第12話

胸元に無い穴をまだ探していた由美は、自分が撃たれたショックで周りを気に掛ける余裕がなかった。その場で東が倒れても振り向きもしなかっただろう。それほど服に染み付いた薄い絵の具と、地面に転がってる小さなガラス瓶が気になる。高部の改造銃は冷えていく手にまだ握られながら、一生懸命偽装の死に納得させようとしていた。それでも説得力が落ちてきている。ガラス瓶が靴の下で割れた時、催眠は完全に解けた。下水溝に向かう山口の血が小さな川をくねらせ、その流れに乗るほこりは地下へと連れていかれた。いきなり変わった風景を飲み込もうとしてると、黒い車が迎えにやって来た。もう誰のかは解る。開く窓を覗いてみると柳が乗っていない事に気付く。今になって免許を使わず、やっぱり自分を晒すような真似は控える。

図々しい。

東を後ろに歩いていると、死体を前にしてもたいして反応していない自分がどうかしているのかと思ってしまう。ショックを受けて動けないのとはまた違う感覚。制御不能の感情が溢れ出すはずなのに、都合よく何かに処理されている。何だろう?父さんだったりして...


茶色のレザーが肌に心地よく触れながら、柳はマッサージチェアーの振動に身を委ねていた。体と耳で感じ取る別々の信号が、パンの生地みたいに気持ち良く混ざり合う。優しく揺られながら、息を深く吸ってみて何分持つか試す。限界までおよそ四分。酸素が再び肺を巡ったら、時間だろうか。

考え始める。由美が「死ぬ」所を見た山口は解放されていた。呪いが解け、現実と普通に向き合える用になった。執着心は何処へ行った?由美の血と共に体から抜け出て、下水溝へと消えたのか?消えてなかったらどうなる。相手が変わったって事だ。その相手は八木、そして俺。しかし、俺への恨みは由美がいなくても説明できる。

「...」

いや、そこではない。他に集中すべき点があるはずだ。俺に怖い視線向ける前、奴は由美が起きるのを見た。目の前で死人が、それも自分の全てを委ねた人が、突然目覚めたら普通どうする?驚きを隠さずに駆け寄るだろう。なのに山口は動きもしなかった。やっぱり俺へと執着が移ったのか?

執着者は生きてないといけない。もし仮にそいつが死んでしまうと、新たな的を探す。そいつは多分先に考えた人になり、解放されてはまた捕まる用になっている。だから八木の名前を叫んでも何も起きなかった。由美へと戻る事もなかった。ループは続いていた。永遠に閉じこまれたまま。

待てよ。

ならば、俺は今誰に執着している?

息が切れた。

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