第2話 始まり

「3点」

「2点」

「……10点」

「……おっ!」


「…………0点。最後はヒデ。早く見せなさい」


 俺は言われた通りに、手に持っていたUSBメモリをカコさんに渡した

 

 緊張していたせいで手汗まみれになったUSBを嫌そうに受け取ると、いかにもつまらなそうな表情でその中身を流し見した


 ちなみにUSBメモリの中には卒論のデータが入っている

 今日はカコさんのゼミで卒論を見てもらえる日で、俺は今日のために卒論を完成させてきた


 他の学生にえげつない点数をつけているのはやる気を出させるための行為とかではなく、遠慮のないカコさんが思った通りの点数を口に出しているだけである


「で」

「はい」


「実にあなたらしいだということを除けば、少ない事実から論理的な考察をしてあなたなりの答えを出している。内容が内容だから見本にはできないし発表もできないけど、私が学生から受け取った論文の中では残念なことに一番レベルが高い」

「あ、ありがとうございm


「これはどのくらいかけて書いたの」

「2週間です」

「誰に取材をした?」

「もう一つのファイルに全てまとめています」

「誰かに協力してもらった?」

「いえ、一人で書きましたが」

「何かを参考にした?」

「全て自分の所見です」


 唐突に始まった怒涛の質問攻めに驚いたが、俺はなんとかすべての質問に答えることができた


 正直卒論など興味はないのでそれっぽいものを真似て提出してしまおうと考えたこともあったが、一応世話になったジャパリ大に提出するものなのでそれはやめた


「……私はこれと同じような論文を見たことがあるの。学生の時だけど、同じゼミの男の子が書いた論文よ。懐かしさも感じてしまったけど私はそれ以上にあなたを疑ってしまっている」

「研究所の所長ともあろう人に教えてもらっているのに盗作論文を提出するほど落ちぶれていませんよ」

「その言葉を待っていたわ。この論文は受け取ります」



 カコさんが調査に行くということでその場がお開きになり、追い出されるようにその場を後にした


 研究者の職は興味ないがああやって言われると嬉しいものだ



「あらぁ~~ちょっとちょっとすごいじゃないヒデちゃん、カコちゃんに一発で卒論認めてもらったんだって? やだ~~もうやだ~~大内刈り~~」


 唐突に背後から腐ったアンドロイドのような野太い声が聞こえ、同時に肩をバシバシと叩かれた


「やめろオカマ! 俺はフレンズほど頑丈じゃねぇ」

「えぇ~だってすごいじゃない、あのカコちゃんよ! 論文を一発でなんて!」

「俺は研究者を目指しているわけじゃないし、卒論がどうなろうと興味ないよ」



 この馴れ馴れしい男(?)は丘雅彦オカマさひこ


 そして遅れたが俺はヒデ

 名字は気に入らないので省略する


 お互いにジャパリ大学特殊動物学部の4年で、俺は飼育員、丘はパークガイドを目指して勉強している


 少し詳しく説明すると、俺は育ての母以外に親を知らない、というか血のつながった親はいない

 じゃあどうして俺がこの世にいるのか?


 生んですぐ俺を捨てたからだ

 今は別に怒りとかは感じていないし、感謝も特にしていない


 そいつらがいなければ俺はこの世に存在せずフレンズにも会えなかったから、無責任さに対する怒りと産み落とした感謝が打ち消し合って0になり、その感情もいつしか消えてしまったからだ


 そうして捨てられた俺はまともに教育を受けなかったせいで小学校に入学するまで言葉を喋れず、今の育ての母に養子として迎えられジャパリパークに連れて行ってくれたおかげで言葉も喋りまともに育てたというわけだ


