第11話 ありえない
あの後病院に搬送された別手さんだったが、ずっと意識はあったようで大事には至らなかった。もちろんこの後も飼育員を続けるらしいが、スズの担当からは外されてしまった。
「今シロオオタカの、スズさんでしたか? あの子は今森に隠れてるみたいです。ヒデさんもどうか、今は我慢して森に近づかないでください。あとあと、シロオオタカさんはいまパークにいるオオタカさんの亜種のタカさんで、日本のオオタカより一回り大きいんです! その中で真っ白な個体をホワイトフェイズと言って、灰色の個体をグレーフェイズと呼びます。スズさんは真っ白なのでホワイトフェイズですね! 極東ロシアの寒さに耐えれるように、全身モッフモフのフワフワなんですよっ」
俺に警告しつつさらっと紹介してくれたのはパークガイドのミライさんだ。多くのメディアなどで顔を出しており、今やアイドル並みに有名人になっている。あとこの人も人間の割に美人だ。
「あはー、写真で見るとかわいいですね!」
「フレンズは可愛い。真理です」
「笑った所、見たんですか?」
「いえ、まだ……」
「それなら、早く笑顔にさせてあげないとですね! 私はガイドしかできませんがきっと優秀なスタッフさんがやっちゃってくれますよ」
「優秀なスタッフですか」
「ヒデさんもパークのスタッフを目指しているんですよね。話題になってますよ。特に、あの子と唯一言葉を交わした人間という意味で注目されてます。本当は調査隊に入れたいくらいだなんて……喋りすぎですね」
俺がパークの調査隊に?
パークの調査隊と言えば正式な組織ではないが、有名な研究員や別手さんのようなベテランのスタッフが参加していると聞いたことがある。研究所で最重要指定された研究のサンプルを持ち帰ったり、対セルリアンの実験も行うらしい。
「あらやだ」
「何してんだ丘」
「早速ミライさんに直々に教えてもらうことになったのよぉぉ」
「ふふ~フレンズさんの豆知識を一週間で叩き込みますからね!」
「はぁい!」
二人は息をするようにフレンズの知識を披露し始め、戦いのようになってしまった。
遠くから見るとガタイの良い男と綺麗な女性が楽しそうに会話しているように見えるのかもしれないが、近くで内容を聞くと絶望する。これは地獄だ。
そういえば丘はパークガイドの試験も見事通り、今から早速研修が始まるらしい。もう目の前でやってるけど。
「今日はこの辺にしておきましょうか。ちょっと今日は管理センターが焦っちゃってて」
ミライさんは携帯を掴んで走り去ってしまった。
よく見るとスズほどではないが女性の走る速さではない。少しイライラしているときに素手でセルリアンを押しのけ平然としていたなんて伝説もあるくらいには身体能力が高い。
丘もそれを見て久しぶりに柔道の稽古をしようと漏らすほどだった。
「なんか騒がしい気がするけどどうしたの? 異様に森の辺りの警備が厳しかったのよ」
「森に行くと行ったら?」
「フレンズ? フレンズよね、ヒデちゃんが立ち入り禁止区域に入ろうとするなんてそれ以外にないわよ」
「イグザクトリー」
「……あなたがそういうことばかりやってるから周りにラッキーちゃんが集まってるのね」
今いるのはセントラルのコンビニのイートインスペースだ。たまにフレンズが来るがほとんどは来園客が利用しており、普段は本土のコンビニと変わらないのだが。
『『『『『ウェルカムトゥジャパリパーク』』』』』
明らかに俺を追ってきたラッキービーストがイートインスペースを占拠し、店を出入りする客に反応して挨拶をしている。店員も眉間にシワを寄せて居るが、全くそこから動く気配がない。
「ヒデちゃん!」
「そういえばその呼び方やめろ」
丘はまっすぐに店内のテレビを指差した。そこには規制線が張られた中で警察が動き回っている様子が流れている。速報と大きく表示され、ニュースキャスターが淡々と現行を読み上げ始めた。
森の近くの公園でフレンズと遊んでいた幼稚園生の姉妹が襲われ、いきなり突き飛ばされたらしい。しかも妹が行方不明で警察が捜索中と。
スズが……? いやそんな事するはずがない。誘拐なんてそんな事できない。
スズがやったなんて思うのもやめよう。
「スズって子がどうしたの」
「え?」
「声が漏れてるわ。あたしにも教えなさいよ」
「シロオオタカのフレンズだ。怪しいことばかりだが悪いやつじゃぁ決して無い! 昨日俺の目の前で飼育員引っ掻いて逃げ出したんだ。だがそれはあの飼育員が距離感を見誤ったからだ!」
客にお釣りを渡そうとした店員が俺を凝視しているのに気づき、息を整えて席についた。
とりあえず落ち着いて考えろ。あいつがやったんじゃないと証明して助け出す方法を。
「シロオオタカ! あたし知ってるわ。ロシアに居るオオタカちゃんの亜種で、白い個体がホワイトフェイズ……」
全く同じことをミライさんから聞いた気がする。
ミライさん……そういえば、どうしてスズが森に隠れていることをあんな簡単に教えてくれたのだろうか?
