第7話

由美を担いだまま、東は歩道を走っていた。背には、銃声が高層ビルの遊園地をはしゃぎまわり、鼓膜を何度も殴打する。通りすがりの人も、血と内臓が飛び散るビルから離れていく。混雑の中、流れに抵抗して車が一台、タイヤが悲鳴を上げながら猛スピードで入って来た。東の横まで近づき、窓を下げた男が何かを言おうとする。

「おい!こっちだ!早く乗ってここから...はっ、おい!」

狭い横道に東はためらいなく逃げ込んだ。車のドアが力強く閉められ、黒いスーツの男が三人、拳銃をもったまま出てきた。

発砲の音がする。

東は無意識に体をしずめ、そうなるだろうと分かっていても、驚きが顔に出ていた。いきなり撃ってきたからでもあるが、撃って来た相手が後ろではなく前にあったからだった。白いセダンの窓から散弾銃が鉛玉の壁を、器用に東の横を通らせる。拳銃の男達は避けられる訳もなく、グダグダにされてから車に空いた穴に血を流す。

東は深く息を吸いながら、向かってくる男を信頼すべきなのか迷っていた。煙が狭い空間に閉じ込められていた。それでも、なんの身隠しにもならないその役立たずに東は自分を託そうとしていた。熱がまだじんじんと感じられる銃口が命令した。

「車に入れ」


由美は東の肩にもたれながら起きた。ロールスの中は静かで、由美に話しかけたい東の衝動をも簡単に抑え込んだ。見慣れた都会の風景も少し前に置き去り、とある慎ましい一軒家を背後に車は停まった。周りには田んぼが狭い土地に奥深く潜入していた。手で太陽の光をはらい、眼を凝らしたらようやく見える木の集まりからはみでる屋根の下で、双眼鏡の視線が思慮深く釘付けになっていた。東達が決して聴くことのないジャズが、下の立場を弁えて流れている。

「よしいいぞー。信濃だけじゃなく、付けもちゃんと見ろよ。俺の人生がかかってんだ」

東は車を降りた。新しいガードマンが二人、家の後ろからやってきた。一人は若く、人生にまだ期待が残っているころだった。もう一人はかなりのベテランで、長年の妻の元へと冷めた愛で帰る。人生に新しい展開などを待つのはとっくの昔に辞めた。

土へと靴を下した由美に、東は手を差し伸べる。一緒に不安を感じ、お互いを支え合う二人を若いガードは羨ましそうに眺めている。いいだろうな、あんな可愛い娘と仲良くできて、みたいな事を思っているかのように。

二人は家に誘導されて、ざっと言い訳臭い説明を聞いた後取り残された。賞味期限を切ったおにぎりが、まだコンビニの棚に置いてあるみたいに、誰にも拾わられず、孤独に捨てられてしまった。普通に狭い家の中には、最低限の日常品しかなく、そのわりには高そうな絵画が壁のいたる所にしがみついていた。リビングに入ると、ダイニングテーブルの上に小さな箱が二つ置いてある。隣にある手紙を東は丁寧に取り上げると、眉毛が好き勝手に上下し始める。

「ふざけてやがる」

手紙を強引に投げ捨て、目の前にある二つの高級腕時計を見下した。お詫びに時計をくれる奴など、中に盗聴器やGPSを仕込んでるに違いない。だがこんな物に抵抗しようと思うだけ無駄だ。部屋の角を見渡しながら時計を手首の周りにはめる。

「これがお土産?」

由美が部屋に入りながら聞く。

「どうせ場所探知機とか入ってんでしょ」

やっぱり考える事は同じだ。東の固い表情をにやけが少し横切った。

「あのさー、松下や千里はどうなったの?」

「ああ...襲われた時にはぐれちゃったんだよ」

「そう。無事ならいいけど...」

東の顔ににやけはもうなかった。

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