第3話 Become Friend
「どうも」
マイクに鼻息のノイズが入るとともに、ハウリングの不快な音が体育館中に響き渡る
「これ、時候の挨拶ってやつが要りますよね。ええーオホン、なんか、フフッ、この間までセミがうるさかったような気がするんですが、いつのまにか桜が満開ですやんか。ねー、でも自分散った後の桜の花が地面に茶色くなってこびりつくのが嫌なんで、ヘヘッ、花より団子ってやつですね、はい。時候の挨拶これでいいかな。うん」
無難な時候の挨拶を終え、俺はその後5分ほど話した
特に台本は作らず手ぶらでステージに上ったわりには話したいことは話せたので満足である
状況を説明すると今は卒業式で、ジャパリ大学の巨大すぎる体育館に学生と保護者、そして気になってやってきた野次馬のフレンズ達が入り口に集まっている
ではどうして俺がこの場で話しているのかというと
卒業式の少し前、カコさんのゼミの学生たちが研究室に集められた
「ヒデ」
「はい」
「あなた、首席よ」
「首席、ですか。まあ嬉しいですね」
「今までの学生はその場で大喜びしたのだけど、まああなたならしょうがないわね」
「あ、学費とか免除されます?」
「されないわ」
「じゃあいいです」
「ちょっと待ちなさい!」
「はい?」
「あなたには卒業式で代表として喋ってもらうわ。テレビ局も来るから、自覚を持って頼むわね」
こういう具合だ
俺は母とパークへの感謝を簡潔に述べ壇上から降りると、予想外の大きな拍手が沸き起こった
来賓のフレンド製薬の社員が宣伝をしだして場が騒然となったこと以外には、特に何事もなく式は進んでいったと思う
そうして卒業式もあっという間に終わり、今は外で各々が別れを惜しんだり写真撮影したりしている
俺は無難に丘やカコさんのゼミの仲間とだけ写真を撮って、世話になった教授数人にだけ挨拶をしてその場を去った
「ああ、君は! 私はテレビ夕日の記者ですが一言カメラの前d
「すいません忙しいんで」
人望だとか名誉だとか、そういう物には興味がない
「私はフレンド製薬の人事部n
「忙しいんで」
いらない物を手に入れたって、好きなことをするために進む体と心が無駄に重くなるだけ
俺はスーツから私服に着替え、タカ達に会いに行くことにした
レンタルした自転車で住処への近道を走っていき、人の気配がなくなって見慣れた景色に包まれていく
セントラルからサバンナの草原を走破し、さばくちほーのトンネルを突き進む
自転車を漕ぎ続けて火照った体が地下のトンネルの空気で冷やされ、体が冷え切った頃には砂漠を抜けて森林に入っていた
さすがに森林は自転車で走破できないので折りたたんで背中に背負い、長い草をかき分けてタカ達の住処を目指す
「オキャクサン、オキャクサン、ウェルカムトゥジャパリパーク」
「おおっ!? 驚くからやめてくれよ、それ」
森林を歩いていると合成音声のメッセージが聞こえ、振り向くとラッキービーストが切り株の上でぴょんぴょんと跳ねていた
頭にはジャパリまんの入ったかごが載っている
「それ3個もらうぞ」
「ドウゾ、ドウゾ。マヨッテナァイ? シンリンハ、マヨイヤスイカラキヲツケテネ」
「ご心配どうも。俺は大丈夫だからあっち行ってろ」
ラッキービーストは少し寂しそうにまたぴょんぴょんと跳ねながら草むらの奥に消えていった
「最近味リニューアルしたなこれ、うん、なかなかいける」
緑と赤と茶色を適当に取ったが、緑は抹茶、赤はミネストローネ、茶色は麻婆豆腐味だった
市販の菓子パンのような安っぽいフィリングではなくちゃんとした材料を使った本物が入っているので本当に美味しい
特に麻婆豆腐はちゃんとスパイスの香りとひき肉の食感が残っていて、皮も少し甘さのある生地でよく合っている
「あの」
みんなで食べる飯もいいが、誰も居ない自然に溢れた場所で動物的に食欲を満たしていくのも良い
