにハルピュイア氏に抱かれたいお。あのね、ワイ一緒に寝るとこ想像して我慢できなくて抱き枕作ったんだぁ。でも洗濯してもすぐ汚れちゃうから今夜は本物が良いお。あ、一応言うけど逃げてももう無駄だお。パークには君のことを誘拐犯って信じてる馬鹿しか居ないから、どこへ行っても誰も助けてくれないお。日刊紙はスクープに飢えてるから情報操作簡単で助かったお、おっおっお」



 のし、のし、と落ち葉を踏みしめながらスズが避難している大木へ近づいていく。



「あいつが日刊紙を騙して誘拐犯に仕立て上げたんだっ……! くそ、頭蓋骨粉々になるまで殴りたいッ」

「今は抑えて。ハンターがいるからお願い、フレンズの前で争うのは駄目よ。大丈夫、あのおデブちゃんは弱いわ」



「おねがい、来ないで……あっちいって……」

「嫌がる女の子が一番かわいいお~おっほぉ~」



 鼻息を荒くし、唾液を撒き散らしながら大木を以外に速く登っていく。あいつ太っている割に身軽だ。あっという間にスズのところにたどり着いてしまった。


 スズが座っている枝に手をかけ、気持ちの悪い動きで距離を詰めている。


 しかしなぜスズは飛んで逃げないのだろうか。



「ちっこいほうの女の子は後何年か経って可愛く育ったら食べたげるけど、今は幼すぎるからキャッチアンドリリースだお。ほらほら~」



 今度は枝を掴んで揺さぶり始めた。



「極度の高所恐怖症で助かったお。おかげで羽は封じられたお。利用して良かったお。さあどうする、このまま耐えて落とされるか、それとも大人しくワイと一緒に行くか、はたまた……こういうもので痛い目見るのか。選ぶお」



 デブ……ミジンコの手の中に、銀色に光るものが見えた。その瞬間一気に空気が重くなる。ミジンコは武器を使って脅す気だ。




「女の子が高所恐怖症であそこから飛べないのは分かった。だが飛び降りるなりして女の子を逃せるチャンスはいくらでもあったはずだ」

「あいつなにか仕掛けてるんじゃ無いかしら? おそらくフレンズを追い込むことができるほどには力を持ってるはずよ。そうじゃなきゃあの子をここに追い込めないわ」


「なあ、ハンター達。野生の勘で何か気づくことはないか? 関係ないことでも良い。何かあるか」

「そういえば、鉄のような匂いがするネ」

「私は土の匂いが強いように思います」



 ドールとリカオンだけが答えた。土の匂いと鉄の匂い。鼻の効く彼女らだけが分かる何かがあるようだ。


 土の匂いがするということは、ここらへんの土を弄ったのかもしれない。しかし土を弄って何ができる?



「来ないで、お願い、嫌だ、お願い……」

「ふん、決めるの遅すぎだお!」



 ミジンコが一瞬笑ったかと思うと、なんと容赦なく女の子を抱いているスズを地面に突き落とした。あまりにも残酷すぎる。


 いくらなんでも許せない。



 次の瞬間俺は、大声を上げながら走り出していた。



「スズ! 今、今助けるからなぁ!!」

「誰だお!?」


「全員行け! フレンズの保護を優先だ!」



 ヒグマも茂みから飛び出し、声を聞いたリカオン、ドール、キンシコウがそれぞれ別の方向から飛び出した。


 あいつら、いつの間にそんなところに移動していたのか。



「痛ッ!」



 今金属の部品が動く音が聞こえた。同時に足首に激痛が走る。


 なんだこれは、まさか……トラバサミ!?


 まずい、おそらくこの場所は罠だらけだ。土と鉄の匂いというのは、地面に仕掛けられた罠のことだ!



「気をつけろ! 罠だ!」


「……なんだこれ、外れないネ! 動けないヨ!」

「うう、なんだこれ!」

「罠にかかってしまいましたか……」


「だあああぁッッ! 間に合えッ!!」



 ハンターたちが次々と罠にかかっていってしまった。


 ヒグマだけは足にかかった罠を咄嗟に熊手で引きちぎり、再び走り出した。


 行ける。間に合う!



「なんだ!?」


「あーあ、残念だお! 流石に驚いたけど、やっぱりケモノは頭悪いお」



 地面に穴が空き、ヒグマの姿が消えた。落とし穴だ。落ち葉と枯れ枝でカモフラージュされていたお堀のように巨大な落とし穴が、ヒグマを飲み込んだ。



「まさか落とし穴を全部使うことになるとは思わなかったお、おっおっおっお! だいじょーぶ、ハルピュイアはちゃーんと守ったお。罠でね。あと、クマちゃんは10メートルくらい落ちたから骨の一本くらいは折れてると思うお」



 スズが女の子を抱いたまま、巨大な網の中に閉じ込められていた。


 ミジンコがそれを見て腹を抱えて笑い始めた。落ち葉の上に寝転がりしばらく笑うと、今度は罠にかかったフレンズを観察し始めた。


 足に太い紐がかかって宙吊りになっているキンシコウ、強力そうなトリモチに全身浸かってしまっているリカオン、両手に紐がかかって地面に固定されているドール、そして最後にトラバサミにかかった俺。



「ヒグマさん! 大丈夫ですか!」

「……おお、怪我はないが、ベタベタして立ち上がれないんだ」

「それ私と一緒です……」


「うほ~~最高だお! こんなえっちくて可愛すぎるフレンズが逆さまになって、ああ、ああ……頭に血が上って顔が真っ赤で、ううっ、ふう……普段の行いが良いから神様が味方してくれたんだお! キンシコウちゃん、写真で見るよりずっと可愛いね。筋弛緩剤持ってくればお持ち帰り出来たのに残念だお、残念だお!」



