第6話 コミュ障殺しの試練

「どういうことなんですか」

「とりあえず詳細を教えてくれない?」

「どういうことだ」



 あの後管理センターからも連絡があり、ハヤブサの言う通り子供もセルリアンも機械でできた偽物だった。子供を捕まえて顔の皮を引きちぎると、蓋のようなパーツが外れ機械の顔が現れた。ハヤブサがセルリアンを砕いた場所を探すと大量のひしゃげた部品が転がっており、機械だということを物語っていた。


 一日を無駄にした3人が近くのラッキービーストを捕獲し、管理センターの職員を問い詰めていた。



「ところであなた達には良いニュースと悪いニュースがあります。どちらを先に聞きたいですか?」

「いいニュースを聞かせてよッ!」

「おめでとうございます。ジャパリパーク第一次入社試験全員合格です」



 訳がわからない。全員同じことを思ったようで、3人揃って何も言わなくなったのを見届けた向こうの職員が続けた。



「悪いニュースは、あなた達の予期せぬ乱入で避難マニュアルを作り直さなければならなくなったということです。……いいニュースにも関係することですが、もし本当の子供たちだった場合あなた達は子供たちの安全を守り抜きました。まあもし本当だった場合はジャミング電波なんて飛ばしていなかったので、今頃他の職員とセルリアンハンターが駆けつけていたことでしょう。とにかくお疲れさまでした」



 そこで通信は途切れ、自我を取り戻したラッキービーストがまた喋りだした。



「ていうかなーにがサンドスター濃度よ! 偽物だったじゃない」

「……今更だけど君名前なんだっけ」

「あら? ゼミで一緒に勉強してたんじゃないのかしら」

「嘘……記憶力死に過ぎ……絶対教えない」


「じゃいい。面接試験でまた会おうな、女」

「それはやめろよおい」



 そんなわけでそれから間もなく、なんやかんや色々あって紆余曲折あって、面接試験の当日になった。何もなかったわけではないが例の女の子には会うことはなかった。


 しかし改めて思い出すと心残りのようなものがある。あの白髪の女の子は本当に悲しそうな目をしていた。また襲われるのは嫌だができたらもう一度会って話してみたい。



「何ボーッとしてるのよ」

「ああ、考え事だ」



 ジャパリ大学の会議室の前にその日試験をする学生が集められ、丘とあの名前の知らない女の子もそこに居た。



「受付番号801~809の学生さん入室してください。ガイド志望の学生は隣の会議室にお願いします」

「俺だ」

「あたしもよ」



 ついに呼ばれ、俺とその他数人の学生がぞろぞろと会議室に向かっていった。



「う゛っ緊張してあたし腹痛が」

「緊張するこたぁねえよ。いつもどおりにしたほうが良い」

「分かってるけどぉ」

「頑張れよ。応援してるからな。……ていうかなんでお前ら入ろうとしねえんだ? さっさと入れよ」



 譲り合っているうちに俺が先頭になってしまった。どうしてみんな入ろうとしないのか。面接試験なのに。


 俺はドアノブに手をかけいつものように力強く押し開き、転がっていたドア止めクッションを押し込んだ。


(うわっこいつやりやがった)

(馬鹿だろ絶対)

(常識がないのかこいつは)

(落ちろ! ……落ちたな(確信))


 今後ろに並んでいる奴らになにか小声で言われた気がする。


 さっさと始めたいので俺は人数分並べられている椅子の端っこにさっさと座ったのだが、他の学生はペコペコ頭を下げたりなにか挨拶をしたりと無駄に時間をかけてゆっくりと座った。



 面接官は知らない人が3人と、カコさんとミライさんが端に座っていた。


 全員が席についたのを見届けるとカコさんが口を開いた。



「これから第二次試験、面接を始めます。何のことかわからない人は大丈夫。参加し忘れたわけではないから安心して」



 ああ……子供を追いかけた後のあれのことか。周りを見ると俺と丘は納得した顔をしているが、他は全員額に冷や汗をかいていた。



「飼育員っていうのは動物フレンズ問わず、四六時中担当する相手に付いてあげるもの。細かいことに気づいてあげられて冷静に処置できる人が良い。例え常識が1ミリもなかったり部屋に入るときのルールが一つも分かってない野生児のような人でも、それができてれば何の問題もない。成績や性格がいいからって贔屓はしないし、その逆もない。フレンズを健康で幸せで居させてあげられるって面接と研修で判断すればどんな人でも私が認めるから、抜き打ちのような試験も覚悟して日常を過ごすこと」