「あの!」
「は、はい?」
「なんでこんなところでご飯食べてるの」
いきなり知らない女の子が声をかけてきた
真っ白な髪だが老人ではなく、16,7ほどの少女だ
セーラー服を着ていて、雪のように白い髪の毛の下には少し悲しそうな目があった
ん? てか髪型がタカと同じセミロングだ
しかも顔つきも同じ
タカじゃん
「んん~おおたかちゃん! 会いたかったよ~ねえさっきのスピーチ見てくれた? ね、良かったよね~ありがとう~チュッチュッ」
俺は迷いなく両手を腰に回してガッチリとホールドし、唇を尖らせて迫った
そして気づいた
この子はタカではない
「え……」
「う、うわタカじゃない!? ごめんなさい! えっとその、彼女と、彼女と間違えちゃって、ごめん! 通報しないで! お願いします!」
危うく離れて本気で頭を下げると、そのタカっぽい女の子は俺の顔を覗き込んできた
よく見るとタカに似ているだけあってかなり美人である
絶対この子彼氏いるパターンだ
彼氏にボコられるのは良いがこれがバレて飼育員になれなくなるのは困る
知らない女の子にセクハラしたなんて噂が立ったらフレンド製薬どころではない
「じゃあ、さ。今のこと黙っててあげるから、ここに来てよ」
内ポケットから紙を取り出すと、俺の手の中に押し込んだ
いきなりの行動に少し驚きながら詰め込まれたものを覗くと、俺はその紙に見覚えがあった
フレンド製薬の求人広告……こんな方法で求人して、大企業のプライドはどこ行った!!……と言ってやりたかったところだが、さきほど恐ろしいまでのセクハラをしてしまった以上言い返すことはできなかった
「と、とりあえずここにいけばいいのか?」
「それはちょっと違う」
「え?」
「さっきのスピーチで飼育員になるって言ってたでしょ」
「あ、ああ、そうですけど、もしや」
「そう。私達のフレンドになってよ。フフ、あなた大学の首席なんでしょう? 優秀なヒト、欲しいの」
独特な言い回ししやがって、新興宗教か何かかよ
とりあえず見るだけ見て逃げようと思っていたが、そうもいかないようだ
「分かった。それと一つ、聞いていいかな」
「何?」
「君は誰?」
「私はね、フフ、その場所にちゃんと来たらイヤというほど教えてあげるから」
なんと切り株に腰掛けていた俺の上に覆いかぶさってきた
色々大切なものが当たっている気がする
……この子は自分の魅力をわかってやっている
もし色仕掛けに弱い人間ならまず間違いなく落ちるだろう
「もちろんそこには行くけどね、君まだ学生なんでしょ? 彼氏はいるのかい? そんな綺麗な体を無駄にするようなことして、親が悲しむぞ? 君はまず勉強をして世の中を知るべきだし、なにより俺はフレンズにしか興味がないんだ。人間の女の子と関わるのは苦手だし、なんなら嫌いだ」
「あんなコト、しておいて? 良いの? カコさん、だっけ。言っちゃおうかな」
「あっ……ごめん、そうだね、分かったよ。もう終わりにしよう? ちゃんと行くし入るから、ね?」
すると女の子は満足したように微笑み、あっという間に森の奥に消えていった
「速っ……」
それにしても不思議な女の子だった
微笑んではいたがずっと悲しそうだったし、なによりよくわからない違和感があった
なんだろう、人間らしくない
しかしそれよりなによりどうしよう
俺はフレンド製薬に入社しなければならなくなった
あの女の子がもっと悲しい顔をするのもなんか嫌だし、抱きついてしまったことを公言されるともっと困る
ずっと飼育員になることを夢見てきたのに、これでは母や教授たちに面目が立たないではないか
ああ、誰か助けてくれ
タカだと勘違いして抱きついたときの自分にバックトゥザなんちゃらして殴り飛ばしたい
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