古びた鈴

ペロ2

壱の章

第1話 プロローグ

「来るなッ! こっちに来たら、来たら今度こそ……!」



もうまわりの音すら聞こえにくくなってきた

五感が鈍ってきたし、動くことなど考えられない


これ以上動いたら死ぬと普通に人なら考える


だが今は普通で居られないし、それ以上に大切なことがある



「俺は話は得意じゃないからもう一度言うぞ。俺と一緒に来るんだ。お前の居場所はそこじゃない。ここだ。ジャパリパークはいいぞ~」


「変な価値観を押し付けないで。私はあの人と一緒にいればそれでいい。お金も食べ物もあるし、怪我をすることもない。どうしてわざわざ私の世界に踏み込んでまでそんな無駄なことするの? 確かに刺激的なことはあるかもしれないけど、私は幸せだと思っているから幸せなの。今のままで、良いのよ!」


嘘だ


嘘をついている


そこがそんなに良いところなら、どうしてそんな悲しい目をするんだ?



「無理するなよ。性格歪んで天の邪鬼になってるわけでもあるまいし」


「……そうよ、私は悲しいことを幸せって感じてしまう性格なの。だったらどうする? こんな私に何ができる? 何をしても私には響かないのに、無駄に私を幸せにしようとして永遠に不幸なまま。そろそろ馬鹿げたこと言ってないで自分の命の心配した方が良いと思うのだけど」


「忠告ありがとう。ってか今悲しいって言ったよねグエッ」



首に手がかかった


頸動脈の部分に正確に爪をあてがっているということは本気なのだろう



「あなたみたいなのを何人もこうして楽にしてきたの。躊躇うとでも思ったら大間違いよ。なにか言い残すことはある? 平気を装ってさっきから口調を変えないけど本当は……」

「嘘だな。お前にゃ人殺しなんて出来ない。今までもそうやって脅して半殺しくらいで済ませてきたんじゃないか? どうだ、図星だろ……って言おうとしたけどこのままだとめでたく犠牲者第一号になれそうだな」



目の前にいる彼女の額に青筋が走り、首を掴む手にさらに力が入ったことで意識が一瞬飛びかけた


それに出血も収まる様子がないのでこのままでは冗談抜きで死にそうだ

1時間ほどで意識を保てなくなって、そのまま昇天だ



「……死にたくねえな」


「命乞い?」


「なあお前、今死にたくないって思うか?」


「脅しのつもり? フフ、でも冥土の土産に答えてあげる。どうでもいい、よ」


「家族はいるか?」


「脅しなら効かないわ。答えはいない、よ」


「家族以外に大切な人は?」


「最近心から笑ったことは?」


「誰かとご飯を食べたことは?」


「自分以外のためになにかしたか?」


「人に思っていることを伝えたことはあるか?」



何も言わなかった


手の力が抜けたので拘束から抜け出したが、それ以上追い打ちはされなかった



ああ

よく頭の悪そうな中学生くらいの子供がこの言葉を使っているのを聞いたことがあるので避けてきたが、今はこの言葉を使うときだ


というか頭が回らずそれくらいの語彙しか使えなかった



「一生のお願いだ。気に入らなかったらその元いた場所に帰ればいい。ただ少しだけ、ほんの少しだけ、ここでみんなの生き様を見ていってくれないか? ああもちろん入場料は頂くぞ……俺は…………金が…………無い………………」



記憶はそこまでだった

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