 腕を組んだまま沈黙し、再び続けた。



「フレンズがトラブルを起こした時、証拠確認もせず全てフレンズの責任にして謝らせた人は……まぁ、まだ結果は決まったわけじゃないけど頑張りなさい。良いことも悪いことも、全て報告を受けています」



 威圧。まさに威圧。絶対カコさんはオーラか覇気を使っている。


 すると横の方で椅子が鳴る音が聞こえた。横目で見るとチャラそうな男が硬直している。あのカコさんの見捨てたような目、十中八九今の人は不合格にされたな。


 カコさんはすぐに組んでいた腕を下ろすと横にいる面接官に声をかけ、白衣を着直してミライさんと一緒に部屋を出ていってしまった。


 それからは至って普通な面接で、志望動機、自己PR、飼育員になったらどうするか……


 カコさんが話している間は永遠のように感じたが、面接自体は10分ほどで全てが終わった。





「よう」

「よくそんな陽気に話せるわね……もう無理……」

「ちなみに目の前で一人落とされた。頑張れって言われてたが目を見たら見捨ててた」

「そういうの聞きたくなかったわ。まあ、結果待ちましょうか」



 更に数日後、第三次試験予定日。家に合格通知が届いた俺は指定された場所に行くとスーツに身を包んだ丘が男の学生に絡んでいた。良かった。



「あらあなたもスーツなの」

「母さんが着てけってうるさいからな」

「子供みたいね」

「うるせえな。そういやガイド志望はどんな試験なんだ? 俺は先輩飼育員二人を一人で相手するんだが」

「あたしも先輩ガイドさんにパークの知識を披露するスピーチをするの。お互い頑張りましょうね」



 丘と別れた後試験管に誘導され、フレンズ用のアパートの一室に案内された。部外者はもちろんだがフレンズの部屋は基本担当の飼育員しか入れず、俺も初めて来る場所だ。


 椅子に座って待っているといつか見たかもしれないピンクの髪の飼育員と、キタキツネが部屋に入ってきた。



「キタキツネ!」

「う、うわっびっくりしたぁ。……なんでヒデがここにいるの?」

「キタキツネ、今日は試験の日って言ったでしょ? あとでジャパまんあげるからお願いね」

「思い出したよ」



 この人は菜々さんだ。キタキツネの担当ということになっているが、普段キタキツネは旅館でギンギツネにお世話されているので健康診断のときにしか現れず、名前を忘れていた。


 キタキツネのおかげでぎりぎり名前を覚えておけた。



「お久しぶりです」

「こんにちは! 第三次試験を担当させて頂く菜々です!」

「俺は何をすれば良いのでしょうか」

「……わかりません!」


 ん?


「カコさんに私なりの方法で確かめて結果だけ教えてって言われてきたんです。こういうことは初めてなので慣れてませんが一緒に頑張りましょっか!」


 パッションがすごい。


「ええと、じゃあ試練その1! 今のキタキツネを見て思うこと、私に教えて下さい!」

「かわいい」

「うん。えっと、もっとなんか無い!?」


「さっきから眠そうだし少しクマがあります。遅くまでゲームしてたのかな? それに卵っぽい匂いとコーヒー牛乳の匂いがするから、ついさっきまで温泉に入ってたんだと。顔を見てるとなんだか嬉しそうだし、最近悩み事はなさそうです」


「えっ?」



 なんか怖がられてる気がする。



「私もキタキツネも何も言ってないのに嬉しそうとか分かるんですか?」

「なんとなく、目とか仕草とか無意識にわかります。フレンズも同じです」



 目は口ほどのものを言う。自分に特技があるとすればこれだろう。後で少し調べたら刑事やカウンセラーがこうして判断するらしいが、誰にも教わらず自然に身についていた。



「顔色伺っちゃうタイプですか?」

「まあ人間相手にする時は分かったところで関わらないのd」

「ダメです。飼育員になったらフレンズをお客さん達に紹介してあげて、関わらせてあげるんですよ! ……だから第二の試練! お客さんとお話してきてください! 100人ですよ! 私が後をついていくので、終わったら合否を伝えます」



 地獄かな?


