第13話 旅立ち
王冠を被っている感じでどうどうと由美は門を通った。
「招待してよろしかったのでしょうか?」
執事がマッサージチェアーの電源を切る。
「ああ。今確かめたい事がある」
老人の疲れた足で階段をゆっくりと伝っていく柳は、自分の人生を振り返る事に全てを消費していた。誰だ?いくら考えても解らない。それもそうだ。不自然な点など自分の目から見て探し出せるものじゃない。今愛すべきなのは今の自分。もう考えない方がいい。
「まあ、大分老けたようだね」
「うるせー」
二人は黙り込み、お互いの眼を見つめた。その眼球の奥にある物を見ようとしても、暗く映る自分の顔しか見えない。それでも、どうなるか心配しなくていい由美に張り合って、姿勢を崩さぬよう柳は立った。目の横から、額にしわを作り、まつ毛を寄せる東が手を腰の辺りで浮かべているのが分かる。そうか、山口の銃でも拾ってきたな。狂い始めたら撃ってくれる奴がいるのを知り、少し落ち着いた。そうなると自分を成功へと導かなければならない。ただただ立っている時間が過ぎていく。どうして待つのはこんなにも辛いんだ!「成功する確率のある時間」があるだけでは足りない。実行しないと永遠に宇宙に問い続けるだけだ。
五分が立った。
柳はゆっくりと足を上げ、後ろへと下した。手を頭の上に置き、その動作を四回繰り返した。
「信濃由美。俺はお前の事がまだ嫌いだし、執着する気もない。だから今から、俺とお前の為にも、どうなってるかを探る為に俺と協力してくれるか」
「断る」
「そう言うと思った」
「だが変わりに提案がある。私がお前に協力するのではなく、お前が私に協力しろ」
マジか。驚きの表情を一瞬顔へと行かせてしまったが、目を閉じて頷き始めた。手でにやけを隠すように顔を手でかくまった。
「そうか。信濃らしくねー答えだな」
そのまま百八十度回り、後ろの階段へと向かった。背を向けても、上げた手は降りなかった。考えないようにはしてたが、やっぱり展開はそれを許さない。悔しい。俺はもう取られていたのか。
歯を食いしばり、足音に合わせて涙を垂らした。
無くしたものにしかない誘惑はある。あった頃の思い出にしがみついていると、変わって来る自分をもっと満たそうと、散らかった脳内の片隅で干からびぬように思い出の感覚もまた変わっていく。そして長い年月の中、オリジナルより優れた素質を持つ別体が誕生する。
それは現実では存在しない物。
探しても探しても見当たらない、常に一歩先で甘い笑みが少しぼやけた口紅の跡を残すだけ。赤いキスマークから、完璧な女神を想像してしまう。想像しないという選択肢など、人間である以上あり得ない。
柳の豪邸の内側には、壁で囲まれた庭園がある。壁を隠す木々の下よりも、壁で覆われた木々の下のほうが遥かにやすらぐ。ここで由美はハンモックに揺られながら口笛を吹いていた。メロディーは昔から知っているもの。父さんがよく口ずさんでいた。空を見上げながら、動いていないようで、地味に早い雲の流れを追った。
昔もここと似た所に来ていた気がする。
時々思う。子供の頃人生にお母さんがいたら今の自分はどうなっていただろうか。暖かい家の中、寝る前に母が読んでくれる昔話は自分の記憶には存在しない。その代わりにあるのは、父と一緒に暮らす高層ビルの十六階。私はその階で育ち、父もそこで死んだ。だけど、たしか別れる前に親は一緒に住んでいたはず。どこで?大雪の夜、見事に燃える火を抑える暖炉の前に座ってる私が見える。そして光がなぞりだす二つの人影が、ゆっくりと後ろからやってきた。ママとパパだ。壁は木で出来ていて、東京の摩天楼とは似ても似つかない丸太小屋だった。ここでは幸せだった。楽しかった。なのに、父さんがミスをしたから...
探してみる価値はあるはず、でもそれ以上にただ帰りたい。由美は立ち上がり、冷え切った芝生に足を下した。
「柳、まずは私の家を見に行った方がいいと思う。父さんが何かを残してるだろうし、何かが解るかもしれない」
「そりゃそうだろ。お前の家と親の実家が何処かはもう調べ終わってる」
「そう。じゃあ、行く?」
「行こうか」
携帯を机から取った柳は、先手を取り、小さな微笑みをかざしながら部屋を出た。
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