「森に行く。もちろん身の危険を感じたらすぐに引き返す」
「何故かラッキービーストが反応しないわね? そういうこと言ったら反応して本気で止めにかかると思っていたのだけれど」
俺もそう思っていたのだが、ラッキービーストはなぜか反応しない。止める要員でなければ何だ?
もしかしたら使える?
「なぁ、今は情緒不安定なフレンズが森に潜んでる、いわばパークの生態系にとって危機的状況だ。スズは移動能力もずば抜けてる。そこで突っ立って人に絡んでないで、俺に力を貸せ。手動操縦モードを使わせろ。俺はそこらへんのスタッフよりスズに詳しいぞ」
「パークスタッフじゃないと無理よ。いくらなんでもこんな都合よく……」
「ラッキービースト、非常操作システム、起動シマス……」
「マジで起動するとは思わなかった」
「ああ、よく考えれば私達一応正式なパークスタッフじゃない!」
「そういうことか。研究助手でもいいいんだなこれ」
俺はそのラッキービーストを通して森の中のラッキービーストに接続し、飛び出してきたコントローラーを使って森の中を歩いていった。
警察や管理センターの職員、フレンズとすれ違ったが何も違和感を持たれず素通りしていく。最高じゃないか。
「これなら安全に行けるじゃない。どう? 見つかりそう?」
「人しか居ねぇ」
怪しそうな茂みは全て突っ込み、腐った木の根本も全て潜ったが見つからない。もしスズが見つからなくても、行方不明の女の子さえ見つかれば、後は疑いの晴れたスズが保護されるのを待つだけでいいのだが。
その後も森中を駆け回って探したが、手がかりも見つかることはなかった。
「ねえ、その子タカなら木の上に居るんじゃない?」
「それだっ! しかしこいつは飛べねぇ。頑張って上見るしか無いな」
ラッキービーストはただでさえ小さいので視点が低くおまけに草が枝が邪魔して非常に視界が悪い。
丘にも手伝うよう頼んだが何故かラッキービーストが反応せず、その後も一人で探索を続けた。
もしもスズが女の子を誘拐してしまっていたら、そしてそれを俺より先に警察が見つけてしまったら。考えたくはないが考えてしまう最悪のシナリオ。
フレンズに対してのイメージが悪くなり、パークのお客さんが減ってしまうかもしれない。そうならなくとも、少なくともスズは人の目を気にして生きることになるだろう。
決めた。
もう放って置けない。
もし来年の試験に通れたなら、意地でもスズの飼育員になってやる。その座は誰にも譲る気はない。例え奈々さんでも。
「俺が来年試験に受かったら、スズの飼育員になる。この場で誓う」
「担当って決められるの?」
「フレンズの希望が第一だが、大体は希望無しだからAIで決められるんだ。性格的に少し相性のいい程度の二人を自動で引き合わせられる」
「へぇ。……え?」
話している間にも目まぐるしくラッキービーストの映像が切り替わり、森を突き進んでいく。なるべく上を見て、真っ白な影を探す。
結局イートインスペースに居座りすぎて追い出され、一旦丘の職員寮に上がらせてもらいそこで探索を続けた。ゲームはキタキツネと会ったときくらいしかしないが、8時間近く連続で操作し続けてもう手足のように動かすことができるようになった。
「これがこの森で一番でかい木か。……全く屋久杉かこいつは、上が見えねえぞ」
植物には詳しくないので杉なのかどうかは分からないが、かなり大きな木の根元についた。ラッキービーストのズーム機能を最大まで使い枝の一本一本を観察していく。
「なんか明るい場所、ないかしら? あそこの枝」
半分疑いながら枝を観察すると、枝の付け根から少し離れた場所に白い影が見えた。頭から大きな翼が生えている。
「スズ!」
「よかったじゃない! どんな感じ?」
ああ、最悪だ。
少し近寄って真下から見ると、スズの腕の中に人間の女の子が捕まっていた。どこからどう見ても、あの時ニュースで流れていた行方不明の女の子だ。
「嘘……」
丘の表情も固まる。
でもきっと、事情があるはずだ。まだスズのことを何も知らないのも事実だが、あんなに可愛いフレンズが誘拐などありえない。
俺は一旦ラッキービーストの接続を切ると、明日に備えて早めに寝た。
……丘の部屋で。
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