 スズには目もくれず、逆さまになって捕まっているキンシコウに夢中になっている。


 ついに緊箍児頭についてる金色のやつを外してベロベロと舐め始めた。気色悪い。あまりにも気色悪い。



「皆さん大丈夫ですか?」

「まず自分の心配するネ!」

「そ、そうですよ! 逃げてください!」

「そう言われましても、流石に足を拘束されて吊るされてしまってはどうにもならないみたいです。修行し直さないとですね」


「いや、もう修行なんてできないお」


「どういうことです?」


「今から身も心もボロボロにするんだお。これからキンシコウちゃん、君ができるのは自分の未来を想像して絶望することだけだお」



 その時、視界の隅に丘と女の子が入ってきた。スズの捕まっている網に近づいて、救出してくれるようだ。


 ナイス。あの時飛び出して無くて正解だ。


 その後リカオンが吠えまくったり、ヒグマが落とし穴の壁を本気で殴ってミジンコの注意を引きつけ、気づけばスズが捕まっていた網はバラバラになり、代わりに小さな女の子が丘に抱きかかえられていた。



「ねえ、そこの人間さん」



 キンシコウが微笑む。



「あの鳥のフレンズさん、逃げちゃいましたよ」



 馬鹿で良かった。

 最初は警戒していたようだが振り向いたことですべてを悟り、地面に這いつくばって叫び始めた。


 混乱に乗じて丘が子供を抱きかかえたまま、去り際に投げキスをして走っていった。



「てめぇこの外道がっ! とっ捕まえてボコボコにしてから警察に届けてやる」

「おい待て、殴るな」

「とにかく責任を取ってもらう!」



 女の子がヤクザ口調を全開にしてミジンコを恫喝しながら、後ろ手に紐を縛って拘束した。そのまま足も縛り、余った紐で芋虫のようにしてしまった。


 いいぞ、もっとやれ。



「こんなことしてただで済むと思うなお」

「こっちのセリフだクソデブがっ!」

「い、いだっ!? やめて、やめるおっ!」

「てめぇフレンズがやめろ言ってたのに無視して突き落としたよなぁ、なぁ!」



「危ない!! 逃げて飼育員さん!!」


「あん!? ……嘘だろ? あんなでかいセルリアン……くそがっ!」



 気づくとミジンコのすぐ近くに、黒い恐竜型のセルリアンが立っていた。本来鼻孔がある場所に大きな目玉が一つあり、芋虫のように転がっているミジンコをじっと睨んでいる。



「ヒグマはまだ地面の下だ! それにリカオンもトリモチに捕まってるぞ!」

「私とドールさんどちらかの拘束を解いてくれれば、ヒグマさんとリカオンさんを助け出すだけの時間は稼げます!」



 セルリアンはなぜか動かない。


 その間に女の子が走り出し、俺もなんとかトラバサミを解除してキンシコウの足にかかっている紐も取ることができた。


 キンシコウは身を翻して地面に着地し、如意棒でセルリアンの目玉に強烈な一撃を入れた。木の枝を縫うように移動しながら華麗な動きで連撃を叩き込むが、セルリアンは嫌そうに頭を振るだけだった。



「強い! 私が時間を稼ぐので、救出を頼みます!」



 女の子がトリモチにかかったリカオンを助け出すとリカオンも戦いに参加し、さすがのセルリアンも反撃し始めた。



「ドールを頼む。俺はヒグマを引き上げる」

「分かった。デブは無視でいいな?」

「余裕があったら助ける。大事な証拠だからな」

「チッ、分かった」



 戦いが白熱していく中ドールの救出にも成功し、後ヒグマだけというときにセルリアンの尾が振るわれ、受けきれなかったキンシコウとリカオンが飛んできた。



「こういうときにヒグマさんがいれば!」

「私達の攻撃がまるで通りません。どうしましょう?

「二人共ダイジョウブ!? ワタシも参加するヨ」



「おっおっおっおっ! 健闘だったお」


「何してるんだあいつ!」

「セルリアンに素手で!?」



 ミジンコがセルリアンに馬のようにして乗っていた。普通は触れたところから輝きを吸われ、馬乗りなど試そうものなら一瞬で意識が飛ぶか記憶喪失になってしまうはず。



「どうしてかわからないって顔、大好きだお。ハルピュイアに逃げられたし今日はここまでだお。キンシコウちゃん、次は白馬で迎えに行くお!」



 それだけ言い残すと、本当に馬のようにセルリアンを操って走っていってしまった。



「追いましょうか?」

「よせ、リカオン! 音だけ聞いていたがアイツは強すぎる。おまえたちが無事だっただけ十分だ。帰るぞ!」

「了解です。……うう、体がトリモチまみれです」



 その後全員でヒグマを助け出し、ハンターの事務所に帰ることにした。丘は既に管理センターに付いたらしく、女の子も親に会えたらしい。


 少し残って地面の穴を埋めていると、女の子が声をかけてきた。



「なあ、女の子利用されてたんだな。全くクズも程々にしやがれ」

「そしてスズは女の子を守ってたんだ。おそらくスズを狙ったミジンコが、人質に選んだんだろう。スズは誘拐犯なんかじゃない。ヒーローだった。ああヒロインか」

「あいつ良いやつだったんだな。疑って済まないな」


「いや、俺も甘かった。結果はこうだったが、仮にスズが本当に誘拐犯であのまま何もしなかったら今頃手遅れだっただろうな。ありがとう、本当に、な」

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