第8話

「おい、新入りはどこだよ」

「はあ?八木なんて知らねえよ。どっかでさぼってんじゃねーのか?」

「お前の責任だろ、ちゃんと面倒見ろよまったく」

山口は舌打ちを聞こえない手度にし、煙草に火を付けながら上官と逆方向に歩いて行った。ガードマンは長くやっていたが、上司に叱られるのはいつになっても慣れない。道路の脇に沿っていく人は他になく、鳥の鳴き声とたまに通る車以外自分の邪魔をするものはなかった。柳みたいにただただ自尊心が高い奴には、本当のプライドを持つ者の心を奪う事などできない。自分はプライドの高い人間だと知っている。それでも何故か、柳の下についてしまった。

溜息をつく。今すぐにでもその豪邸の元を離れてもいい。金の問題ではない。しかし、個人的にこの件について興味がわいてしまった。そうだ、これが終わるまでもう少し残るか。言い訳などこれまで何百回も言ってしまったが、これは別だ。柳などクソくらえ!自分がやりたいことをやって何が悪い。

と、言いながらも心の底では解ってる。前回も同じ理由で残ったもの。

プライドが自尊心への屈伏を許さない。自分のためと、そしてプライドのためにも、残る事を決めた以上信濃由美に集中しなければ...

そう考えたらなんだか気持ちが晴れてきた。


「あのー、すみません、ペンをここに落としてしまって、見つけたら教えてください」

「ああ、はい。わかりました」

由美は八木に頭をちょこっと下げたが、東は何も言わずに腕を組んでいる。時計が邪魔で組み心地があまり良くない。

「ボールペンなどいくらでも買えるだろ」

「いや、結構高めの物だったんで、できれば買わずにすみたいです」

「...」

「まだ今の状況が気になりますか?気持ちはわかりますけど、柳さんはあなた達を守ったんです。決して悪意はありませんので、もう少し信頼できたら助かります」

「...分かったよ」

「それより、由美はいるか?」

「ああ、隣の部屋だよ」

八木が部屋に入ろうとすると、散歩を終えた山口が家の鍵を解き、早歩きで這い上がって来た。

「おい、てめー、よくも俺に言わずに堂々と消え去るよなー。そのせいで俺が色々文句言われんだからよ、まじで辞めろよ。おい、由美はどこだ?」

由美。人間は、繰り返し何かを聞く事でそのものをより良く記憶に残す事が出来る。慣れてしまうんだ。少なくとも東はそう思っていた。ガードマンが二人由美の居場所を聞いた時、一瞬で変わった空気に反応が遅れてしまったのだ。

「どうしててめーが由美の所に行くんだ?」

「俺はただペンを見たか聞きに行くだけです」

ドアのハンドルが回り、突然動いたドアに全員がピクリとひるみ、限界までじらされた空気が少し抜け出した。

「何?」

イラっとした由美が三人を睨みながら違う部屋へと歩いて行った。休む暇をも与えてくれない人なんて嫌い。窓の外を見ると、太陽が地味な落下をもう始めていた。学校から帰る子供の声が過ぎ通り、町を出てた人達がゆっくりと帰って来た。心が落ち着いてきた中、一人、盛りあがっている男がいた。

「見たか!完全に虜にされてやがる。俺もこうだったのかよ...まだ影響力は弱いが完全に落ちたなもう」

「用意が出来ました、柳様」

「こっちに持ってきてくれ」

細長い木箱がゆっくりと、階段一つずつ、一つずつ丁寧に持ち運ばれた。見た目より重たく、所々に金色に光る釘が打たれていた。様式化された英語の文字が一部分に刻まれてあった。柳の部屋まで届くと、白いタオルを一枚、机が覆いかぶさるように広げる。左側に木箱が置かれ、柳が手慣れた動きで開けた。中には黒いライフルが、輪郭に沿った赤いスエードに優しく包まれていた。それを手に取った柳の顔には子供らしい、無邪気な笑顔が広がった。

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