 しかししょうがない。いつかは越えなければならない対人の技術の壁が今立ちはだかっただけだ。


 飼育員はフレンズに付くだけならまだしも来園客の相手もしなければならない。ファンが付いたらマネージャーのようなこともするし、知らない人に生態紹介もする。



「で、でもいやだっ……ああ……終わった……知らない人と話す練習してこなかった……」

「これは試験なので助けたりしないですからね! じゃあ早速外へ行きましょ!」



 地獄が始まった。


 課題としてはジャパリパークでフレンズを見ているお客さんに声をかけ、その生態を紹介し簡単なテストを受けてもらうというもの。奈々さん曰くうまく説明できるコミュニケーション能力を見るらしい。



「おい。…あ、あの、スナネコみ、見てるんですか?」

「飼育員さん? そうですよ、可愛いですよね」

「スナネコは可愛いように見えますが食肉目ネコ科ネコ属に分類されて本当はかなり獰猛でしてワイルドに獲物を捕食いたしまして水分も獲物から取るというワイルドさが……」


「ひっ、ごめんなさい、忙しいんで……」

「あっこら、逃げんな、逃げんなぁぁぁあああ」



「キンシコウ見てるんですか? フフ、フフフフフッ」

「ひっ、忙しいんでちょっと……」



「シヴァテリウム見てるの? かっこいいよね、ちなみに」

「うわあああぁぁぁママぁぁぁ変な人ぉ!!」



「タンチョウちゃん優雅で可愛いですよね。抱きしめたい」

「キャァァァァ! 変態!」




「行く先々で悲鳴が聞こえるんだけど?」

「なんででしょうかね」

「なんでじゃないの。テストはどう? ……えっなにこれうそ……3人しか答えてくれなかったの」

「いやまだっ、まだです! 俺は飼育員になる!」


「頑張って、ボク応援してるよ」



 一緒についてきたキタキツネの声が、俺の中の何かを解き放った。


 その後も3時間ほど各地を駆け回りながら話しかけ続け、俺はあることに気づいた。



「人って笑顔で話しかけると心を開くんですね」

「えっ今更!? 今までどうやって生きてきたの……」

「それに最初から濃い内容で話すと逃げられる。最初は分かりやすく、分かってきたら内容に入っていけばいい」

「待ってそれ本当に言ってる? どうやって生きてきたの?」



 それからは簡単だった。常に限界まで口角を上げながら歩き、最初はゆっくりと簡単な話から始めるだけ。何故か子供には必ず泣かれたが、高齢者や主婦層を狙うとうまくいった。



「ひっ、怖っ」

「怖いよ……ボク帰りたいよ……」

「う、うふ、うひっ、見ててくだしゃい(with目以外100%スマイル)」



 結局終わったのは夜の22時。閉園時間ギリギリだった。ゲートのところで最後の一人からテスト用紙を回収し、第三次試験が終了した。



「頬が痛しゅぎる」

「お疲れさまです。えーと、平均点は51点。よし、合格。ボーダーラインの50点ギリギリでしたね」

「一点でも下回っていたらどうなってたんです?」

「カコさんからは『落とせ』との命令を頂いてたので、49点だったら落としましたよ容赦なく。まあ、結果合格だったのでよし! 最終試験頑張ってくださいね」



 この人笑いながらあまりにえげつないことを言った。


 それに今日一日走り回ってキタキツネはとっくにバテて帰ってしまい俺も顔と足の筋肉痛に悩まされながら息を切らしていたのに、奈々さんは顔色一つ変えなかった。ベテランの飼育員はすごい。


 正直簡単になれると思ってしまっていた自分だったが、圧倒的に甘かった。


 そして、疲れた。もう1年位人と話す気はない。


 遠くに丘の呼ぶ声が聞こえる。

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