第11話

眼球に血の粒が飛び込み、涙の中で遊び泳ぐ。はしゃいでる内に溶けて一つになる。死人の血と罪人の涙が絡み合って区別なく地に落ちていった。今柳の考えている事など見当はつく。自分はとても興味深い結果を出して、今後も観察を続けたいが、柳にとっては危険人物になってしまった。今まさに高部と同じよう頭を吹き飛ばそうか迷っている所。さて、どうすればいいのか。

「山口。家に来い。話をさせてくれ」

イヤフォンから憎い声が手を振っておびき寄せようとしている。ちょっと前だったらこの甘い誘惑に乗っていたかもしれない。しかし今はもう疲れてしまった。悲しみも全ても足元からたれだしていく。

雨漏りが酷かった夜を思い出す。家中を駆け回りながら瓶やバケツを所々に置いていた時。全部片付いたと思ったら、ぽたぽたと水が弾ける音がまたする。もう四時間後押しにしている睡眠と、明日の大学受験が何千回目にして頭を通り過ぎた時に限界を達した。

~!

耐えられず外へ飛び出す。加減を知らない雨粒が肌を優しく撫でてから、二度と逢わない事を知らされて土に染み込む。ほっぺたに降り注ぐ重い粒は、昔母にビンタされたように懐かしく思えた。窮屈で、気に障る家の中を置き去りにした。それをそのまま拡大したような外は、冷たく、震えを誘った。それでも、心の汚れたバケツが再び水で溢れ、手を上げながら天を拝んだ。

解放感。

バカみたいに笑い、口に雨水を注ぐ。満たされた涙が肌を撫で、頬っぺたをひっぱたき、さよならを告げ、土に舞い降りた。


これが俺の役だったのか。

考えてみれば、柳に会う前からも役を演じていたのかもしれない。しかし、今解った気がした。柳はマシな死に方をしないと。自分がどう足掻こうと、その結末は変わらないし、柳の額に弾丸を撃ちこめる前に自分の方がダサイ死に方をしてしまうだろう。それにもっと苦しんでもらわないと。この脚本書いてるのは信濃だからな。

まったく、もう死んでる奴は手に負えない。

腰から下げている拳銃を躊躇なく耳元に当てる。人生の走馬灯すら眼の前を横切ってくれやしない。もう一度母に会ってみたかったのに。無邪気な子供だった頃の思い出に支配されたい。って、さっきそれから解放されたんじゃなかったっけ?俺の走馬灯はもう終わっていたのだ。くだらない、雨の強く降る日で終わってしまった。子供の頃の思い出を由美の中に置いていき、ピストルの撃鉄を上げた。これはえらくでかい音だろうな。

思った以上にでかい音が、俺の世界で鳴り響いた。

響いてくれたのだ。

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