 だからパークへの感謝として、そして支えてくれた母への感謝としてパークの飼育員という職を選んだわけだ


 そして


 なにより


 俺はフレンズが好きだ



「ヒデちゃん、一緒にランチ食べない?」

「今日は論文一発で受け取ってくれた記念でタカと飯食う」

「あら? あなたさっき論文どうなろうと興味ないって言ってなかったかしら」


「そんなこと言ったか? ハハ、まあいいんだそんなことは。ハッハッハ」


 音を置き去りにした拳がポケットの中の携帯を掴み、ブラインドタッチでタカとのトーク画面を開く


 ____________

 ヒデ

「タカ! 今日カコさんに卒論一発で受け取ってもらったんだ」

 マイ★ハニー❤

「あらそう」

 ヒデ

「だから今日飯食わない? セントラルで、1時から」

 マイ★ハニー❤

「むり」

 ヒデ

「おねがい!」

 マイ★ハニー❤

「レースの練習しなきゃ。あと新しいフレンズが生まれたって」

 ヒデ

「運動するなら食わなきゃだろ。それに新しいフレンズの発表は明日だぞ」

 マイ★ハニー❤

「とにかく今日はむり」

 ____________


「その顔はダメだった、て顔ね」

「ッッッ!」

 ____________

 ヒデ

「キタキツネ! 飯食わない?」


 以降メッセージはありません

 ____________



 丘が俺の肩に手を置いた


 優しく置いたはずなのに、その手はいつもより重く俺にのしかかった



 そして月日が過ぎ、春になってしまった


 始まりと別れの季節、俺にとっては別れの方の季節だ



「よく留年しなかった。偉い偉い」

「偉いのレベル低くないか?」

「だってストレートで卒業する人、少ないんでしょ?」

「ジャパリ大は外国を見習って入学のハードルは低くしてあるけどその分進級と卒業が難関なんだ。だから軽い気持ちで入ってきたやつが挫折して中退したりする。大学のパンフレット見たんじゃないのか?」

「え、ああ。昨日初めてパンフレット読んだから」


 は?


「私お金払うだけだし、入学を決めたのもそこで学ぶのもあなたの仕事でしょ」

「ああ、そう。本当に、ありがとう」

「かしこまっちゃって何よ。……学費は無理しなくていいからね。大事なのはヒデが幸せになれること」

「分かった」


 俺は久しぶりにジャパリ大の寮から家に帰っていた

 無難に講義に出て必要な課題も適当に終わらせてきたので、後は卒業するだけとなっている


 卒業して試験を通れば無事にパークの職員として認められ、研修が始まる



「飼育員、なれる?」

「それは分からないけど、落ちられん。面接次第だけど、かなりきついってよ」

「他人事みたいな言い方ね」

「タカには今年絶対合格してお前を飼育してやるって言っておいた」

「セクハラはやめなさい」


 試験に受かって飼育員になれば、俺は職員寮に移らなければならない

 学生の時はよくここに帰ってきていたが、就職すればそれは叶わなだろう


「ああ、そう」


 母が一通の封筒を持ってきた


「なんだこれ」

「フレンド製薬の求人よ。あなたがカコさんの研究室で実験を繰り返してるのをSNSに投稿してるから、特定されちゃったみたいね」

「うっそだろ……こんなの個人に送るのかよ」


 ハサミを使わず真ん中から雑に開封すると、エントリーシートやら履歴書やら勧誘のチラシやら……俺をフレンド製薬に入らせようとする内容の紙が大量に出てきた


「年収も保証って、随分力の入った求人じゃない。大企業からの直接求人なんて羨ましいわね」

「こんなもんただの紙だ」


 エントリーシートやらは放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれていった


 フレンド製薬……世界的な大企業である


 サンドスターやフレンズをコンセプトにした、いわゆる生物模倣バイオミメティクスの商品で発展した企業で、有名な商品ではチーターのフレンズのけものプラズムからヒントを得た1L飲んでも健康に害のない化粧品や、セルリアンに襲われても伝線しないタイツ、どれだけ使っても壊れない工具などがある


 サンドスターに関係する以上昔権利関係でパークと争ったことがあるらしいが今は平穏で、セントラルに共同開発の商品が並ぶほどになっている


 そうして得た資金で企業を買収して分野を広げ、自動車やコンビニ、携帯にすらも手を出し今もなお拡大し続けている


 その創業者でもある現社長は名前と顔を明かさないが、月に別荘を建設することを発表したりSNSで10万人にお年玉をあげたりしている(俺は去年当選して3万くらい貰い、タカ達と一緒に高級ジャパリまんを食べた)超大物だ




「あ、ねえヒデ? 今大学からあなたの論文が製本されて届いたの」

「えっそういうサービスあるの?」

「読んでも良い? 私気になるんだけどこれ」

「おうおう、カコさんのお墨付きだ」


「どれどれ……


 題名は、『                       』」



 母が側にあった物干し竿を掴んだので、俺も即座にほうきを掴んで構えた


「ねえ、これ卒業論文よね」

「そ、そうだ!」

「卒業論文でどうしてタカちゃんと子供を作るまでの様子が丁寧に描写されてるの? あなた同人誌と論文間違えてない? これは通したカコさんにも聞きたいことはいっぱいあるけど、まず執筆者のヒデに責任がある。違う?」

「え、えっとそれは」

「スキアリイィィィッッッア!!!!!! メェェン!!!!!」


 母は何故か剣道5段である


 俺は抵抗する暇もなく一瞬でこてんぱんにされた


 なんとも酷い家庭内暴力である

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